10.告白
貞子の会社に入ると、一部屋だけ明かりがついていて、神妙な顔つきの伽椰子が立って待っていた。
「どうしたの?」
「あの……、先輩のことなんですが……」
彼女は言い辛そうに躊躇っていた。
「貞子? あいつがどうしたの?」
彼女はオドオドして、なかなか言おうとしなかった。が、すこし待つと、思い切って話をつづけた。
「あの……、先輩……、先日、亡くなりました……」
え!?
……
え!?
何を言ってるんだ?
突然のことに、わたしは理解できなかった。
「び、病気だったんです……」
「うそだろ……、まさか……」
言葉が出てこないわたしを、伽椰子は奥の部屋に案内した。
薄暗い部屋には祭壇があり、棺桶が置かれていた。貞子の写真が、仏花の中、蝋燭の灯で寂しげに照らされていた。
「先輩……、イラストを楽しみにしてました……」
わたしの横で伽椰子が言った。彼女は顔を隠し、肩を震わせていた。
そんな……
うそだ、うそに決まっている。
ついこの間まで元気だったじゃないか。
写真の貞子は清楚な服を着て微笑んでいた。
なんで急に。
もしかして、隠していたのか。心配かけないように無理して頑張ってたのか……
わたしの目からは自然と涙がこぼれてきた。
何をしていたのだ……
楽しみに待っていた彼女を無視して、わたしは、何をしていたのだ……
仕事にかまけ、イラストを交渉のカードにしようと下衆なことを考えていた……
最低だ。
わたしは最低だ。
最低の大馬鹿ものだ。
悔やんでも、悔やんでも、悔やみきれない。
すまない……
貞子、すまない……
本当に、すまない……
わたしは深い後悔と悲しみの中、彼女の遺影に手を合わせることも忘れ、ただ立ち尽くした。
突然、棺桶が開き、白いワンピースの女が出て来た。みだれた黒髪が不気味に顔を隠していた。
わたしは悲鳴をあげ腰を抜かした。
女は呻くように言った。
「なあぜだぁ。なあぜ、無視したあ」
女は棺桶から這い出てきた。
わたしは「ひいい!」と声をもらした。
女が這い寄って来た。わたしは驚きと恐怖で動けなかった。
いきなりだった。
女はわたしの眼前で爆笑した。腹を抱えて、ひいひい笑いはじめた。
はっ?
顔を背けて肩を震わせていた伽椰子は、よく見ると、笑いをこらえていた。
部屋の明かりがつく。
そこには様々な大道具、小道具が山積みされていた。
忘れていた。彼女の会社はイベント会社だ。それとも芸能関係だったっけ? この棺桶は、きっとその大道具の一つだ。よく見ると安っぽい。仏花は造花だ。
白いワンピースの女は、腹が痛そうに、ひいひい笑いながら髪をかき上げた。
貞子だった。
「あはははは! ねえ、バカ? な、なんで信じるの? 会社に死体を置くわけないじゃん」
「お、お、お前! お前ら、たち悪っ! こ、この性悪女!」
貞子は、腰を抜かしたわたしの真似をして、「ひいい!」と言った。
ムカつく!
ひどい! ひどすぎる!
こいつら本当に社会人だろうか。
仕事でドッキリをやるのに慣れているのか。
頭にきた。
泣いて損した。
ちくしょー!
わたしは一生懸命イラストを描いたことを、心の底から後悔した。
「もういい! もう怒った! もうお前になんて、絵やらないからな!」
わたしが怒鳴ると、笑いすぎて涙を拭いていた貞子は、わたしを見て言った。
「バラすよ……」
え?
何を?……
次回は「11.その後」