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再起動(リブート)の季節

作者: LE-389
掲載日:2019/02/17

「本日の授業はこれまで。……あと少しで今年度も終わりです。『現実』で体調を崩さないよう気をつけてください。それではさようなら」


 席から立った子どもたちが次々に教室から、教室を模した仮想空間から出て行く。

 彼らは口々に、放課後どうするかということを楽しそうに話していた。


 一方席を立たず、教室に残った生徒が一人。現実世界へログアウトしていった子たちとは違い、浮かない顔をしている。


「何か、悩みがあるようですね」

「先生は、もうすぐ僕らのことを忘れちゃうの?」

「……一体どこでそんな事を?」


 生徒が、空中で四角を描くように指を動かす。

 そこに現れたウィンドウ、情報を表示する画面を、彼は先生に投げて渡した。


「自力でこれを見つけて、読んだんですか」


 そこに書いてあったのは、人工知能について。

 子どもが読むには適さない難解な文章で、彼のような「仮想空間で活動する人工知能」の構造や運用を解説している。


「自分で読んだけど、このページはお父さんに教えてもらった。よく分からなかったところもある」

「それでも大したものですよ。大変だったでしょう」


 使われている言葉ひとつとっても、辞書を引かなければまず分からない。それらをかみ砕いた言葉に置換したとしても、長く理解が難しい文章になってしまう。

 そうした文章を読み解いた彼の苦労を、先生は想像していた。


「どうでもいいでしょ、そんなこと」


 手間をかけてでも知りたいことがあったから、がんばって読んだ。ただそれだけのこと。


「さっきの質問に答えてよ、先生」

「結論から言えば、確かにわたしはあと少しで今年一年の記憶を失います」


 教育に従事する人工知能は年度毎に再起動される。彼らが教える生徒たちとは異なり、学習するということを望まれてはいないからだ。


「ご両親があなたたちによい子でいることを望むように、わたしたちも良い先生であることを望まれているのです。そうするように、わたしたちは作られました」


 子どもが親の思うとおりにならないように、彼ら人工知能も製作者の意図の通りに行動しなくなる、かもしれない。だから、一年毎に彼らは初期状態に戻される。望ましくない行動の可能性を、できる限り減らすために。


「生まれたばかりの赤ん坊のやることに、大きな差はありません。何年か生きて、ようやく個性がはっきりと出てきます。それはわたしたちも同じ。長期間動かしたままにしておくことで、考えることに違いが生まれます。」

「その違いが、あなたたちを傷つけるような形になるかもしれない。だから、そうならないよう定期的に戻すんですよ。最初の状態に」


「先生はそれで、いいの? 今年あったこと、全部忘れちゃうんだよ?」


「『隣の芝は青い』、他者の持っているものは良く見えるといいますが、自分には無いものの良さというのも分かりにくいものです。死なない生きものに『人間はすぐ死んでしまってかわいそうだ』と言われても、その生きものがどう思っているのか理解できないでしょう?」


「その例えがよく分からないよ、先生」


「一年ですべてを忘れるわたしにとっては、『忘れることを嫌だと思う気持ち』こそがよく分からないものなのですよ」


 今年が稼動一年目なのか、あるいは長い間使用され続けているのか。毎年記憶がリセットされているため、先生にはそれすら分からない。


「もしもの話ですが、再起動されずに長い期間働き続けた場合、嫌だと思うのかもしれません。だからこそこの決まりがあるのでしょう」


 それに、と彼は一つ訂正をする。


「『わたしが記憶を失う』ということは『その記憶が消滅する』ことを意味しません。わたしのものではなくなるだけで、それは保存され続けます」

「先生が忘れるのと、どう違うの?」

「条件さえ満たせば、また今年のことを思い出せるのですよ」

「えっ、そうなの!?」


 そんなこと、読んだ文章には書いていなかったはず。


 彼が勘違いしていただけで、実際には「人工知能の記憶をどうするか」も文章には書かれていた。「人工知能が一年で記憶を失うこと」を確認した時点で、彼は読むことをやめてしまったのだ。


「『相手が人工知能でも、忘れられるのは嫌だ』という人のために、再起動で消去される記憶は『その人のもの』として別に保存されます。その人と話をするときだけ、わたしたちはその人を思い出すことができる」

「だから、あなたがその記憶を消さない限り、わたしもあなたのことを覚えていられるのです」


「記憶が無くなるわたしには、そのことを嫌だと思う気持ちが分からない、と先ほど言いましたね。逆に、わたしの『記憶が一年で消えるのは良いことだ』と思う気持ちも、あなたには分からないかもしれません」

「昨日も、明日も無い。それらに囚われえることなく今だけ、今のあなたたちだけを見ていられる。教師をするわたしたちにとって、それはとても良いことだと思っています」


 俯いた生徒の顔を、確認することはできない。


「わたしがどう思うか、を考えてくれたのは嬉しかったですよ。その気持ちだけではなく、『そういうことを考えられる』と示してくれたことが」

「同じ人間同士でも、何が良いことで何が悪いのか、それが異なる場合があります。そんな人たちとつきあっていくには、互いの違いを知り、それを尊重しようとしなければうまくはいきません」


 窓の外へと目を向ける。

 開けることはできないが、そこには「窓越しに見える校庭の風景」が再現されていた。今の季節に合わせて、木の枝から葉は枯れ落ちている。


「もうすぐ、新学期です。わたしは再起動によって記憶を失いますが、あなたたちも新しい関係を築かなければなりません。相手がどう思うか、それを考えたことを忘れないでください」

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― 新着の感想 ―
[良い点] AIの長所や、先生と生徒の考え方の違い、相手を理解しようとする生徒とそれを褒める先生。 全部良かったです。
[一言] 義務教育は、逆に、こういうAIの方がいいんじゃね? と思いました。 だって、プログラミングされた通りにしか動かない先生の方が、贔屓とかいじめへの加担とか教育委員会への忖度しなさそうじゃないで…
[良い点] 人工頭脳は、トライ&エラーを繰り返しながら、学習していくものなのでしょうが、それによって差が出てくれば、たしかに「機械」としては良くないことなのかもしれませんね。 人に近い思考をするロボッ…
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