準備ができたと思ったらこれだよ
油断していた、というべきだろうか。いや、これは油断というよりも普通に想定外の事態だから誰も責められないというのが本当のところだと思う。まさか、まさかだよ。残されていた施設を使ってオーダーメイドの装備ができてさあこれからだって時にさ、いきなり羽の生えた聖人が突っ込んでくるかね。確かに、確かにツァラトゥストラの辺りに次の聖人が送り込まれてくるのは想定してた。だってグリンはもう聖人じゃないわけで、やられたと考えて次の刺客が来るのは当然だ。
「まさか拉致されるとは」
「黙れ愚物、お前は今慈悲によってのみ生かされていると知れ」
俺を光の縄のようなもので縛って拘束して空を飛んでいる奴は天使というよりは天狗に近い見た目をしている。純白の翼ではなく猛禽の翼、ペストマスクのような仮面をつけていて顔は分からない。声もくぐもっていて性別の判断もつかない。体の大きさは子供くらいで翼の方が体よりも大きい。
「どこに向かっているんだ?」
「グレーゴリの大聖堂だ、喜べ我らが神が直々に裁きをしてくださるそうだ」
「うわあ、行きたくねえ」
総本山も良いところじゃねえか、そんなとこ行ったら聖人も大集合で神も降臨してぶち殺されるってことだろ。俺が助かる道は一つ、こいつを今倒すしかねえ。
「一応言っておくが変な気は起こすな、ここは遥か天空の頂。落ちれば死ぬぞ」
「分かってるよ」
そうなんだよな、こいつをここで倒したとて落ちて死ぬんだよな。俺が飛べればいいんだろうがそんなことできるわけもなく。結構絶体絶命な状況、高速飛行中に仲間が助けに来るとも思えないし、詰んだと言っても過言じゃないぞ。
「通ってるのがここでよかった、このあたりならあのイベントが起こるはずだ」
「いべんと? 何を」
この世界の地図なら頭の中に入ってるからな、ツァラトゥストラからグレーゴリ教国までの直線ルートにはあの集落があるはずだ。「アンタッチャブルとはこいつらの為にある言葉」「住民全員バーサーカー」「武士道って何だっけ?」「ここだけ別のゲーム」等々の迷言を生み出した超戦闘民族サムライの集落がな。
「気をつけろよ。たぶん矢の雨が降るぜ」
「は、何を馬鹿な。こんなところまで届く弓などあるものか」
と、言ったそばから翼の聖人の頬すれすれをジェット機みたいな音をさせながら矢が通過した。惜しいな、あと少しで直撃コースだった。
「今のは、矢か? まさかそんな馬鹿な」
「この世には触れてはいけない部分があるんだよ。さあ、全力で避けないと死ぬぞ」
下がキラキラと光り始めた、かなりの量だな。たぶんあれ全部矢。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!? なんだ何が起こっているのだ!?」
「ははははは!! 分かるぞその気持ち、理不尽だもんな」
「お前を連れ来いと言われてなければ今すぐにでも放り投げてやるのに!!」
「大変だなあそれは、ちゃんと俺も守ってくれよ。あんなの当たったら死んじまう。そうなるとお前は神の言いつけを守れなくなるな」
「おのれこの悪魔が!!」
すげー、矢を躱しつつ、俺へ矢も全部叩き落してるわ。流石に聖人だな、確か翼の奴は十二番目だったかな。神の言いつけが絶対な分俺も完璧に守ってくれてありがたい限りだ。でも無駄だ、このイベントはいきなり襲われて捕獲されるまでがワンセット。どんだけ抵抗しても最後には体力ギリギリまで削られて落とされる。でも死なない、あくまで捕獲だ。だからまあ俺としては結構余裕。
「気をつけろー、そろそろ白兵戦も始まるぞ」
「馬鹿も休み休み言え!! 弓だけでも非常識だと言うのに白兵戦など起こるわけなかろうが!!」
「うん、俺もそう思う」
思うけど、来るんだよ。だってあいつらサムライだから。
「ちぇすとおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「なんだ!?」
おお、なんということでしょう。さっきまでいなかったはずのサムライがいきなり出現し刀を振りかぶっていますその軌道は翼の聖人の首。一応刀を返してくれてはいますがそれでも鉄の塊当たれば大ケガ間違いなし。何なら普通に死ぬな。
「くっ!?」
「ちっ、外したで御座るか。厄介な鷹よ」
すげー、その場で旋回して避けたぞ。きりもみ回転なんかよくやるな、目が回りそうなのに。
「なんなのだあれは!!?」
「さっきのはサムライの縮地だよ、あいつら攻撃するときに距離無視できるんだなこれが」
「そんな馬鹿な!!」
「さっきの見ただろうに」
すげえだろサムライ、あいつらワープして攻撃してくるんだぜ? その分威力はそこまででもなかった気がするが今の見る限りゲームとは違うみたいだ。実際に見ると理不尽極まりねえなサムライ。あの感じだと縮地でできる行動が終わると元の場所に戻るみたいだな。
「あんな者どもは知らないぞ、今まで隠れていたとでも言うのか!?」
「隠れてたというか、俗世間と関りを意図的に切ってるというか」
まあ鎖国だよね。
「終わりで御座る」
「網だと!?」
「命は取らぬ、だが拘束させてもらうで御座るよ」
空中で網に絡まりました、これにて終了でーす。サムライの近くを通ったのが運の尽きだったな。
「まだだっ!! 飛べるだけだと思うな」
「終わりと申した」
魔法を使おうとしたな、でも無駄だ。サムライは魔法が切れるうえに切った魔法は無効化される。それを脇差サイズでも普通にやるから手に負えない。
「もう一度だけ言う、これにて終いで御座る」
あ、一撃入れられて意識失ったな。サムライマジで化物だわ。




