反則とは則に反することである
「私が、攻撃を受けた? そんなまさか、あなたの間違いですよ」
「おいおい信じられねえのは分かるが、お前の鼻ぬぐって見ろよ。匂いから察するに血が出てるぜ? 今のお前の血が赤いかは知らねえけどな」
「何を馬鹿な……っ!?」
うっすらと鉄の匂いがしてるから鼻血でも出してるんじゃねえかと思ったが当たってたみたいだな。しかしあんなに硬い顔面があるかね、これも神に近づいた効果なんか? 面の皮が厚くねえとできねえんだな神って。
「私の、神の如き私の聖なる血を、流させたな。万死すらも生温い、殺してくれと泣き叫ぶまでじっくりとなぶり殺しにしてくれる」
「ははっ、すげえ三下っぽいセリフだぞそれ。我が腕の中で生き絶えるが良いくらい言えよ」
「愚かな、だから既に命運が尽きたことにも気付かないのだ」
「あ?」
「十三の楔よ、今こそ神敵の自由を奪い十字架にかけよ」
な、いきなり全身に拘束具つけられたんですけど!? いつ出てきたこんなもん、予備動作も詠唱もほぼねえぞこれ。
「おま、これ、回避不可技じゃねえか!? インチキだぞこらぁ!!」
「吠えるな、十字架にかけられた栄誉だけを噛みしめよ。そしてゆっくりと死ね」
「まあ解けるんですけど」
「なんだとっ!?」
本気で力を込めたらわりとあっさり弾け飛んだな、こういうことになるからバフで殴ったら全部解決するとか言われんだよなあ。どんなことされようと結局のところ極まったステータスには勝てねえんだよ。基礎能力が高い方が勝つっていう根本のルールにゃあ逆らえねえんだなこれが。
「動揺したな? それは命取りだぜ」
強く踏み込む、それだけで床にヒビが入る音が聞こえる、身体が撃ち出される、それだけで空気の壁にぶつかる、きつく拳を握る、それだけで空間が軋む、そしてそれを思いっきり叩きつける、それだけで、神のお隣さんがぶっ飛んだ。
「さすがに効いたろ、まともに入ったからな。あと先に言っとくぞ、別にこれは必殺技でもなんでもない、ただの通常攻撃だ」
「お、のれ、一度ならず二度までも」
「何言ってんだ、お前が動かなくなるまでやるぜ」
「認めよう、お前は神の如き私の能力を凌駕している。だが、神とは膂力でどうにかできる存在ではないことを知れ。汝聖域に入ること能わず」
「聖域? 結界みたいなもんだろ、それだって耐久限界があるんだから絶対じゃねえよなあ」
「破れるものならやぶ「おらあああああああ!!」
いやー、割れた割れた。見事に割れたわ。何が聖域じゃ冬の水たまりの氷より脆いわ。パリーンっていったぞ一発で。
「これで三発目ぇえええ!!」
「かかったな」
「あり?」
動かねえ、いや違うな、局所的に動きが鈍くなってる。スロウ状態にさせられたのか? でもまあそれもすぐに治る。後数秒ってとこだろ。
「聖域などお前を誘うための罠に過ぎん、そして今の硬直もお前ならすぐに解くのだろう。だがそれでなんの問題もない。この一瞬が欲しかった、お前の力の源泉を辿る時間が」
なんだ、何をする気だ。何を企んでやがる。悪寒がする、この表情は少なくとも聖人が浮かべて良い表情じゃねえぞ。悪意と殺意に満ちた笑い顔だ。
「異常な力は、理由なく手に入るものではない。そうか、お前の力は重ねに重ねた強化の結果か。そうかそうか良いことを知った。ではお前の力を断ち切るとしよう」
消え、やがった。あの、野郎、ティーア達のとこに行きやがったな!? まずいまずいまずい、俺にはあいつみたいに瞬間移動はできねえ。どう考えてもあいつに追いつくのに時間がかかる。そうなるともう手遅れになる。みんな殺される。
「く、そがああああああああああ!!!」
体の動きが元に戻った、だがすでに時間は経過している。【奇跡】の移動は点の移動だ、線の移動をしている限り追いつけねえのは分かってる。それでも俺は行かなきゃならねえ。俺にデバフがかかっている間はみんな無事のはずだ。俺の動きが鈍った時は、それはもう……
「待ちやがれえええええええ!!!」
大丈夫だ、ニケもいる。今の俺ほどとはいかなくても化け物クラスの戦闘力を持つ奴らなんだ。俺が行くまで持ちこたえられる。そうだ俺が信頼しなくてどうすんだよ。身体の感覚はまだそのままだ皆生きてる。【奇跡】の野郎がいくら強くても瞬殺なんてできやしない連中なんだからな。
「はぁっ……はぁっ……」
まだだ、あと三歩跳べば行ける、それで戻れるはずだ。だからまだ動け、蹴りだせ、【奇跡】に好きなようにやらせるんじゃねえ、俺が一秒遅れる毎に、事態は悪化すると思え、もっと早く、もっと強くだ、そうだ、動け、後で死ぬほどきつくても良い。今は限界なんて感じるな。
「げん……かい?」
いくら急いで全力で動き続けているとはいえ、あの量の強化を受けて息が切れるなんてことがあるのか。もしかしてもう、いくつか効果がなくなっているんじゃ……
「んなわけあるかぁ!! 弱気になるな、余計なことを考えるな、俺がやることは一つだ、行って、殴って、仕留める、それだけだ!!」
見えてきた、魔王城だ、あそこの一室にみんな集まってるはずだ、見ろよ何も壊れてない、騒ぎにもなってない、何も起こってねえじゃねえか。
「はは、なんだよ。思ったより大丈夫じゃねえか」
速度は落とさずに一直線で向かう、視覚を除いた感覚が情報を拾う、特に異常はない。特に、異常がない、それ以上の異常があるのか、【奇跡】がここに来ていることは確定、それで何も起こっていない、そんなことはありえない。
「くそっ、なんで少し安心したんだ俺は、馬鹿か!!」
扉が見えてきた、早く開けるんだ、それで全てが分かる。
「遅かったですね、タイミングを計るのに苦労しましたよ。ですが、丁度ですね」
赤く染まった部屋の中、俺にかかっていたデバフは全て、解除されていた。
「良い顔です、私が見たかった顔ですね。やはり神に裁かれる罪人はそうでなくては。それでご感想は? 間に合わずに全て失った気分はどうです? 最高の気分でしょう?」




