死してシカバネ拾う者ナシ
本日二話目ですので前の話を読んでいない方はそちらからどうぞ。
五獣の塔から弾かれたものは一様に同じ場所へと送られていた。例外はレヒトのみである。
「手前はシラヌイと申します。以後お見知り置きを」
「あらご丁寧にどうも。わたくしはユーイーですわ、こっちはユーホちゃんです」
「イー姉様に馴れ馴れしくしないように」
「私はティーア、よろしくね?」
「コンコン!!」
自然と自己紹介が始まったのはなんとなく気まずい空気をどうにかしようと努力した結果であったが、その後誰かが話を続けることはなかった。シラヌイだけはレヒトより聞いた名前があったことに気づいたがレヒトからの説明を待つことにした。
「あ、あのう」
その中にあって勇気を振り絞ったのはティーアである、なにか胸がざわつくような気がしたのも理由の一つであったが沈黙に耐えきれなくなったというのも大きい。
「レヒト君探しに行きませんか?」
この一言でとりあえずの集団の目標が定まり、活動を開始した。幸いプラチナの鼻や姉妹の魔法などで目星をつけるのは難しくなかった。
「コン!!」
プラチナの先導についていく中で進行方向が赤く染まっていることに皆が気付く。焼ける音、崩れる音、そして黒い煙。目的地が火に包まれているであろうことは想像に難くなかった。
「レヒト君!?」
一気に走り出す、全員の頭には最悪の結果が思い描かれていた。それはつまり無残な姿になったレヒトである。自分がなにもできないところでは簡単に死んでしまう、そんな予感は皆多かれ少なかれ共通していた。一種の危うさを感じ取っていたのである。
そしてその予想、最悪のビジョンはここに結実した。
「れ、ひと、くん」
見つけた、見つけてしまった。炎の中血溜まりに沈みぴくりとも動かないレヒトを。
「き、きっと眠っているだけですわ。ほら仰向けにしてみましょう」
「っ!? イー姉様見てはいけません!!」
「え?」
震える手で身体を回転させた結果晒されたのは、身体の中身を抜かれたレヒトの身体だけだった。生きているはずがない、生きられる条件を満たしていない。それでも身体から体温は失われていなかった。
「ま、まだ温かいですし。回復できるかも」
ユーイーは分かっている、人の身体についてもとより深い理解があるうえにツァラトゥストラでさらなる智慧を得た今となってはもはや疑う余地はない。この身体は治らない、それでも心はそれを言うことを許さなかった。
「イー姉様……もう手遅れです」
それを理解した上でユーホは望みを絶つ。これが姉にとって残酷な仕打ちであるとしても言わねばならないと直感していた。
「そ、そんなことって、じゃあわたくしの騎士はもう」
ガックリとうなだれるユーイーを支えるユーホの顔にも落胆の色は隠しきれなかった。
「なにを勝手に死んでいるんですか、あなたはイー姉様の騎士なのでしょう……!!」
しばし硬直していたプラチナがよろよろとふらつきながらレヒトへと近づいていった。無論プラチナの鼻はすでに死臭を嗅ぎつけている、これはもう終わった匂いであってどうにもならないことを獣の感覚で既に知っている。
「コン……」
それでもペロペロと手を舐める、もしかしたらまたこの手が動いてくれるんじゃないかと一縷の望みを託して。
「コーン……」
問いかけるように頬を舐める、もう一度この口が言葉を紡いでくれるのではないかと、もう一度自分の名を呼んでくれるのではないかと。舐めた肌に生気はなく好物の筈の金属を含んだ赤い液体の匂いは吐き気を催すほどに気持ち悪く思えた。
「ごしゅ、じん、さま、名前を、あと一回、プラチナって、呼んでよ、ごしゅんじんさまぁ……」
一番最後に見た姿は血溜まりの中からむくりと起き上がった姿だった、だからまた謀られたのだと思っていた、だけど圧倒的に違う、この血溜まりは確実に傷口からの血だった、この傷は嘘でもなんでもなかった。これは確実に死体だった。
「レヒト、さま、どうして? 嘘です、嘘ですよ、また起きあがるんでしょう、またにやりと笑って手前に言うのでしょう、騙されたなって、それでまた手前は泣くのです、そうでしょう、そうだと、言って、ください、お願い、ですから」
膝から崩れ落ちたシラヌイの足には力が入らない、脈を確認することもできない。否、したくないのだ。それでまた一つ、死を確認することには耐えられないと、本能が叫んでいた。涙さえ出てこない、嗚咽の一つも出てこない、ただ信じられないという感情だけがどこまでもどこまでも螺旋を刻んでいる。
「は、はは、知ってるよ。また何かを分からないことを言いながら起き上がるんだよね。レヒト君は、私には分からない凄いこといっぱい知ってるもんね。だからこれもどうにかできるんだよね。ね?ね?」
焦点の合わぬ瞳でレヒトを揺さぶるティーアには今他の全ての情報は意味をなさない、ただぶつぶつと独り言を言いながら同じ動作を繰り返すのみである。少しずつ失われる体温も、少しずつ固まっていく身体も認識することを拒んでいた。
「そうだ、毒、とびっきりの毒なら、起きてくれるよね。婚約魔法・私と貴方の甘い毒」
だが発動しない、発動などするわけがない。その身に命宿さぬ骸にどうして発動する理由があろうか、婚約・狐約・魂約、そのいずれであろうとも二度と発動することはないだろう。伴侶がもう居ないのだから。
「とき、しっく、すいーと、私達、だけの、毒、もう、できないの」
圧倒的現実を目の前に幻想はあっさりと敗北する、直視できぬものを見なければならぬ時が来た。
「いや、いや、いや、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
半狂乱のティーアの絶叫がその場に響く、それに連動するように他の皆もまたそれぞれの形で感情を爆発させた。
感情の爆発は根底に願いを持っている、あり得ない願望の成就を願う、その身を削るほどに、歪みを生み出すほどに。
純粋な願い、純粋な呪い、願望の爆発、玉座なき王冠はそこに依り代としての可能性を得た、願いを叶える機能がここに駆動を開始した、代価を求める不完全な奇跡がここに顕現する。
「なんだ……うるせえな、なんかあったのか……?」
即ち、骸の王の帰還である。




