下を向くな、前を見ろ、眼前の獲物を砕く顎をやろう
「んだ……これ」
「分かりませんか? いいえ、分かっているでしょう? 気づかないようにしているだけでしょう? この血が誰のものか、それとも首の一つでも残しておけば良かったですか?」
「首って誰のだよ、言ってみろよ」
「あれ? 良いんですか? 否定する材料を残しておかなくて、それとも、まだ希望を残しているとでも言うのですか?」
「良いから言ってみろ」
「うーん、ただの人間の名前を覚えるのは苦手ですが一人だけ覚えていますよ元聖人ですからね。確かビクテロとか言っていましたか。最期の言葉を教えてあげましょう、確か「すまない、サー・レヒト」でしたね。滑稽でしたよ、皆あなたに謝りながら死んでいったんですからね」
「そうか、じゃあ死ね」
もう良い、なにも聞かなくて良い、ただ、ただ目の前の奴の動きを止めれば良い、もう終わった話だ、なにも達成しなくてもいい、今は、エネミーを一体倒すだけでイベントが終わる。それが終わったらさっさとクリアして二週目に入ったら良い。そうだ、やり直せば良い。
「今のあなたが、私をどうすると? 強化の手段は断ちましたが」
「うるせえよプログラム」
「ぷろ? 気が触れましたか」
ああ、気が触れたように見えるだろうな、意味の分からない言葉だろう、自重していた気はねえが、まあ、なんとなくできるような気はしていた、これはやっちゃ駄目だよなっつう最後のタガがさ、外れたんだよな、だから良いよもうどうでも、
「お前を殺せればもう、何でも良い」
「立場が分かっていないようですね、あなたはもう、私に届かない」
身体に光の杭が刺さっていく、まあ効きやしねえ、もとより俺の身体は死人みたいなもんだ、物理的に破壊されつくさないと止まらねえし。
「あ」
俺の身体が動いてるってことは、まだ呪いはあるってことだよな、死者からの呪いってのもあるが、俺の身体を動かしてんのは生者からの呪いだった。それの変質は感じない、根幹にある願いは変わっていない、となると、まだ終わってねえんじゃねえか。それにだ、ビクテロの蘇生の例もある、代償さえ用意すればなんとかなるのは知っている。
「苦戦するという経験は初めてでしたが、これで私に並ぶ者は居なくなりますね。ああ、なんと清々しい気分なのでしょう」
希望は見えた、だが、今こいつをどうやって下す。さっきまでは呪いのオーバーヒートで呪いに引きずり込んで我慢比べするつもりだったが、蘇生に使うとなれば自爆戦法は無理だ。どうする、どうする、どうすればこの理不尽の権化を倒せる。
「さあ、消えなさい」
手札はなんだ、鬼札はまだあるのか、奪われたものをまだ俺のものだと言い張れるのか、俺は奴を呼んでも良いのか、呼んだら来てくれるのか、分からないが、お前がいることだけは確信している。その牙を貸してくれよ。
「信じてるぜウンター!! お前の牙は届くってなぁ!!」
牙を核にして呪いで肉付けを行う、本来ならただの人形に過ぎない性能の呪軍団を本体に限りなく近く、むしろそれ以上を実行するために一瞬で使い潰す。ごめんなウンター、こんな鉄砲玉みたいな使い方しかできなくてよ。
「ぶちぬけええええええええええええええええ!!!!」
形は限りなくシンプルに、イメージは弾丸、狙いは頭、首から上を全部吹き飛ばす勢いで撃ち出す。デバフが切れて油断しきってる今しか当てられねえ、一撃で仕留める。
「なんですかそれは、当たるとでも」
避け、いや、弾が勝手に逸れた、今何をしたようにも
「本来私に飛び道具なんてどんなに狙っても当たらないんですよ、さっきの頭蓋は特例中の特例に過ぎないことを知るべきでしたね。これならまだ殴りかかってきた方がマシというもの、最期のあがきも終わったところで終わりにしましょう」
クソッ、油断してようがなんだろうが今の俺じゃ、本当に届かねえってのか、圧倒的に足りねえ分を補う手段はもう……
『下を向くな、前を見るが良い、瞳は見えていなくともそこに敵がいることは魂が知っているはずだぞ』
っ!?
『我の牙は失った、だが、我が魂未だ燃え尽きず。力が足りぬのならくれてやろう、我が顎、我が瞳、我が呪い、必要なものは全て用意しよう、お前がやるのはただ一つ。我が魂全てを使い潰して勝利せよ』
ウンター……お前
『なんとも痛快ではないか、押しつけられた使命故にお前と殺し合い、そしてお前に勝手に救われた。なれば我が勝手にお前を救うことでようやく対等だ、前も言ったはずだぞ。半ばで死ぬなど我が許さぬと。そして今度こそさらばだ友よ。あまり早くこちらに来るものではないぞ』
ああ、分かってる、もしそっちに行くことがあれば仲間とみんなで生き抜いてからだ。少なくとも今じゃねえさ。
「があああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「何か混ざりましたね……この気配は獣……そして預言者? 少なくとも人の声ではありませんね、まあ神の敵は獣というのはいつものことです。むしろやりやすくなった」
ごちゃごちゃうるせえなあ、のど笛噛みきってやらあ。




