お猿さんの機嫌を損ねたようだ
「さてさて、ゴクウちゃんはどこにいますかね」
この階は犬と違って数の暴力とは無縁の階層だ。なぜならこのジャングルにいるのはゴクウという名前の猿一匹だけ。こいつとタイマンして勝つのがここを抜けるただ一つの道だ。
「お? あっちから音がするな」
あの猿はずっと修行してるから見つけやすい。音を聞く限りだと何かを殴っているような音だから岩でも殴ってんだろうな。
「うきゃきゃきゃ!!」
いたいた、なんだ結構ボロボロじゃねえか。随分きつい修行してんだな。ちなみにゴクウは日本猿みたいな見た目で頭に例の輪っかをつけている。
「うきー!!」
「せやあああああ!!」
待て、俺の聞き間違いじゃなければ。聞き覚えのある声がしたぞ。
「うきゃきゃ!!」
「はぁあああああ!!」
なんでティーアがゴクウと殴りあってるんだよ。いやゴクウと殴りあってること自体は問題じゃない。あいつは自分と同じステータスになるっていう能力を持っているからな。
「なんで居るんだ……?」
「ゴクウ師匠」「マジもんの修行」「勝った頃には今までの自分とは別人」「ガチ道場」とか言われるくらいにはテクニックを要求される相手だが必ずいい勝負の末に負かしてくるからむしろゴクウは人気なくらいの敵だったけどな。ここにティーアが入り込んでいる理由が本気で分からねえ、ツァラトゥストラの地下にも五獣の塔があったって言うのか。
「手を出して良いものか、ジロタローの件もあるからイレギュラーが起きる可能性が高いぞ」
あの融合モンスターは驚いた、ゴクウなら金色の大猿になる可能性すらある。
「ティーアが勝てれば問題はないんだが、それも難しそうだ」
戦闘も佳境に入っている感じがするがやはり僅差でゴクウの方が勝ちそうだ。一手毎の精度に差がある分僅かにゴクウ有利だ。
「やられてからじゃ遅いか、仕方ないな」
矢をつがえる。猿の必勝法は罠か地形を使ってハメて倒すのが良いんだが、それを待ってる暇はない。悪いが頭を撃ち抜かせてもらうぞ。
「ふぎぎぎぎ」
やっぱり固えなこの弓。お仲間の弓で倒すことになるがまあそこは許してくれ。
「狙いは完璧、後は当たるのを見るだけだ」
空気を切り裂きながら飛ぶ矢はまっすぐにゴクウのこめかみのあたりに向かっていく。このままなら頭をぶち抜いて試合終了となるが。どうなるか。
「うきゃっ」
あーあ、視界の外から飛んできた矢を軽々掴みやがるとは流石としか言いようがねえ。だがこれに対してゴクウはどう対応するかな。
「き!?」
思った通り直撃しなくても追加攻撃は発生するみたいだな。一番近くにいるゴクウに半透明のジロタローが噛み付いた。
「うきゃああああ!?」
喉笛を噛まれたらもう駄目だろ、さらばだゴクウ。お前の事は忘れないぞ。お前を正攻法で倒さなかった事はすまないと思うが事情が事情なんでな。
「ぎ」
「え?」
ゴクウが消えた、馬鹿な、そんなはずないだろ、ちゃんと致命傷を負ったのをこの目でさっきまで見ていたはずなのに。何がどうなっていやがる。
「うぎいいいいいいいいいい!!!」
「なっ、どうし」
声に反応して振り向いた時にはもう遅い、凄まじい衝撃と共に俺は吹き飛ばされた。
「うあああああああああ!?」」
「レヒト君!? 良かった、生きてたんだ!!」
かなり遠くにいたはずのティーアの近くまで吹っ飛ばされたようだ、衝撃の割に痛みはないのが逆に恐ろしい。
「ティーア、話はあとだ。今からブチ切れたゴクウが襲ってくるぞ」
「え?」
「うほほほほほ!!」
ゴクウがゴリラに変身しておる、いや特徴は日本猿っぽいんだけどサイズと腕の太さとかがもうゴリラ。まごう事なきゴリラだよこれ。
「うほ」
「はっええ!?」
消えるように移動するんじゃねえ、さっきのジロタローの比じゃねえぞこれ。ギリギリ見えるがこれ以上早くなられたら手がつけられねえ。ん? 急にゆっくり動いてどうしたんだ?
「危ない!」
「うおっ!?」
ティーアに突き飛ばされた瞬間にゴクウ・ゴリラの腕が俺の頭があった場所を通った。
「動きに緩急があるから気を付けて、うっかりしてると一撃で持っていかれるよ!!」
「分かった」
ティーアはそれに対応できるみたいだな、ありがたい。俺だけでゴクウ・ゴリラとやり合ったら危なかった。
「うっほ!!」
なんだ、字面に向かって拳を。
「嘘だろ」
殴った瞬間に地面がめくり上がってこっちに飛んできやがった、畳返しならぬ地返しってか。
「だが間に合うぞ」
速さ重視で弓を引く、それでも飛んできた地面を破壊するのには十分だった。問題は塞がれた視界の隙をゴクウ・ゴリラが見逃すはずもないって事だ。
「揺れ? まさか」
咄嗟にバックステップをする事でその場から避難する、その瞬間に地面が砕けゴクウ・ゴリラが拳を振り上げながら出てきた。
「死角から昇竜拳かよ、殺す気満々じゃねえか」
「ここ!!」
いつのまにかゴクウ・ゴリラに近づいていたティーアが脇腹に向かって拳をたたき込んだ。まともに入ったから少しはダメージがあるだろう。
「くぅ……!?」
「マジか、殴ったほうがダメージ喰らう硬さかよ」
ティーアの表情を見る限りだと打撃でまともにダメージを与えるのは難しそうだな。
「うほほ」
「きゃあっ!?」
ティーアが捕まりそうになってるか、援護しねえと。
「おいこら猿、お前に横から攻撃した相手はこっちだろうが」
「うほっ」
胸に一発ぶち込んでやったが掴まれて矢を砕かれた、矢がなくなると追加攻撃もなくなるみたいだな。
こっから先はジロタローの奇襲は無理になるか。
「どうやって倒したもんかな」
「レヒト君ちょっと」
「ん?」
戻ってきて早々なんだ、ちょっと考えなくちゃいけないことがあるんだけどな。
「ごめんね、えいっ」
「へぶぅ!?」
ビンタされましたけど!?
「何してんだ!?」
「えへへ、ちょっと血が欲しくて」
「だからっていきなりぶっ叩く奴があるか!?」
「急いでるから、口の中に切れた?」
「すっげえジンジンしてる」
「良かった」
何も良くねえよ。
「じゃあちょっともらうね」
「もらう? むぐっ!?」
ちょ、いきなりキスすんな、舌入れてくるな、今は戦闘中、だぞ。
「ぷはっ、私と貴方の甘い毒」
「なんか、根こそぎ持っていかれた気がする」
「多めに貰っちゃった♡」
ティーアはゴクウ・ゴリラを毒殺するつもりか。駄目だ、あいつに毒とかの状態異常は基本的には効かないんだ。効いたとしても超短時間だけだ、有効打には……
「ティーア、あの猿には毒は……」
「血で強化してあるから多分大丈夫だよ、この毒が効かないのは私とレヒト君だけ。あとは皆死んじゃうよ」
恍惚とした顔のティーアが深く息を吐く、薄い桃色と紫の吐息は瞬く間に空間を満たした。
「ね?」
「自分で言うのもなんだけど、これってこの世に存在していい毒じゃねえな」
「うふふ、だからこの毒はレヒト君と私だけの毒なんだよ? 創れるのも効かないのも私達だけ」
ゴクウ・ゴリラは無残にも胸を掻き毟りながら動かなくなっていった。いやエグいなこれ。




