バフが命っていうのはこういう事だ
「うん、弱いね」
「いやいやいや、ニケが強すぎるだけだから」
「そう?」
まさかいきなりニケと試合する事になるとは思わなかったが、ニケは俺に大切なことを思い出させてくれた。それはつまり。
「バフ盛って殴るのが一番強えってことだよな」
「バフ? なんのこと?」
「いや、こっちの話だ」
俺を含めた全員でニケと模擬戦闘を行ったが結果は惨敗もいいところだった。まずもって攻撃が当たりゃしねえ。回避されるとか以前に狙いが定められないくらい速い。先読みして攻撃を置いても難なく弾いて反撃する防御力とパワーも合わさって正直手がつけられない状態だった。それで更に絶望的なのは今回ニケは素手でしかも攻撃スキルを一切使っていない。つまりはいわゆる攻撃コマンドの通常攻撃のみで壊滅させられた事になる。
「基礎性能の差だけここまで圧倒的になるあたりはマジでゲームのまんまだな」
俺がこうして普通に話してられるのはただ単にニケの攻撃対象にならないからという理由のみだ。他の奴らはまたもやニケに意識を刈り取られた状態だ。デコピン一発で意識ぶっ飛ばすとか洒落にならないだろ。これが主人公のスペックか。伊達に「最終的には全部こいつで良い」「ステあげて殴ったら勝てる、冗談抜きで」「肉体強化こそが最強魔法」とか言われる訳だよな。
「強くならなきゃいけねえな、少なくともニケに勝てるくらいには」
「旦那様はもう私より強いと思うけど」
「その旦那様ってのはなんだ? あとお前より強いとか絶対にないから」
主人公格のニケに真っ向から勝てるレベルはもうそれだけでゲーム中なら最強を名乗れる。神がニケより弱いわけもねえから少なくとも最強を目指さないといけなくなったわけだな。きっついなあ。
「だってこう呼ぶのが奴隷のルールでしょ」
「いや違うけど、なんの本を読んだんだお前」
「え、いや、それは、その、ちょっと、その、ぇ……ちな本で」
あんな糞田舎でどうやってそんなもん手に入れたんだよ、背中がむず痒くなってくるから旦那様とかいう呼び方はやめてもらいたいもんだな。
「ニケあのな、お前を隷属させたが奴隷として扱うことはない。だから普通に呼んでくれ、良いな?」
「えっ、駄目なの……!?」
そんなこの世の終わりみたいな顔されても困るんだが、なんでそんなに旦那様と呼びたいんだよ。よく分からねえな。
「扱いは、別に我慢する。でも、呼び方だけは……!!」
なんで普通に扱うって言ってるのに我慢するって言葉が出てくるんだよ、ぞんざいな扱いをされたいのかこいつ。さてはシラヌイと同類だな?
「変えたくないと」
「うん……」
いや、別に本人がそれで良いって言ってるなら何も言うことはないんだが。無理して言ってるようにも聞こえねえし本心からの言葉みたいだが。
「じゃあ良いや、好きに呼べ」
「やった、ありがとう!! 大好き!!」
「あ、うん。喜んでくれて何より」
しかしここまで力の差があるとなると少しどころじゃないテコ入れが必要になるな。俺の場合はスキルツリーの解放とポイントの収集になるか。呪いの獲得とかでポイントはゲットできるしスキルツリーは聖人とか大いなる呪いとかで解放できる。やることは分かってるんだがな。
「問題は修行タイムに入れる場所がどこかなんだよな」
できれば聖人に襲われても大丈夫な場所がいいが、あいつらの能力が未知数だからどこが安全とかねえんだよな。奇跡の野郎にいたってはパッと現れてパッと消えるとか普通にやりそうだから対策が練れないし。困ったもんだな、せめて情報があればなんとかできそうなんだが。
「スパイでもいりゃあな、ん?」
おいおいおい、ゴタゴタですっかり忘れてたがいるじゃねえか聖人の中で裏切り者が。重十字のビクテロがよ。そろそろ迎えにいっても良い頃合いじゃねえのか?
「決めた、ビクテロを連れ戻そう」
「連れ戻すって、今どこかに連れ去られているの?」
「ああ、多分ビクテロはグレーゴリ教国にいる。そして聖人の中に混じってるのを確認済みだ。なんなら罪人として殺されかけたこともある」
「うん分かった、今から殺しにいく」
「ステイだ、あいつは聖人の中にもぐりこんで内部から崩すのが役割だからそれでいいんだ。俺のことも結局逃がしてくれたし」
ツァラトゥストラの一件でビクテロの裏事情を知らなくてもいずれ無理やりにでも仲間に戻す気ではあったけどな。闇堕ち、いや光堕ちか、したままで放置なんてするわけねえ。貴重なデバフ枠はまだまだ募集中なんだ。
「グレーゴリに行って直接話をしたいところだが流石にそれは自殺行為だもんなあ、なんかちょうどいい方法はないもんか。俺も他の奴らも国際指名手配レベルで狙われてるだろうし。こういうところでも不便なだな」
主要な町の教会とかには全部名指しで神敵として張り出されてる可能性すらある。あれ? これから町の機能全封じで攻略しなきゃならんのか。無理ゲーが加速してきたなマジで。
「別にそんなことないと思うけど、少なくとも村の教会にはそんなことはなかったよ」
「ほんとに?」
「うん、別になにも変わったところはないよ」
なんでだ、聖人をやられてる現状でもまだ本気でつぶす必要はねえってことなのか。それともグレーゴリの中でなんか起こってんのか。神託なんざその気になればいくらでもくだせるだろうに、そんなことにしてられないくらいの事態がグレーゴリで起こってるとでも言うのか?
「グレーゴリがそんな危機に陥るとしたらそれはもう一つしかねえ、魔王軍との衝突だ」
ムービーでは聖人どもが魔物とかを一掃してたくらいでぬるっと処理されてたが、本来ならそれこそ大戦争のはず。それが圧倒的に早い今の時期に起きているとすればそれは確かに俺に構ってる暇なんかねえな。聖人を送り込んでくるのを見る限りでは直接手を下すのには何かしらの制限があるようだし、もしや今なら聖人ども一掃しつつビクテロを仲間に引き戻せるんじゃねえか。
「行くかグレーゴリ」
「さっき自殺行為とか言ってなかった?」
「事情が変わったんだ、早ければ早いほどいい。村の連中の供養を終わらせたらすぐに出発だ」
今までスルーしてたがサムライの連中は俺のせいで村がなくなっちまったからな、せめて供養だけでもしねえと。
「のわりには死体とかねえんだよな、奇跡に皆殺しにされたもんだと思ってたが。もうすでに灰になっちまってんのか?」
「え? ここで死にかけたのは旦那様だけだよ」
「じゃあ村の奴らはどこに行ったんだ」
村全員神隠しにでもあったってのか?
「急いでたから説明もせずに送ってごめんなぁ、みんな元気で新しゅうなった五獣の塔で遊んどるさかい。気にせんといてな」
なんでトモエがここにいやがる、五獣の塔をクリフォトにした影響か?
「まさか全員そっちに移動してたとか言うのか」
「そのまさかやねえ、塔を作り変えてくれはったやろ? それでできることが増えたんよ。入れ替えせなあかんかったから送り返してもうたけど元気そうで何よりやわあ」
「いや普通に一回死んだぞ」
「蘇ったんやろ? それならええやん、今を生きないとあかんよ?」
あれ、今まであった申し訳ないという気持ちが霧散していく、今すぐにグレーゴリに行って聖人一掃計画をやりたくなってきたぞ。
「じゃあここに居る意味はねえな、仲間起こしてグレーゴリに行く。すぐ行く」
「気をつけて行ってらっしゃいな、用心するんよ。特にお仲間の子たちのことは特になぁ」
「はは、ニケが居れば用心なんていらねえさ。うちのニケはすごいんだ、そうだろ?」
そう言って振り返るとそこには倒れて苦しそうに息をするニケがいた。
「ど、どうした!?」
「ごめん、ねえ、実は時間制限が、あって、今日はもう、動けないみたい」
「なんでそんなこと早く言わねえんだよ!!」
「旦那様に頼られるのが嬉しくて……つい」
「時間制限ってどれくらいなんだ、それ以上の戦闘には耐えられないんだろ。教えてくれ」
「動いてる時間が、三分を超えると、反動で動けなくなるんだ」
「三分、か」
ニケのことをスーパー○ンだと思ってたらウルトラ○ンだったようだ。




