魔法の贈り物
「なぁ・・・」
「なに?」
「もし、これからいっぱい勉強して、今よりももっとたくさん魔法を使えるようになったら・・・」
「・・・!」
「よしっ、約束なっ!絶対だぞ?」
「わかったよ、約束する」
あの時約束したことを、君は覚えてる?僕はずーっと覚えてる。ずーっと。
僕たちはみんなとは違う特別な能力があった。
それは・・・魔法を使うこと。
僕は魔法が使えることを誰一人として言ったことがない。もちろん人前で使うのはご法度だとさえ思っていた。
君と出会ったのは小学校の時だったね。君の性格ならすぐにでも誰かに魔法が使えることを話しそうなのに、君もなぜかそれをしなかったね。
いつからかはわからないけど、僕は冬の寒空の中、空を飛んで星空を見るのがとても好きだった。地上は人で溢れ返ってるのに空は誰一人いないし、文明が発達した今だってそう簡単には空へ行けない。
なんの機械も使わず空を飛べるのは、きっと僕だけ。そう思うと特別な存在みたいで嬉しかった。
僕単体でも空を飛べるけど、おとぎ話の”魔法のじゅうたん”に憧れて、一時は自分の布団をじゅうたん代わりに空中遊泳したこともある。
一人でも別に誰かとこの気持ちを共有したいとは思わなかった。
君と出会ったのはそんな寒空の中だった。ちょうど、その魔法のじゅうたんに憧れてる時だった。
「あれ?あんたって確か・・・」
いつものように、星空を眺めていると、背後から声がした。
地上から聞こえる声にしては大きく、僕は振り向く。
「やっぱり!」
君はそう言って微笑んだ。
まだ僕は、君と「おはよう」を言うくらいの仲だったのに、君はとても嬉しそうに僕の魔法のじゅうたんに乗っかってきたっけ。
「おまえも、このワザ使えるんだな」
そういって星空を眺める。とても輝いた眼で。
なんだか自分を見ているみたいな気分だった。
「僕は冬の星空が好きなんだ、とくにオリオン座がとても好きで・・・」
「へーぇ、なんで好きなんだ?」
「・・・え、えと、理科の授業で一番最初に覚えたのがオリオン座だから・・・」
案の定君は「なにそれ、ヘンなの」って言って笑ってたね。
僕だって、、恥ずかしかったんだから。
君の口から魔法が使える、と聞かなくても、ここにいることで魔法が使えるということが証明された。
僕は、少ないけれど友達はいた。
けれど、君は今まで接したどの友達よりも興味があり、何より特別な共通点があった。
その出来事を境に、次の日から君とずーっと一緒に過ごすことになったね。
なんであんなに一緒にいるのに飽きなかったの?ってくらい。
君も僕も、魔法が使えるから学校のテストは悪いほうじゃなかった。
魔法で解くことができるから。
君はいつも100点。僕は70~80点の間を狙っていた。
先生はテストの時、君しか見ていないんだよ。君が1点も逃さず100点ばかり取るから。
魔法を使う時は派手に神々しく光が舞うわけじゃない。
もちろんやろうと思えばできるけど、テスト中にそんなことする人はいないもんね。
君は本当に頭が良いのだと、あの時空で出会う前は思っていたのに、タネを知ってからはとても納得がいった。
どおりで魔法が使えることを言わないわけだ、と自分なりに解釈してみた。
魔法は本当に何でもできる。
空を飛ぶことはもちろん、テストを解かすことだってものを操ることや、人が来ないようにちょっとした結界だって張れてしまう。
何でもできるし、ゲームみたいに体力やスタミナが減ることもない。
ただ、何でもできるけど一つだけ不便なところがある。
それは・・・限界があること。
物を飛ばすのも、最初は1つだけしか飛ばすことができなかった。
布団のじゅうたんも、僕を含め2つ浮かすことになる。
初めはどんなに頑張っても、2つ目の物体はピクリともしなかった。
2つ目のものを動かすことができたのは小学校の中学年だったかな。
ずーっとずーっと家で練習するうち、できるようになった。・・・と、言いたかったけれど。
どうやら練習とかはあまり関係なかったみたい。
だって・・・ある日突然できるようになったから。
そう、僕が年を重ねた日。誕生日に。
ぼくは19:24に生まれたって母さんが言ってた。本当の意味で年を重ねるのはつまり、その時間以降になる。その日も学校から帰ってきて練習したけれど、やっぱりいつもの通り、ピクリともしない。一つ目は僕の意思通りに浮き、動くのに。
ちょっと豪勢な夜ご飯を食べてお風呂に入って、母さんと父さんにおやすみを言って、布団に入るふりをして、部屋の窓からいつものように飛び降りて、星空を見る。
僕は春生まれだからオリオン座はないけれど。春の夜風は、とてもいい香りがする。
言葉では説明できないけれど、とても好き。
時間はとっくに21:00を過ぎていて、僕は1つ歳をとった。
ふと、下を見下ろした。家の近くの公園が僕の真下にある。小覚醒の待ち合わせ場所としても使われてる公園で、遊具もなかなかそろっている。
その公園に、野良猫がいるのを見つけた。
別に珍しいことじゃない。ただ、その猫を見てふと、思った。
「ネコさんと、空の旅をしよう!」
いつもは1つしか自在に操ることができないけど、そう思った瞬間、今までどれだけやってもダメだった2つ目が、猫が、浮いた。
当然ネコはビビっていて、今考えたら旅どころじゃなかっただろうけど、僕のしもべと冒険しているみたいで、なんだか楽しくなったのを覚えてる。
その時は気づかなかったけど、年を重ねれば限界が少し広まっていくことを後から知った。
それは君も同じだったらしく、君もそれくらいの時に同じような経験をしたって言ってたね。
君は冬生まれで、僕より遅く生まれたから、その分魔法の制限がほんの少しの期間だけ差があった。
君はいつも威張ってばかりなのに、そこだけは僕がお兄さんになったみたいでちょっとだけ嬉しかったんだよ。
でも、威張ってばかりなのに、君は、僕にとても優しかった。言葉遣いはとても悪いけど、君はとても優しい人なんだといつも感じてた。
小学校の卒業式。君と出会ってからはとても速かった。毎日がとても楽しかった。
僕は魔法が使えることを誰にも話してなかったから、それを話す相手ができて、本当に本当に嬉しかった。
やっぱり話す人がいるっていうのはとてもいいなって、初めて思った。
中学校も同じ学校だったけれど、そのころから僕はなぜだか君が僕から離れて行ってしまうような感覚にとらわれた。
結局、3年間、一度も同じクラスにはならなかったね。クラス分けも、たぶん魔法を使えば何とかなった。
だけど、それはしなかった。
君も・・・僕も。
ただクラスは離れてても、君の噂はいつも流れてた。それも、テストが返ってくる週の日。
君はすべて100点のはなまるがついたテストを返されるんだから。
それはそれで僕は楽しかったけど。
中学の先生も、きっとテスト中は君しか見ていないんじゃないかと思うよ。
別に仲が悪くなったわけじゃない。お互いに嫌いになったわけじゃない。でも、僕はどうしても、君との距離が離れていく感覚が拭えなかった。
クラスは違ったけれど、帰りは一緒に寄り道して魔法で遊んだし、いけないことだけど、魔法を使って万引きもしたことがある。君がどうしてもやりたいって言うから。
絶対ばれない保証もあったし、リスクは全くないから別に良かったけど。
中学の2年になると、瞬間移動ができるようになった。僕は真っ先に君に伝えた。
「聞いて!瞬間移動ができるようになったんだ!」
「わ、またそーやって自慢かよー」
いつものように他愛ない話。
そのあと君は言ったんだ。
「なあ・・・」
「なに?」
「もし、これからいっぱい勉強して、今よりももっとたくさん魔法を使えるようになったら・・・」
「・・・!」
「よしっ、約束なっ!絶対だぞ?」
「わかったよ、約束する」
今考えれば、勉強して、じゃなくて、歳をとって、だと思うけど。
僕にとってのあの約束は、少し衝撃的だった。少し?いや、だいぶ衝撃的だった。
まだ君が離れていく感覚はなくなってはいなかったけど、それでも、いつも一緒にいるから別に気にしないことにした。
その約束は、魔法をある程度融合させないと完成し得ない計画だった。
やっぱり、あの時の約束は、口だけの冗談のつもりだったの?いつにもまして、本気で言っているように僕は見えたけど、嘘だったの?
不可能ではない話だし、事実・・・いま、もう・・・
別に君がいれば家族も友達も要らない。家族に頼らなくても経済的困窮には至らない。寂しさも君がいればやって来ない。なのに・・・
約束を果たしたんだ。ねぇ、キミは・・・どこにいるの?
君との約束。
「今よりももっとたくさん魔法を使えるようになったら、世界の人々をすべて消し去って、2人しかいない世界を作ろうぜ」
人の頂点に立つことはとても楽だ。・・・魔法があれば。
人を消しても、欲しくなればまた作ればいい。たくさんの魔法を得て、一瞬で数十億の人々を消す方法も知った。
その方法を君に伝え、いよいよそれを決行する日が来たんだ。
最後に行く学校、授業、友達との会話、道端の会話で聞こえた「また明日」。そして、最後の母さんの料理。
最後というだけで、どうしてこうしみじみするのか。
その日は念のため、感情コントロールを自らに施していた。気持ちの揺らぎを防ぐために。君との約束を果たせないなどという前に。
君と待ち合わせをする公園の上空。君はあぐらをかいて待ちくたびれてたね。
「おせぇなぁ」
やわらかい口調で言う君。
何度もシミュレーションした。やったことがないからほんの少しの緊張があるけれど、万全。失敗なんてない。
「やるぞ」
そういって僕を見つめ立ち上がる。
雰囲気を出すため即席で作った魔法のつえ、それを振りかざす。今日ばかりはまばゆい光を放ち、魔法を使った。僕も負けじと君に背を向けるようにして魔法を唱える。
世界は、とても、・・・綺麗だった。
本当に一瞬。世界に人の気配がなくなった。
僕は振り向く。「やったね!」って君に言うために。
なのに君はいなかった。
そこに君はいなかった。
それ以来、君はどこにも現れない。
どこに行ったの?僕は、君がいないと、とても・・・寂しいんだ。
2人しかいない世界を作るのに、君がいないと僕だけしかいない世界になってしまうじゃないか。
それは、約束を果たしたとは言えない。
君と僕、2人揃って初めて成し得ることなんだ。
それから何日経っただろう、僕はいろんな意味で、、独りぼっちになってしまった。
僕にはわかる。もう君と、、二度と会うことはない。
心の底ではわかってた。証拠はないし、確証もないけど、わかるんだ。
だけど、認めない。今の僕に、それを認めるほどの余裕はない。証拠も確証もないから余計に。
食べ物には困らない。生きていくことは簡単。
"みんな"がいなくなってから1カ月くらい経った。
君はまだ現れない。周りの建物はたった1カ月じゃ廃墟のようにはならない。
僕が目を閉じてもう一度開けば、人が元に戻るみたい。
この世界は本当に僕のもの、になった。
だけど建物を維持することはしない。自然に任せて少しずつ朽ちていく姿が見たかった。
この世界全てが廃墟と化すまで、僕が見守ろう。
君はいない。きっともう僕のもとに現れない。なら、僕がこの世界の主になるのさ。
意外にも、君がもう現れないと僕が認めたのは実に早かった。あんなに数年同じ時を過ごしたのに。
一筋の涙を流したら、吹っ切れてしまった。
僕にとって君は何だったのだろう。君は僕を一人にして何をしたかったのだろう。ただ冷静に、答えを訊くことできない問いが残る。
僕はもう独りだ。誰もいない。
ただ、消したのは”人間”だけだから、ほかの動物は変わらぬ生活を続ける。人の家畜だった動物は、すべて野生に戻し、”人”という存在は僕だけ。もう動物たちに”人”という存在は無いだろう。
道路にある邪魔な車は消した。無免許運転といった犯罪だってし放題。
あ、交付する人がいないし僕がルールなのだから犯罪でもなんでもないね。
独りでカーレースもした。そのうちつまらなくなって、相手を作った。何戦かするうち、勝ててしまった。
車の次は船。正直、飛行機とかはいつも飛んでたから憧れがなかったんだ。
マリンスポーツを楽しんだ。船の操作は魔法。CMなんかでやってた、足にジェットをつけて水上を歩くやつ。魔法でもできるけど、自分のバランスでどこまでできるか、、やってみたかったんだ。
まぁ、必要なものも魔法で出せるし人を消さなくてもできるんだけどね。。
3カ月が過ぎた。
建物なんかは朽ちてはいないけど、会社なんかがあったビルに入ると埃っぽくなってきた。・・・掃除はしないよ。
そろそろ魔法を使わずに遊ぶ遊びが尽きてきた。
いろんな温泉にもいった。
テーマパークなんかいつ行っても貸し切り。スリルあるジェットコースターなんかはよりスリリングにしたくて安全バーを外して遊んだ。
・・・数回落ちたけど。
落ちなくなるまでやったから、しばらくはもういいかな。
スタッフしか入れないところも難なく入れる。魔法を使わなくても、これだけできる。
数回「1日魔法使わないデー」をやった。前なら絶対無理だったと思うけど、不思議と簡単にできた。
むしろ魔法を使わないほうが、楽しくて、、
みんなを消してから、半年が経った。
もうほとんどやり尽くした。
一生にやりたいことを半年で終えることができた。
僕の命はまだ折り返し地点にすら立っていない。
魔法はなんでもできる。
本当になんでも。
多分、消した人を戻すことも。
また、人を造ることも。
寿命だって伸ばせる。病気も罹らないようにできる。
逆に、寿命を縮めることも、病気にすることも。
できないなんてこと、魔法があればなくなる。
あぁ、そうか。
ようやくわかったよ。
君がいなくなった理由が。
魔法は、、なんでもできるから。
魔法はいつだって僕を助けてくれた。
僕の妨げになることなんてなかった。
なにをしても、どう使おうとも、僕自身を貶めることはないと思っていた。
魔法は僕の心を癒してくれる。
寂しい心も、満たされない思いも、とにかく全部。
それは・・・表面上のことだったんだ。
魔法を使って夢をかなえるたび、どこかで感じていた虚しさ。
これが・・・魔法を使うという、対価?
いなくなってしまった君。
僕は、君を・・・
それに気づいてから、幾月が過ぎた。それ以降は魔法を使っていない。
無人の家。無人のコンビニ。無人のファミレス。
食材がある場所を転々とした。すべてが無人だから探すのには困らない。
免許は持ってないし、交付してくれる人もいないけど車だって乗れる。
この世界のルールは僕。規律はすべて僕が決め、守るのも僕だけ。
あぁこんな事なら、、
・・・人を消さなければよかった。
独りで生きる。これがどれだけつらく苦しいことか、、
今ならわかる。
君が囁く。”今よりももっとたくさん魔法を使えるようになったら、世界の人々をすべて消し去って、2人しかいない世界をつくろうぜ”
僕は決めたよ、君に会いに行くんだ。
行先はわからないけど、行ってみなくちゃわからない。
僕は、僕に、最後の魔法をかける。
今度こそ、君と、
世界を創るんだ。