3.すとぷり?
貞子が「ねえ、すとぷりの絵を描いてよ」と言った。
「やだよ、めんどくさい。自分で描けよ」
「だって絵、描けないもん。ねえ、お願い」
「てか、すとぷりって何だよ」
「すとぶりも知らないの!? うそ、信じらんない」
なんだ、その馬鹿にしたような言い草は。
「なら、ヒプマイでもいいから」
ヒプマイなら知ってる。ヒプノーシスマイクである。歌を聴いたことがあるが、結構かっこよかった。名前は知らないが、ジャイアンの声優は上手かった。
「知らん。てか、絵なんか描いてどうすんだよ」
「インスタにアップする」
「なんで?」
「〈いいね〉が欲しいからに決まってるでしょ」
分からん。
「自分が描いたって言って自慢したいから」
「じゃあ、自分で描けよ」
「わたし下手だからさあ。お願い。夢学ちゃん(無論これも仮名)、絵、上手いでしょ。それだけは認めてあげてるから」
なんで、こいつはこんなに偉そうなんだ。
わたしの方が年上なのに。
「あのなあ、キャラクターを描いてインターネット上で公開すると著作権法に引っかかるんだよ。知らないのか?」
「いいんだよ。すとぷりは許可されてるの。みんなやってるし。初音ミクと一緒」
へえ、そうなんだ……。
そういう同人文化を大切にする会社っていいと思う。それなら、すとぷりは、とっても好感が持てる。
ただし、今だけは面倒くさいと思う。
絵を描きたくはないが、もし描くなら一枚、五万円はとりたい。
わたしはプロではないが、絵の安売りはしない。絵を描くにはそれなりの技術と、何より時間がかかるのである。その時間、仕事をすれば、そのぶん稼げる。
ちなみに、うちの会社は残業代は出ない。
「いい、分かった? じゃあ、ヨロシクね。これあげるから」
貞子は、さけるチーズを一本テーブルにおいて、去って行こうとした。
「おい! ちょっと待てよ! 引き受けてない! おいったら!」
「頼んだからねー」
彼女は手を振ってラウンジを出て行った。
テーブルの上には、さけるチーズ。スモーク味。嫌いではない。
だが、ちょっと、安すぎだろ。
次回は「4.製作開始」