~3日目・覚悟の違い02~
~~~十分後・路地裏~~~
「離して……離してってば!!」
後ろ手に縛られ、俺たちは路地裏へと連れてこられた。
そこには複数台の車が止められており、十人以上の男たちが俺たちを待ち構えていた。
「フッ……どうやら〝かくれんぼ〟は俺たちの勝ちみたいだな」
そう言って不敵な笑みを浮かべる男。
身に纏う異質な空気が、奴が群れのリーダーであることを物語っていた。
「真壁さん、コイツらはどうしますか?」
言いながら、一人の男が明菜と由理恵を銃口で指す。
「女は殺さずに生かしておけ。楽しんだ後に売っ払うからよ」
言いながら舌舐めずりする男。
その姿に怒りが爆発しそうになるが、今の俺に それをブツける手段はなかった。
「了解です! ほら、さっさと歩け!」
リーダーの男―――真壁の指示を受けて3人が連れ去られていく。
すぐにでも取り戻したい衝動に駆られたが、取引材料になる住吉たちは殺されることはない。俺は冷静さを取り戻すと、目の前の男と対峙した。
「さて……お前さんは どうしようかな?」
ニヤけた表情を浮かべながら、ナイフの切っ先を俺の頬に滑らせる。
無機質で冷たい感触が、俺の意思とは無関係に鳥肌を波立たせた。
「美味しい報酬になる感染者でもない、俺たちを楽しませる女でもない……生かしておく理由はねえよな?」
からかうような口調。
しかし、反論すべき言葉を持たない俺は黙るしかなかった。
「必死で命乞いでもしてみるか? そうすりゃ、俺の気も変わるかもしれないぞ?」
「……フッ、冗談だろ? テメェに傅く気はねえよ」
ちっぽけな意地。
でも、それを失って生き長らえようと思うほど誇りを捨てる気にはなれなかった。
それに、俺には最後の切り札がある。
出すタイミングさえ誤らなければ、状況を逆転できるはずだ。
「だったら、死んでもらうしかねえな。利用価値のねえ男は ただの荷物なんだからよ」
言いながら、ナイフを逆手に持ち替える。
あの刃が振り下ろされる時……それが俺の最期の瞬間だ。
「安心しろ……一撃で決めてやる」
唇の端を持ち上げて笑うと、真壁は一気にナイフを振り下ろした。
だが、次の瞬間―――
「―――はっはっは! 嘘だよ、そんな簡単には殺しやしねえさ」
覚悟を決めて切り札をだそうとした俺を嘲笑うと、真壁はナイフを鞘に戻した。だが、安堵など出来ない。奴がタダで俺の命を繋ぐはずがないからだ。
「使えねえ男でも、利用価値を付け足すことは出来るからな」
そう言うと、真壁は後ろに控えていた男へと指示を出す。
それを受け、部下の男が手近の車のトランクを開けた。
「ああああぁぁぁぁっ…………!!」
瞬間、ゾンビがトランクから飛び出してくる。
ロープを括り付けた鉄パイプで動きを封じているものの、その口元は獲物を求めて大きく開けられていた。
「さあ、お前を〝特別〟にしてやるよ!」
そう言いながら、真壁は俺の左腕を取る。
そして、男が押さえているゾンビの口元へと持っていった。
(フザけんな……!!)
抵抗を試みる俺。
だが、その瞬間に この状況を引っ繰り返す逆転の策が閃く。
その直感に賭け、俺は敢えて抵抗の力を弱めた。
「―――――――――ッ!!」
刹那、俺の腕に走る鋭角な痛み。
噛まれたと認識した瞬間に俺からゾンビが遠ざけられる。
「ははは! 良かったな、これでテメェも重要実験体の仲間入りだぜ!」
「……………………」
勝ち誇ったように言い捨てる真壁。
そんな奴に対して、俺は沈黙を貫く。
「ククク……流石にショックか? でも安心しろよ。これで、お前は人類の未来に寄与できるんだからな……自分の命をよ」
笑いを噛み殺しながら、真壁が見下した言葉を投げかける。
だが、この時の奴は一つだけ勘違いをしていた。
俺に〝感染する恐怖〟など微塵も通用しないことを。
「―――――――――ッ!!」
勝利を確信した際に生じる一瞬の隙。
それを見極め、俺は自由になっていた左手で真壁の腕を掴んだ。
「なっ…………!?」
茫然自失していると思っていた俺の突然の反撃。
完全に虚を突かれた真壁は踏ん張ることも出来ず俺の目の前へと膝を着く。
一気に縮まる距離。
その瞬間を見逃さず、俺は奴の首元に噛み付いた。
「この……何をしやがる!!」
激昂した真壁が後ろ腰から銃を抜き取る。
だが、俺の表情から余裕の笑みが消えることはなかった。
「感謝しろよ? お前にも利用価値を付け加えてやったんだからな」
「なん……だと……?」
「ゾンビになってなきゃ大丈夫だとでも思っているのか? 感染者からでも体液感染するんだよ!」
「……………………ッ!!」
ハッとしたように自分の首筋を押さえる真壁。
そこからは一筋の血が流れており、俺の唾液に湿った犬歯が突き刺さったのは確実だった。
「これで お前も感染者だ。良かったな、合計で三人ともなれば結構な報酬が約束されるぜ。仲間に贅沢させてやれるぞ」
「そんな……そんな馬鹿な……」
俺の言葉の意味が、少しずつ奴の内側を蝕んでいく。
だが、そこで手を緩めることはせず、更なる言葉を脳髄にまで刷り込ませていく。
「怯えずに覚悟を決めろよ。たった今から、お前も狩る側から狩られる側になったんだからな」
「や、やめろ…………」
「泣き言を言わずに周りを見てみろ! 今まで仲間だったはずの連中が、欲に塗れた目でお前のことを見てるぜ!」
俺の言葉に、弾けたように辺りを見渡す。
リーダーの感染という事態に戸惑いながらも、連中の瞳には欲望の色が僅かに灯っていた。
「何だ……何を見てやがる!?」
今まで自分に向けられていたのは畏怖の視線。
だが、それが一変したことを真壁も本能で察したようだ。
「俺を……俺を そんな目で見るんじゃねえ!!」
感情のままに叫ぶと、真壁は銃を構えた。
そして―――
『―――――――――ッ!!!』
響き渡る銃声。
それと同時に部下の一人が頭を撃ち抜かれて後ろに倒れこんだ。
「テメェみたいなクズが!!」
『―――――――――ッ!!!』
「俺のことを!!」
『―――――――――ッ!!!』
「汚ねえ目で見てんじゃねえよ!!」
『―――――――――ッ!!!』
我を失い、すでに物言わぬ肉塊と化した部下に銃弾を撃ち込む。
その姿に脱出の好機を見出した俺は、真壁を煽るべく口を開いた。
「そいつだけでいいのか? お前の横にいる奴が笑ってるぞ?」
本来ならば聞くに値しない俺の言葉。
だが、混乱の極みにある真壁は疑問に思うこともなく受け入れてしまった。
「テメェもか!!」
振り向きざまに銃弾を放つ。
正確に眉間を撃ち抜かれた男は、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
その結果に、俺は薄く笑みを浮かべた。
何故なら―――そいつがゾンビを押さえていたからだ。
「うおえあぁぁぁぁっ…………!!」
自由を取り戻したゾンビが近くにいた男の襲い掛かる。
突然の出来事に反応が出来ず、簡単に組み伏せられてしまった。
「ハハハッ! そうだ! お前らも道連れにしてやるぜ!!」
完全に我を失った真壁が辺りに銃を乱射する。
流石に黙って見ているわけにもいかなくなった部下たちだが、リーダの暴走に連携が取れず、初動が完全に乱れていた。
(今のうちに…………)
真壁に撃ち殺された男から武器を頂戴すると、俺は拘束していたロープを撃ち抜き自由を取り戻す。そして、未だ混迷を極めている現場を一瞥すると、軽く苦笑を浮かべて立ち去った。
(これが〝覚悟〟の差ってやつだよ……)
ただ享楽的な日々を送っていただけの真壁。
全てを受け入れて来たるべき日を待つ住吉。
自分の未来を理解しつつも愚直に進むことを決めた俺。
身の内に宿す覚悟の強さが、どんな状況になろうとも自分を支える力になる。
それを持つことが出来なかった時点で、奴等の敗北は初めから決まっていたのだ。
(だから、止まることはしない……)
改めて自分の胸に宿る決意を固めると、俺は走り出した。
何より大事な存在を救い出すために―――
~~~30分後~~~
「いやぁ、重ね重ね本当にありがとう」
本来の目的地である住吉の家に辿り着くと、彼は寝室のベッドに腰掛けながら礼の言葉を述べた。
「あの……本当に此処で……?」
「ええ、最初から決めていたことですからね」
迷いのない表情と口調。
そこに含まれる覚悟は、誰の言葉であっても変えられそうにはなかった。
「由理恵さんは?」
「私の妹が迎えに来てくれることになっています。後のことは彼女に託しますよ」
「そうですか……分かりました」
そこまで事が決まっているのなら、俺たちが口を挟むべきではない。
笑顔で軽く一礼すると、俺たちは家を出た。
「……………………」
「……………………」
無言のままに閑静な住宅街を歩いていく。
隣を歩く明菜の表情は、何やら複雑だった。
「生きてきた意味……か」
誰に聞かせるわけでもなく呟かれた言葉。
それは、今回の出会いが彼女に……いや、俺の心にも強く印象的だったのだ。
「私達にも、何かあるのかな……?」
「さあな……まだ分からないよ」
今だに持ち得ていないのか。
すでに得ているのに気が付いていないのか。
どちらにしろ、この旅が終われば答えが出るだろう。
(だから、必ず辿り着く……)
答えを得ぬまま終わりにすることだけは出来ない。
だから、今は前を向いて歩き出した―――