マヤ族編Ⅲ
「クロノス!」
仲間の姿に、雷牙はホッとした。
「雷牙! 無事だったか!探したぞ」
「木がクッションになって、なんとか助かったんだ。どうしてここに?」
「そうか、お前は勝手についてきたから任務の内容を知らなかったんだな。マヤ族の依頼で元々ここへ来る予定だったんだ。だがまさかお前が先に着いているとは」
「そうだったのか!」
「マタタビ集落の襲撃を聞いて、すぐ儂がヨナ国に依頼をしたんにゃよ。その赤髪に赤目…。おぬしが”剣聖クロノスかにゃ」
「……はい。依頼を頂いた、ジジ様でしょうか?」
「いかにもにゃ。……なるほどにょう、凄まじいセジの力を感じるにょぅ。しかしお主ら二人は知り合いじゃったにゃか」
「ああ、俺もクロノスと同じサムレーなんだ。そんなことよりも、大変なことが起きていているんだ!ラジャ鉱山へ小鬼の軍勢が向かっているようなんだ!」
「ここへ向かいながらマタタビ集落の方も見てきた。大体の現状は把握はしている。狙われているのはラジャ鉱山の勾玉か?」
「そう!んで、そのラジャ鉱山ってところ行って小鬼倒したいんだけど、戦士達はほとんど怪我で動けないし、もう戦力は残っていないんだ」
「それで、力を貸してほしい、ということか」
そうだ!と雷牙は拳を高く上げた。
クロノスはジジ様の方を見る。
「ジジ様。マタタビ集落の件、間に合わなく大変申し訳ございません。代わりに、ラジャ鉱山での小鬼達の討伐をお約束いたします。ところで、小鬼の知性では今回の一件を画策出来るとは思えません。取り仕切る者がいるはずです。心当たりはありませんか?」
ジジ様はこの一件を画策しそうな者がいないか思い出そうとするが、少しひげを触った後、首を横に振った。
「……そうですか」
「まあ、とりあえずラジャ鉱山へ行こう」
ラジャ鉱山へ向かおうとする雷牙とクロノスをビスカスは引き留めた。
「……雷牙、クロノスさん。私も連れて行ってくれませんか?」
「何言ってるんだよビスカス」
「私、結界術や治療系の術が使えるの。マタタビ集落でも、レルタと一緒に戦ったし……」
「危なすぎる。マタタビ集落が襲われたときからずっと戦っているから、もうセジも使い果たしているんだろ」
「でも、でも……!」
「……血は争えないにょぉ」
気が付くと、ジジ様はビスカスに右手を差し出していた。
手に何かが握られている。
何かは分からないが、少し光を放っているように見える。
「なんだそれ?」
「これは癒しのセジ石よ。使い果たしたセジの力を回復させる事ができるの」
ジジ様から癒しのセジ石を受け取ると、光がビスカスの体に吸い込まれていく。
「連れていくか」
「クロノスまで!」
「鉱山には強力な結界はある、そしてその結界を通り抜けれる者が必要だ。それにマヤ族の者に依頼しようにも今動ける者はいない、そこにいる女は結界を通り抜ける事が出来るのだろう?」
「はい、私はレルタの娘としてマヤ族と共に生きてきました。ラジャ鉱山に入るための珠結界があります」
「う〜ん……ビスカスを危険な場所へ連れていくのはな〜」
「なんだ雷牙、随分と気に入ったようだな、お前は奥手の方だと思っていたが」
「ちっ違う!そんな意味で言っているんじゃなくってだな!あ〜もう分かったよ、ビスカスも連れていく」
クロノスの視線が雷牙に突き刺さる。
「ありがとう。あ、私、ビスカスといいます」
「……クロノスだ」
手に持っていた杖を握りしめ、ビスカスはクロノスにお辞儀をした。
「ジジ様、行ってきます」
「ふむ……」
「私がラジャ鉱山へ案内するね」
「キジムカ、ジジ様に挨拶は…ってあれ?」
長い話でいつの間にかキジムカは雷牙の肩の上で眠っていた。
「キジムカ起きろ!行くぞ!」
「ふわぁ〜むにむに…もう少し寝かせて…むにゃ…」
「ったくー、しょうがないな」
キジムカはあくびをしながらも起き上がる気配がない。
よっぽど疲れていたのだろう。
今はもう少しだけ寝かせてあげてもいいかと、雷牙は腰に付けている小さなカバンを開け、中に敷き詰められている干し草の上にそっと優しく寝かせてカバンを閉じた。
外に出でるとまだ大勢のマヤ族が手当てを受けており、みな沈痛な面持ちで横たわっていた。痛みで眠れないに違いない。
雷牙は一気に現実へ戻されて胸を締め付けられながら、苦しむマヤ族の人々を尻目にラジャ鉱山へと向かった。
マタタビ集落にたどり着くと、そこに悲惨な光景が広がっていた。
焼き爛れ崩れ落ちた建物、遺体に群がる虫、そして血生臭さと焼けた木材の臭いが混ざった臭いで顔をしかめた。
口元に布を巻いたマヤ族の人達が、作業を行っている。遺体を荷車に載せている者や身元の確認などをおこなっていた。
皆、虚ろな目をしほとんど会話をする事なく作業を行っていた。
集落の中央には鉱石を運ぶために作られたレールがラジャ鉱山入り口へ続いている。
レールの上を歩くビスカスの表情は暗く、何も話さないまま鉱山の入り口へと向かっていった。
鉱山の入口前には2匹の小鬼がおり、辺りを見張っていた。
3人は茂みの中へ身を隠す。
「やっぱり小鬼がいるなぁ……。勾玉が狙われてるって予想当たったな」
「そうだな。……雷牙、ビスカス。ここは、俺が前の2匹をおびきよせる。先に中の様子を伺ってきてくれ」
「分かった、クロノス。任せてくれ!」
「ああ。俺は後から合流する」
クロノスは小鬼に見つからない様に、茂みの裏から鉱山入口近くの茂みまでこっそりと近づき、わざと茂みの音をたてた。
小鬼達は物音に気付き、音が聞こえた方へ向かう。
入口は誰もいなくなり、雷牙とビスカスはその隙に鉱山内へと入る。
鉱山の中心部まで着くと、広い空間が現れる。
横幅は大人が3人横並びで通れるほどで、奥行きは20メートル位はある。
何のための空間かは分からないが、目的地はこの先。
二人はそのまま先へ進む。
が、しかし。
ザ、ザザッ!
二人の背後で音がした。
足音にも似ているが、ある程度の高さのある場所から着地した音だ。
二人が振り向くと、そこには3匹の小鬼がいた。
今まで気が付かなかったが、空間の入口辺りの天井近くに、よじ登って身を隠せる隙間があったようだ。
この小鬼達はそこに身を隠し、侵入者である二人を待ち構えていたようだ。
「ビスカス!一気に走り抜けるぞ!」
「ダメ!前からも来てる!」
奥の方からも小鬼が3匹迫ってきた。
二人は、前後から3匹ずつ、計6匹の小鬼に囲まれてしまったのだ。
「くそっ!3匹までなら俺でも何とかできるのに!」
「……!」
ビスカスは入り口側の小鬼達と雷牙の間に割って入ると、杖にセジを込めた。
『氷の壁『クーリ・ヤークヌビ』!』
ビスカスが呪文を唱えると、一瞬当たりの空間に強烈な冷気が漂い、ビスカスと小鬼達の間にいくつもの氷の粒が空中に発生し始める。
氷の粒はそれぞれ線のような細い氷で繋がり、その細い氷も太くなっていく。
3秒ほどで隙間さえもなくなり、薄い膜のような状態になる。
5秒と経たないうちに、幕のような氷は厚みを帯び、氷の奥に透けて見える小鬼達がいびつな形になっていった。
これにより、氷の壁で雷牙とビスカス、入り口側の小鬼達は隔離された。
「後ろは私に任せて。雷牙は奥の小鬼達を!」
「お、おう!」
(霊術が使えるのは聞いてたけど、まさかこんなに素早く氷の壁を作れるなんて……。それに、こんな危機的な状況でも冷静に判断し素早く対応している。もしサムレーになってくれたら、心強いな)
そんなビスカスに背を向け、雷牙は奥側の小鬼達に立ち向かった。
ビスカスは氷の壁が激しく叩かれる音を耳にし、氷越しに衝撃を感じた。
氷の壁にヒビが入っており、小鬼達が叩くたびにそれが徐々に大きくなっていく。
「雷牙早く!そんなに長くは持たない!」
雷牙は小鬼を1匹仕留めたところで、残りの2匹を仕留めるまでビスカスの元へは戻れない。
爪が氷の壁を貫通し、小鬼の爪の先端が飛び出してくる。
雷牙は2匹目の小鬼を仕留め、残りの1匹に斬りかかる。
バキィィィッ!
ついに、氷の壁に小鬼が通れるほどの穴が開いた。
「キャアアア!」
「ビスカス伏せろ!」
小鬼がビスカスに襲い掛かると同時に、奥側の小鬼を仕留め切った雷牙は走る。
ビスカスは背を低くし、頭をかがめながら小鬼から逃げた。
雷牙は両手の剣を高く上げ、その状態で伏せるビスカスの頭上を飛び越え、着地する直前で手前にいた小鬼を斬り伏せる。
「無事かビスカス!」
4匹の小鬼を仕留め、雷牙は息が上がっている。
残りの2匹の小鬼が襲い掛かり、雷牙は2本の刀でそれを抑える。
『氷で捕まえよ『クーリ・カチミル』!』
ビスカスが呪文を唱える。
穴の開いた氷の壁が変形し、2匹の小鬼の手足に絡みついた。
小鬼達は手足の自由を奪われ、雷牙に一瞬で斬られ消滅した。
「はぁ、はぁ。た、倒した!」
「小鬼、まだいるのかなぁ」
「多分な。……それにしても、ビスカスの結界術が無ければ危なかったな。どこで習ったんだ?」
「マヤ族の人に習ったの」
「へえ、結界術は連携必要だよな。マヤ族の戦士と修行したのか?」
「……うん。レルタと」
二人が気まずくなったのは、言うまでもない。
「奥に進もう。ザコはやっつけたし、統率している奴を探そう」
「うん。……この先に、何か淀んだセジを感じる……。そこに行けば、いるかもしれない」
「よし、行こう」
二人が先に進むと、さらに広い空間に出た。
どんどん広くなっていく空間。
だが、その分二人には危機が迫る。
空間に小鬼が大勢と待ち構えている。
その数、100匹はいるだろう。
「なんだこの数は!?」
「どんどん増えてる!」
「やるしかない!」
小鬼を倒しても次から次へと小鬼らが襲いかかり、中々数が減らない状態。
「くそっ! きりがない!」
「はぁはぁ、数が多すぎる」
徐々に壁側へ追いつめられる2人。
周りは小鬼達で囲まれ、このままでは一網打尽にされてしまう。
「どうしよう、このままじゃ…」
「はぁはぁ、やられるわけにはいかない」
その時、もの凄い音と共に小鬼と2人の間に衝撃波と突風が巻き起こり、目の前が土埃で視界が見えない状態となる。
土埃が地面へ降ちて視界が良くなると、たくさんの小鬼達が倒れており、そこにはクロノスが背中を向けて立っていた。
「大丈夫か?」
「クロノス!」
「!?赤髪……そしてあの大剣…。剣聖クロノス!!??」
「剣聖!?」
小鬼達が恐怖で慄く。
「この名を聞いた程度で怯むなら、最初から牙を剥かないでくれ。……それでも引かないなら、こっらから行くぞ!」
クロノスがそう大声を上げると同時に、雷牙はビスカスの腕を掴んで強引に来た道を戻るように通路へ逃げた。
「どうしたの雷牙!私たちも一緒に戦い……」
「駄目だ!今出たらクロノスの邪魔になる!」
雷牙とビスカスが通路に逃げ込むのを確認し、クロノスは大剣を真後ろへと振りかぶる。
「うおおおおっ!」
空間内に響く雄叫びと共に、クロノスは斬りかかった。
まず、目の前にいた小鬼5匹を斬ると同時に吹き飛ばし、後ろにいた小鬼を巻き込む。
巻き込まれた分も含め、8匹の小鬼が消滅した。
それを見ていた他の小鬼が怯んだ瞬間、クロノスは壁に沿って走り出した。
怯えて壁際に逃げる小鬼から順に斬りつけ、空間の中央に吹き飛ばす。
正方形の空間を壁沿いに一周すると、全ての小鬼達が空間の中央に集まった。
「ビスカス!霊術を使うなら、クロノスをしっかり見ておいた方が良い」
「え……?」
『風と雷の台風よ!我が刃と共に敵と一掃しろ『カジ・カンナイ・カジフチ』!』
呪文を唱えた瞬間、クロノスの大剣が風を吹き、雷が打ち上がった。
風はまだしも、画を逆さにしたように下から上へ上る雷にビスカスは驚く。
ゴゴォッ!!
後ろへ振りかぶった大剣を前方振りぬくと、風と雷を混ぜた霊術が小鬼達に襲い掛かる。
形状は、台風の様に渦を巻く突風に、螺旋状の雷を足したようなもので、近付いた小鬼が次々と巻き込まれていく。
そして、中央に達した地点で全ての小鬼が巻き込まれ、消滅した。
あとに残っているのは、セジ石のみである。
「す、すごい……!」
クロノスの強さに圧倒されるビスカスの背中を、雷牙は軽く押して前へ進むよう促す。
「相変わらず強いなクロノス」
「このまま進むぞ」
雷牙達は、勾玉があると言われる最深部へと向かった。