鬼の女神は花婿を甘やかす
「――御主が妾の花婿かえ?」
とうとう幻聴が聞こえたのかと思った。
ストレスで幻覚みたいのは出たことはあったが、今度は耳かと。
「うん? 口が聞けぬのか。ひどく疲弊していたが、界を渡るのには問題なかったはずじゃがのぅ」
クソみてえなブラック企業にとっ捕まって胃に大穴開くまで働き続け。
無職への抵抗感とかここまでやってきた意地とかいつか見返してやるって反逆心とか、そんなのが唐突に全部吹っ飛んで退職届を送りつけて一人旅に出て。
好きなことだけをやり続けて、満足したらさくっと死のうなんて思いながら最後の目的地である秘境の温泉に辿り着いた、はずだったんだが。
俺の目の前には、今まで自分が何をやっていてどこにいたとか、そんなどうでもいいことを全て消し去るものがいた。
〝それ〟は真っ暗な中にいた。
自らが薄らと光り輝くかのような、圧倒的な存在感を持った生き物が。
いや、生き物なのか、これは?
〝それ〟は人の形をしている。背の高い女と言えばそれまでかもしれない。
ただ、尋常じゃない程、いっそ恐ろしいくらいに――
「…………きれいだ」
燃えるような、なんて陳腐な言葉じゃ申し訳ないくらいに濃く赤い、長い髪。
逆に涼しげな表情を浮かべる顔は、切れ長の垂れ目も薄い唇も細い鼻も、整い過ぎて怖いくらいだ。
珍しい、薄赤い褐色の肌。コスプレかと思うような、着崩した豪奢な着物。何のアクセサリーなのか、赤い角らしきものを頭にいくつも生やしているけど、それでも間違いなく俺が今まで見たことがないレベル美女……いや、そんなものは凌駕した存在。
あまりに自分とかけ離れた〝それ〟の前で、俺は何をしているんだろうか。
息をすることすら、おこがましい気がした。
そう思うと同時、目の前の存在が、目を細めて微笑む。
満面のものじゃなく、本当に少しだけの変化だった。
「そうか、そうか。この造形は我が花婿の好みに叶うたか。それは佳きことよ」
瞬間。
よくわからない綺麗な生き物が、一気に自分と近くなった。
それでようやくまともに息ができる気がして、目を瞑り肺いっぱいに息を吸い込む。
「っ、はぁ……!」
息を吸って、吐いて。
そうしていると、頭がだんだんと冷静になってくる。
……いや、どうでもよくないだろ。
俺はどこにいた? 秘境の無人温泉の脱衣所だ。
俺は何をしていた? 荷物を置いて服を脱ごうとしていた。
じゃあ、ここはどこで、今はどんな状況なんだ?
目を開くのが怖い。あのおっそろしいくらい綺麗なコスプレ美女は何だ? この真っ暗空間は何だ? 俺は一体、何を……
「妾の花婿よ。聞きたいことがあるのなら自問はやめよ。どうせ答えは御主の中にないしの」
あ、声もすげえいい。
今更気づいた。ハスキーで、少し重くも感じる、好きな声だ。
「ほう、それはまた嬉しいのぅ。佳き佳き」
「……なぁ」
「何じゃ、我が花婿?」
「もしかして、俺の考えてることわかるのか?」
「この界において、妾達にできぬことはない」
機嫌よさそうな声すら、もういちいち綺麗で聞き惚れそうに……いや、いやいやいや。
「やめろ読むな! つうかあんた誰だよここどこだよ俺はどうなってんだよ!!」
全力の疑問を叫んで、ついうっかり目を開いてしまう。
目の前には変わらず圧倒的な美女。
思わず空気を呑み込んでしまって、むせそうになる。
褐色というか、薄めの煉瓦色って言った方が近そうな色の指先が、俺に近づく。
「答えてやるとも。御主は妾が望んだ花婿じゃからのぅ」
そっと、頬に触れる細い指。
体温があることにむしろ驚いてしまうくらい、それは綺麗なかたちをしていた。
「はなむこ……」
さっきからずっと、不思議美女は俺のことをそう呼ぶ。
はなむこって、俺の頭の中だと花婿としか変換できないんだが。
「それで合うておる」
「……………………は?」
考えを読むなとか、そんな言葉も出てこなかった。
ただ言われたことが、理解できなくて。
「御主は妾が求めた永の半身。我が花婿よ」
生まれてはじめて、失神した。
意味がわかんねえ。
それだけを思いながら。
× × ×
『界を作るのは難しい』
『だがそれもよい』
『我らの界。我らだけの界』
『しかし無に生じた我らだけでは界を創るに足りぬ』
『無に繋がる界の主達に聞いてみようか』
『それがいい。そうしよう』
――いくつもの声が聞こえる。
重なったり静かだったり、、高かったり低かったり、聞き取りやすかったり、遠くまで響いたり。
一体何人の声なのか、わからない。
ただ、とても楽しそうだということだけはわかった。
『美しい青と白の界の主が、応えてくれた』
『これで我らの界ができあがる』
『似せるのは好かぬ』
『だがとてもよくできた界だ。あれに浮かぶホシなるものもつくりたい』
『全てを同じにせずともよい。どの界も、そうやって自らの界をつくるらしい』
『瑠璃色の海。天色の空。琥珀色の地。ああ、美しき界だ。これを世界と呼ぶのだと、青と白の界の主は言う』
ぼんやりと、どこにいるんだかわからないまま、声につられてそれを見る。
実際に宇宙から地球を眺めたとしたら、こんな感じだろうか。
いや、少し違うかもしれない。映像で見る地球はもっと濃い青だ。
俺が見ているのは、それより明るくて、紫と、少しだけ緑も交ぜたみたいな色の星。
確かに綺麗だ。ため息が出そうなくらい、綺麗で……
『土台はできた』
『時が必要だ』
『いのちが必要だ』
『たくさんのものが必要だ』
『それには力が必要だ』
『我らの力を合わせよう。我らは世界の主。青と白の界の主は神と称するもの』
早送りしたような映像が流れる。
空から降り注ぐ光、地の底から沸き上がる海、少しずつ緑が増える大地。
そして動き出す、声の主達以外の〝何か〟が。
『うまれよ、我らの愛しき世界、アルギラ』
泣きたくなった。
いくつもの声がつくったこの世界が、俺のものじゃないのに、とてもいとおしくなった。
× × ×
目を開けようとすると、目尻が引きつったような感覚がした。
「ああ、擦ってはならぬぞ。御主の肌はまだ弱いでな」
そっと瞼を撫でる、誰かの手。
妙に熱い俺の目には、少し冷たくて……
「……ちょっと、待て」
「うん? 何じゃ、我が花婿」
…………
………………
夢じゃねえのかよ。
「三十秒待って。あ、意味わかるか?」
「あいわかった」
ハスキーな美声に思考の猶予をもらって、俺はもう一度今の状況を整理する。
ここは秘境の脱衣所じゃない。これは確実だ。
でも夢でもない。現実だ。
こんな感覚まではっきりした夢があるか。夢の中で失神してまた起きる夢なんてあるか。
だったら俺はよくわからない場所に、よくわからない不思議美女といて、しかもその美女に『我が花婿』なんて呼ばれてるってわけだ。
…………まとめても何っっっにもわかんねえな。
諦めてじわじわ目を開いていくと、俺を覗き込むようにして逆さに映る角付き褐色和装美女がいた。
「まだあと数秒は残っておるぞ?」
「いや、もういい……」
意地なんて張る意味もない。
つまりは、この不思議美女に説明を求める他ないわけで。
「順を追って説明してくれるか? 俺が一個ずつ聞いても情報がとっ散らかるだけだし」
「良い子じゃ」
で、話によると、だ。
ここは俺のいた世界じゃなく、別の世界らしい。
地球外どころか次元やら界やらを超えた場所だという。
俺がいた世界をちょっと参考にしてつくられた、全くの異世界――アルギラ。
んで、この角付き美女はこの世界の神の一柱なんだと。
さっき俺が見た夢は、少しでも状況がわかるようにってこの女神が見せてくれたもののようだ。
そりゃあ、自分がつくった世界だったら愛しいだろうよ。俺が同調して泣いたのは涙腺が弱いわけじゃない。
……まぁそれは置いておいて。ファンタジー過ぎる展開も逆にいき過ぎると驚けないとかも置いておいて。
その女神がなんで俺を『花婿』なんて呼ぶかっていうと……
「人を、つくるため、だぁ?」
「目的はそれ以外にもあるんじゃが、それが主だのぅ」
「俺は種馬か!?」
「その言葉は知っておる。人には使わぬ下劣な言い方ではないかえ?」
どこからともなく出した黒い扇子を広げ、角付き美女――もとい女神は目だけで笑う。
下劣と言うわりに不快そうにはしていない。むしろ楽しそうだなあんた。
いちいちマーカーを引きたいくらい重要情報だらけの話に、いつの間にか周りが真っ暗闇から和室になっていたことにツッコむ暇もない。
「御主がいた――青と白の界の主がの、人をつくるならいくつか方法があると言うておった」
「自分に似せてつくるとか、血とか身体の一部から人ができたとか、そんなんか」
対して詳しくないが、神話の人類創造ってのは大体そんな感じだろう。
そう思って聞くと、女神はゆるく首を横に振った。
「どれでも間違ってはおらんのじゃが、この界では違う。妾達ははじめからこのカタチであったわけではないのでな。人に似せようとしても、どうも安定せなんだ」
「ん? あんたらはどうやって産まれたんだ?」
「生じたところは見せておらんかったのぅ……妾達は無から小さな光として生じた。ただここに界をつくろうと、それだけの自我を持った六つの光じゃ」
じゃあ何で、そんな和風ファンタジーの不思議美女に。
俺の疑問が顔に出まくったせいか、女神が唇の端を持ち上げる。
「妾達は、青と白の界で人を知った。そして同じカタチを取ったが、ただ似せるのも面白うない」
「いや、そこ面白がるところじゃねえ」
「じゃから自らに最も馴染み好むものを取り入れようということになってな」
「お遊びで神の造形決めんなよ!」
「何をいう。神じゃからこそ、そうすることができるのじゃ」
「……それもそうだ」
そこであえて鬼を選ぶのも、なかなかニッチだとは思うが。
「妾は鬼。この身に纏うものも、この空間も、それらしいであろ? 他のものも好きなカタチを取っておる」
好きなようにしたら、クールかつ色気たっぷりの高身長褐色スレンダー美女になったと。耳が尖って角が十本も生える人外系女神になったと。
「鬼ってそんなに角ねえだろ……」
「好みの問題じゃ。それで、御主がここにいる理由は知りたくないのかえ?」
ちらりと流し目をくれ、脱線していた話を戻してくれる女神。
ただの光だったとは到底思えないくらい、人くさい仕草だ。
「……教えてくれよ。わけわかんねえまま種馬にされたかない」
「よかろう」
人プラス好きな要素を入れてカタチになった六柱の神は、自分に似せるというつくり方をやめて神同士で交わろうとした。
でも創られたのは神の力の欠片を持った存在。しかもしばらくすると世界に溶けてしまう。
何が悪いのかわからず、もう一度青と白の界の主に会いに行くと、どうやら創世神同士での交わりは人という弱い存在を創るには力が強過ぎて向かないらしい。
俺も神話に詳しいわけじゃないし、どういう原理かもわからないが、このアルギラの場合はそうだったという。
だから神と交われる素養のある魂を譲ってもらい、ここに連れてきたと――
「いや、やっぱ普通に種馬じゃ?」
「神の伴侶を種馬扱いとは、誠に肝の据わった男じゃのぅ」
「望んで来たわけじゃねえしな」
「そうさの。御主は妾が望んだものじゃ。素養ある数多の魂から、御主を掬い上げて連れてきた」
さらりと言われたその言葉に、一瞬息が詰まった。
そうだ、彼女はさっきも……
『御主は妾が求めた永の半身。我が花婿よ』
思い返せば、やけに嬉しそうな声だった、気がする。
選んだ? 俺を? このいつ死んでもいいような存在を、女神なんてものが?
にわかには信じがたい。けどあまりにも平然と言うものだから、俺は黙るしかなかった。
「御主には妾と人をつくることと、もうひとつ大事な役目が」
「……何だ?」
勿体ぶったその声へ、自分で思ったよりもずっと柔らかい声で返事をしてしまう。
女神は扇子を手で弄び、すうっと視線を遠くへやった。
「この愛しき界ができて、しばらく経つ。他の生き物はいても、人はつくれぬまま、時が経ってしまった」
「しばらく……」
「今の御主では想像もできぬ程の、しばらくじゃがの」
パチンと、扇子を閉じる音が小さく響いた。
「界の様子は見られても、神となった他のものには会えぬし目にすることもできぬ。妾達は役目を決めてしもうたから、互いに干渉し過ぎれば界の力が崩れる。実際に人をつくる過程で一度アルギラは壊れかけた」
この女神がどんな感覚とか感性を持ってるかはわからない。ただ人くさい仕草と笑みは、きちんと感情があることを教えてくれる。
俺が最初にいたのは真っ暗な空間。そんなところにずっとひとりで、いるなんて。
「あんたの慰め役も、兼ねてるのか」
もっとまともな言い方もあったろうに、気づけば俺はそう口にしていた。
女神は俺を咎めない。ただ笑うだけ。
「人をつくれる妾達の光。触れることが叶わぬいのちの中、唯一手元に置ける存在。それを種馬などと、思えるはずもなかろ?」
この世界の神は、俺が知っている神話の神とは違う。
創世神なのに万能じゃないし、本当に人くさい。
楽しそうにものを創って、創り出したものを愛おしんで、うまくいかなくて先輩からアドバイスもらって、試行錯誤して……
まるで就職したての俺と同じだ。あの頃は毎日かなりきついけど楽しかった。何つうか、熱があった。
俺がなくした熱を、神サマが持ってるとか……普通逆だろ。
「女神サマ、あんた名前は?」
人くさい情熱があって、寂しいなんて感情がある女神。
他の神がどうなのかは知らないが、俺はこの女神が気に入った。
勝手に連れてこられたあげくに種馬兼慰め役。そんなのでもやってやろうと思うくらいには。
「これから俺がどのくらい生きられるかわからねえけど……いつまでも女神だのあんただの、呼びにくいだろ?」
元々、絶景温泉でのんびりしたら、近くの樹海に入って死ぬ計画だったんだ。
もうやりたいことも、好きなこともない。そう思ったから。
どうせ捨てようとした命。今更人生に未練なんてあるはずない。
だから、さ。
「嫁の名前くらい、呼ばせろよ」
…………偉そうに言ったのはな、久々の彼女通り越して嫁もらっちまったせいだよ。
しかもおっそろしいレベルの美女で人外っつうか女神。学生時代の友達にファンタジーばっか見てるアニメ好きがいたけど、多分今の俺を見たら血涙流して殴りかかってくるだろうな。
まぁ会うことはないか、とあっさり過去を切り捨てる俺の前で、女神が小首を傾げる。
「妾に名などないぞ。必要なら、御主がつけるがよい」
「は?」
「それより御主の名を聞いておらなんだ。御主の口から教えておくれ。名は何という?」
いや、〝それより〟で流していい話じゃねえからな。
× × ×
――結局。
女神の名前は、俺がつけた。
つけたのは、俺が真実彼女の花婿になってから。
神の伴侶になるには、まだ身体も魂も追いついていない。だから少し時間がかかった。
ここに連れてきた時、俺は既に死んで魂の状態だったらしい。俺の記憶が吹っ飛んでいるだけで、きちんと秘境で温泉を満喫してから樹海で死んだようだ。そのうち記憶がはっきりすると言われたが、別に死の瞬間なんてはっきりさせたくない。
で、知らない間に死んでいた俺の新しい身体は、女神の力がたっぷり入った特別製の泥人形になった。
つまり寿命もなけりゃ病気も怪我もない。人間じゃないしな。
確かに考えてみれば、百年も生きられない俺を手元に置いても逆に悲しくなるだけだろう。『永の半身』ってのは比喩でも何でもないらしい。
それを早く言わなかった彼女は意地悪というより、単におおらかで大雑把なんだと思う。
泥人形に魂が定着するまで、女神とたくさん話をした。
他の五柱の神について、アルギラについて、最近つくらなくても産まれた新種の生き物について。
俺の生きてきた世界について、植物や動物について、四季について――お互いのことについて。
話は尽きなくて、沈黙があってもどうしてか全く気まずくなくて。
そんな穏やかな時間と、たまに魂の定着を見るために抱きしめてくる身体の温かさが、すっかり荒みきっていた俺の心を癒やしていく。
気づけば俺は女神のことを、普通の女を好きになるように好きになっていた。
花婿になってやろう、じゃなく。この女神と一緒になりたいと。
そうしたらしっかり身体に魂が定着して……何だか全部バレバレみたいですげえ恥ずかしい。
けど女神はからかうこともなくそれを喜んで、正式に伴侶になった俺と人をつくって――
「交わりって、こういう意味だったんだな……」
まず泥をこねて形を作ります。
次にそれを中心として女神と言葉通り普通に抱き合います。
最後に女神が魂となる金色の炎を泥人形に突っ込みます。
後はある程度の数をつくってアルギラの大地に下ろして、完了。
他の神も同じように俺みたいな存在と交わって、これで六種族の人が誕生したらしい。
……俺の考えていたアレコレは、一体。
「まぐわって人をつくることもできるがの、妾の力が入り過ぎて他の生き物との釣り合いが取れぬのじゃ」
「ああ、そうかよ……」
「つくらぬのであれば、まぐわうことも歓迎するぞえ?」
「…………」
ゆったりと足を崩して座ったまま、無言で歓迎される。
いきなり胸に飛び込んでも怒ることはない。悔しいことに俺より背の高い、それでも細い身体を目一杯抱きしめる。
こんな美人の嫁がいて、めちゃくちゃ誘われていて、でも何でか今はそういう気になれない。
「……柘榴、それは今度でいい」
俺しか呼ばない名前を口にして、首筋に顔を埋める。
昔の俺なら『何やってんだ気持ち悪い』とでも言いそうな甘えっぷりも、女神は受け入れてくれる。
「うん? ならば妾に存分に懐くがよかろ」
どころか、まさに猫かわいがりとばかりに俺を甘やかす。
頭を撫でる手つきが慣れたもので、女神は俺のことを婿じゃなくてペットとでも思ってるのかもしれない。
「御主が愛玩動物なら、妾は四六時中離さぬぞ」
「だから考え読むなって」
「もう読めぬよ。御主は特別な器に馴染んだ。この界の生き物でもなく、むき出しの魂でもないからのぅ」
単に俺の考えていることなどお見通しだと、女神の笑う振動が肌から伝わる。
「とくと甘えよ。かわゆい妾の花婿」
「もう不気味なくらいそうしてるんだが」
「もっと、じゃ。目だけが賑やかでも、触れるのは御主だけしかおらぬ。妾を慰めよ」
神々には役目がある。
この鬼の女神はいきものの生と死の領域が、役目として割り振られた。
アルギラで生きる魂をつくるのも、死んだ魂を休ませてまた送り出すのも、彼女の仕事だ。
ゆるゆると顔をあげ、相変わらず綺麗な顔を覗き込む。
「今日はあんまり、多くねえな」
――女神の目は、金色をしている。
それは濃かったり薄かったりゆらゆらしていたり、常に一定の色じゃない。
元の色の上に、更に金を重ねたそれは――炎だ。
金の炎。元の世界じゃ鬼火なんて言ったりもする、魂。それが目に映っているなんて、聞くまでわからなかった。
この寂しい居城には、女神には見えていて、俺には見えない魂がたくさん巡っている。
「それは佳きことよ」
目を細めて笑う女神は、少しずつ神の力を分けていけばいつか俺にも見えるようになると言っていた。
早くそうなるといい。この女神は寂しがりだから、一緒のものを見て話をしたい。
俺は神じゃないから……何も代わってやれないし、何も手伝ってやれない。だからせめてそれくらいは、って思う。
「俺のとこよりすげえ世界になっていくといいな、アルギラ」
「それはどうかのぅ。妾達はもう直接力を加えぬ。後は生けるいのちの手に委ねよう」
細い指が俺の顎を優しく掴み、持ち上げる。
額に、子どもみたいなキスをされた。
「妾の花婿よ。この世界を共に見守り、愛おしんでおくれ」
「当たり前だろ」
「うん?」
あんたがつくった世界だから、尚更いとおしい。
そんなこと言えるわけもなく、結果黙るしかない。
「――……」
女神が俺の名を呼ぶ。
まるで世界と同じように、俺が愛しいと言わんばかりに、甘く。
「いつか言っておくれ。そのひねくれた口で、妾のことも愛おしいと」
自分は言ったことがないくせに、言葉を求めるのか。
こんなにべたべた甘えてくる男が自分のことを好きじゃないとでも、思っているのか?
馬鹿か。この人くさい女神のことなんて……とっくに愛しているに決まってんだろ。
ただ、いざ言おうとするとどうしても口がうまく開かなくて。
「いつか、な」
「よかろう」
時間はきっとたくさんある。
アルギラはまだまだ若い世界で、俺と石榴は伴侶になったばかり。
できれば人が立派な文明を築く前には言いたい。甘えることもなく、潔くストレートに。
…………そこまで時間はかからない、よな?
頑張れよ俺。死んだ俺を癒やして愛してくれた、大切な嫁なんだから。
END
閲覧ありがとうございます。
ゆるい神話系のお話を書きたかったので、せっかくだから女神にかわいがられる成人男子を書いてみました。
美しい男神に溺愛される女の子もいいですが、逆も非常においしいなと。
久々に男性主人公だったのでなんだか新鮮でした。もっとちゃんとデレろよお前……と書きながら思いましたが。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
20190130/矢島汐
(同世界設定で、アルファポリスさまのレジーナブックスより『鬼の乙女は婚活の旅に出る』が刊行いたしました。
物語のリンクはしておりませんが、もしよろしければそちらもよろしくお願いいたします。)