第4話 獣と少女
またまた投稿。主人公は犬派。
森の長いトンネルを抜けると、そこには真っ黒な狼がいた。
いや〜、まさか現代の日本にまだ野生の狼が存在していたとは知らなかったなぁ。ニホンオオカミなんて生まれて初めて見たよ……。
んな訳はないか。
とりあえず、熊ではないとわかったので構えていた竹刀を下ろして、改めて目の前の生き物を観察してみる。
うーん、これは大きい。
パッと見でも体長は軽く160cmはありそうだ。
全体の色は黒っぽくて、首回りのフサフサした飾り毛は全体の色と比較してより一層濃い黒になっている。
顔立ちは眼つきがかなりキツイけれども、なかなかの男前だ。雄か雌かは分からないけど…。
あくまで予想なのだが、この子は狼の血が色濃く出ている"狼犬"の一種なんじゃあなかろうか。
ペット用に飼われている他の犬たちとは面構えが違う。純粋なワンコにこのドスの効いた表情は出せない。
なんならさっきひと狩りしてきましたけど、何か?みたいな雰囲気を漂わせている。
実際目の前の狼犬は右前足から血を流していてー……え?
「もしかして、怪我してるの?」
近づこうとすると、サッと攻撃の体勢をとって狼犬は低い声で唸り始めた。
どうやら私はこの子に警戒されているようだ。そりゃそうか。
とはいえ、見ず知らずの人……この場合は狼犬?でも怪我をしているのを黙って見過ごせるほど私は薄情にはなれない。
強気に振舞ってみせてはいるものの、やっぱり怪我をした前足の踏ん張りが利かないのかヨタヨタしている。
うーん、どうしたものか……。
とりあえず目線を合わせて、根気よく相手から近付いてくるのを待つことにする。
人相手でもそうだけど、受け入れるかどうか決めるのは自分ではなく相手の権利なのだ。
「おいで。怖くないよ」
「……。」
目線を合わせて数分後、ようやく警戒を解いたらしい狼犬は、おずおずと私の近くに寄ってきた。
やだ、可愛い。
とりあえず、スキンシップを取ってみよう。近くまでやってきた狼犬の顎を軽く撫でてから、今度は頭、そして背中へ順に撫でてみる。
おおっ、なんという毛並み……アルパカもびっくりのモフモフ具合。ぜひ真冬に抱きしめて暖を取りたい。
あ、初めて犬に触る時は絶対に頭から触ったらいけませんよ。怖がりの犬だった場合、自己防衛の為に噛まれることもあります。
よし、狼犬の毛並みもたっぷり堪能させてもらったし、本題の手当てをしよう。
しかし、このまま狼犬って呼び続けるのもあんまりかなぁ……うん、"クロ"って呼ぶことにしよう。
黒いからクロという驚異的な私のネーミングセンスの無さに決して突っ込んではいけない。シンプルイズベスト。
「クロ、ちょっと待っててね。」
「?」
自分のことをクロと認識していないのか、軽く首を傾けるクロ。
その間に私はカバンからタオルとハサミを取り出すと、切り込みが交互になるようにタオルを切り刻んでいく。こうすることで一本の長い包帯のようになるのだ!
これを使ってクロの怪我の手当てをしようという寸法である。
「応急手当てだけど、無いよりはいいはずだから。ちょっとだけ大人しくしててね……」
「……」
私が害になるようなことはしないことをクロは感じ取ってくれたのだろうか?
先ほどとは打って変わって、大人しくしてくれている。
その間に、怪我をした前足に手早く手作りの包帯を巻いていく。
よし、これでとりあえずは大丈夫。後は家に連れて行ってちゃんとした手当てをすれば…。
「ってちょっとちょっと、どこへ行こうというのだね?」
包帯を巻き終えた直後、そのまま私に背を向けて出口と逆方向へ向かおうとするクロの首根っこを引っ掴む。
「ギャン!?」と驚いた声を上げると、クロはこっちを向いて睨みつけてくる。
「ほほう?こちらが一方的に助けたとはいえ、恩人に対して良い度胸だ。
気に入った、最後まで手当てをしてやろう。さ、こっちおいで!」
「!!!?」
そんな状態で動き回ったら怪我が悪化するでしょうが。ちゃんとした手当てをしないと。
こうして首根っこを掴まれたクロは、そのまま私の家に来ることになった。
途中「ふざけんな!離せ!」的な抗議の鳴き声も上げていたが、家に着く頃にはすっかり諦め大人しくなっていた。
◇
そして現在、お風呂を浴びたクロは二階の私の部屋で新しい包帯を巻かれ休んでいる。
ちなみに、祖母は夕食の買い出しに、祖父はこの町にある唯一の図書館に本を返しに行ってる為家にいるのは私たち一人と一匹だけだ。
それにしても、お風呂にクロを入れるのはかなり骨が折れた。
人の家に上がるんだから最低限綺麗な状態にしなさいと言い聞かせて、台所にある勝手口から入ってそのまま風呂場に連れて行ったところ、クロは大暴れ。
意地でも風呂には入らないという彼の鋼の意思を感じたが、そんなものは関係ない。
ここは私の家。私の国。綺麗に丸洗いしてドライヤーまでかけてやった。
あ、クロのことを"彼"と呼んでいるのは当初の予想通り雄だったからだ。
丸洗いの最中に立派なモノをお持ちなことに気づいたので、そこも洗ってあげたところ
「ギャウン!?キャインキャイィ〜ン…。」
…と、情けない声を上げて動かなくなってしまった。
私に触られたのがそんなにショックなのかと私も傷ついたが、きっと彼の雄としての沽券にかかわる事だったのだろう。クロにはその場で素直に謝っておいた。
まぁ、人の言葉が分かるかどうかは知らないけれども。
とりあえず、治療も終わったので後は栄養を与えれば元気になるだろうと踏んで只今台所を物色中。
あ、干し芋発見。戸棚の奥にこっそり隠してあったということは、恐らく祖父のものだろうがバレなければ大丈夫の精神で数本の干し芋をパクる。
これも小さな命を守る為だ。許せ。
飲み水の入ったお椀と、干し芋をお盆に乗せてクロが待っている二階の自室へ向かう。
ここまできてなんだけど、犬とか狼って干し芋食べるのかな?まぁ食べなければ冷蔵庫に隠してある祖父の鹿肉ジャーキーを与えればいいか。
おじいちゃんが隠してある食べ物の事は全て熟知しているのだ。
ガチャリ
「クロ、お待たせ。干し芋持ってきてあげたよ。」
丸洗いされてモフモフ具合に磨きのかかったクロの待つ部屋の扉を開ける。
「あ……。」
「……は?」
……が、扉を開けた先に待っていたのはクロではなく、何故か上半身裸で私の部屋にいた一人の男の子。
そして、その男の子の腕には包帯が巻かれていた…。
ありがとうございました。