マヤ族編Ⅰ
17年後。
代々マヤ族が守っている土地に巨大な山がある。
ラジャ鉱山と呼ばれ、ここには霊力を宿したセジ石が埋蔵されている。
鉱山といえば暗く深い闇のイメージがあるが、セジ石は青く光り輝いているため、灯り玉に照らされた鉱山内はまるで海の深海にいる様な綺麗な鉱山である。
また、貴重なセジ石ともあり発掘はマヤ族しか許されていない。
それゆえに鉱山は深い切り立った崖で覆われ、崖の底は川が流れているために入口は一つ、集落とラジャ鉱山を繋いでいる鉄の橋だけだ。
蟻一匹すら入られぬよう厳重な結界が張られて守られているのだ。
川の上に架かっている鉄の橋には、梯子状に組み上がった線路が敷かれており、風車やセジの力を利用して鉱山から積まれたセジ石を隣接されている集落までトロッコによって運びこまれていく。
集落には、セジ石の加工場がある。
セジ石は乗物や機械など動力源となるものは全て、世界中から必要とされているため、原石から加工して世界中へ輸出しているのだ。
その石を商人の兎族や人族らが日々買い付けに訪れ、買付所や宿、店など、多様な種族が行き交う活気溢れる大きな集落となっていった。
その名もマタタビ集落である。
陽が落ちそうな夕刻頃、そのマタタビ集落が炎に包まれていた。
「逃げろ!逃げるにゃ!!」
年老いたマヤ族の男性が、娘と思われる女性の背中を押しながらそう叫ぶ。
「子供が先にゃ!道を開けろ!」
別の場所では、若い男性が息子と思われる男児を胸に抱え、混雑する集落の出口に向け走っている。
炎の原因は、不始末のような事故ではない。
小鬼による故意の放火である。
しかし、火の回りの早さに消火が追いついてない。
集落の住人の約半数が、攻め込んできた小鬼からの防衛に当たっているからだ。
小鬼との攻防の中、小鬼の軍勢に襲われている二人の女性がいた。
一人は人族の女性で、水色の透き通った瞳。
髪も同じ色をしている。
天女の様な髪型と白と紫の袴姿で、誰が見ても美しいと言うであろう容姿をしていた。
もう一人は全身黄色の短い毛で覆われ、猫の様な顔立ちで皮で出来たの鎧を身に纏い、鉄製の剣を携えたマヤ族の女戦士だ。
長い時間戦っていたのであろう。
小鬼の軍勢に額と足に傷を負わされ、片膝を地面につけている。
「ビスカス!ここはもう危険にゃ。あなただけでも逃げるにゃ!!」
「そんな!私一人で逃げる事なんて出来ないわ!私もレルタと一緒に戦う!」
レルタと呼ばれるマヤ族の女戦士は、剣を支えに立ち上がろうとしながら声を張り上げるが、人族のビスカスは逃げずに持っていた杖を構えて呪文を唱え出す。
するとレルタの足と額の傷が塞がっていった。
回復したレルタは再び剣を振りかざし、ビスカスの背後に迫っていた小鬼を蹴散らす。
「ビスカス、補助霊術を!」
「うん!」
レルタの持つ剣にそっと杖を向けて、ビスカスはセジを込める。
杖から赤い光のようなものを放ち、それがレルタの剣に移っていく。
『刀に炎よ宿れ『タチ・フィーチキーン』!』
ビスカスがそう言い放った瞬間、レルタの剣が炎を吹いた。
レルタが目の前にいた小鬼三匹を狙い、剣を横に大きく一振り。
二匹は剣に切り裂かれ、さらに傷口を炎が焼き尽くす。
一匹は剣に触れていないが、纏った炎が小鬼の体を燃やす。
一太刀で3匹の小鬼が無数の光の粒になり、泡のように宙を飛び、溶けるように空気の中へと吸い込まれていった。
小鬼の体の中心から歪な形をし黒ずんだセジ石が現れ地面に落ち、その衝撃で粉々に割れてしまった。
だが、こうした攻防を何度も繰り返しているのであろう。
ビスカスのセジが尽きかけ、徐々に集落の端へと二人は追いつめられていった。
「はあ、はあ、はあ。」
「ビスカス、今の内に逃げるにゃ…。この事をジジ様に伝えるにゃ!」
「いやよ! 私も最後まで戦う!」
「このままでは二人ともやられてしまうにゃ!だからビスカスお願い…!!お願いだから早くジジ様の所へっ!!」
「......私、必ず助けを呼んでここへ戻ってくるから!」
(レルタ...すぐに助けを連れて戻って来るから。それまではお願い!)
ビスカスは意を決し、涙を拭いながら森の奥へと脇目もふらずに走り去って行った。
同刻。
マタタビ集落近くの上空には一隻の飛空挺が飛んでいた。
木造の飛空艇は両サイドから羽の形をした帆が出ており、夕日を背に向けて目的地に向かって進んでいた。
甲板には男が2人。
「今回の任務は国王直々の特別な依頼なんだって?」
「….ああ、そうだ。心してかかれ、雷牙」
「分かってるよ、クロノス。俺に任せときなって!」
いかにもお調子者な黒髪短髪の若い青年が年上の男に向って話しかけている。
和装風の白の上着、下は黒のズボンとブーツ。
腕と足には皮の防具が付けられて二本の刀を腰に差している。
左肩の鎧には三つ巴の紋章が記されている為、サムレーの制服の様だ。
そして隣には、背中に大剣を背負い髪は後頭部で結ばれ、強面の顔をして腕を組みながら立っている男がいた。
右から左へ流した前髪が風で少し揺れている。
(やっぱファイナルサムレーは全然違うな。俺もカッコいい制服を着けたい!)
雷牙は隣にいるクロノスに憧れていた。
いわゆるサムレー とはヨナ王国の兵士だ。
争いの多い時代では国の防衛を主な仕事としていたが、平和統一後は各種族の依頼なども請け負っている。
この世界にはサムレーと呼ばれる兵士は沢山おり階級が設けられているが、ファイナルサムレーは一人しかいない。
いや、クロノスの為にファイナルサムレーという階級が出来たと言っておこう。
それ程までに強い。
またファイナルサムレーの制服は基本は雷牙と同じだが、肩に装飾されている模様と色が違う。
上級サムレーには肩の紋章が三つ巴ではなく、階級に応じた霊獣らの模様が施されている。
クロノスの場合は左肩の鎧には龍の紋章、右肩には馬の紋章がされており、ファイナルサムレーだけが羽織る黒いマントも金色の装飾が細かく施されてあり威厳があった。
「あー、早く成果を上げて俺もクロノスみたいにファイナルサムレーになりたいなあ」
「......。」
「それにさ、ファイナルサムレーになったら色んな場所に行ける様になるだろー?」
「…..雷牙。そんな考えじゃお前はまだまだだな。」
「今はまだまだかもしれないが俺は決めた事は必ずやり遂げる!」
(そのためにクロノスの任務にこっそり付いてきて来たんだ。クロノスの任務といえば超高難易度の任務っ!飛空艇で見つかった時は追い返されそうにもなったけど何とか乗り合わせたんだ!これで功績をあげれば...むふふ、上級サムレー いやもしかすると二人目のファイナルサムレー も夢じゃないかもしれない...むふふ)
こっそり雷牙は企みながらもクロノスと話している中、甲板に取り付けられているスピーカーから声が聞こえた。
<< クロノス、雷牙!>>
「おー。どーした?コル。」
<< 急に風が強くなっている。なんだか様子が変だよ!>>
コックピットで運転しているのは人族の半分ぐらいのネズミ族の女の子だ。
オレンジのオーバーオールの作業着をつけているが、ぱっと見は男の子にも見える風貌だ。
技師としての腕前は、運転・整備等含め飛空艇に関しては全てを管理するほどの優秀さだ。
コルがいつも通り運転中、コックピッドの窓から見える空の風景に驚きアナウンスを出した。
夕日で赤く染まった綺麗な空の雰囲気が変わり、突然黒く渦巻いた竜巻の様な雲が発生し始めている。
「どれどれ、確かに竜巻みたいなものが見えるなー。」
雷牙は、少し嬉しそうにしながら飛空艇の正面の方に駆け寄り確認していると、みるみる内に厚い雲が空全体を覆って暗くなり、時折稲妻が走ってゴロゴロと雷鳴も響き始める。
雷の音にびっくりしたのか、雷牙の胸元から小さな妖精が飛び出してきた。
「ちょっと雷牙、何よ今の音! 何が起きているわけ?」
「いーから、キジムカは隠れてろ。」
「きゃっ」
雷牙は小さな妖精をすぐに胸元へ押し戻した。
風が段々と強く吹き荒れる中、クロノスは暗雲が一番立ちこめている場所を静かに見つめている。
「クロノスどうした? それにしても、なんで急にあんな大きな嵐が?」
「….あれはだたの嵐ではなさそうだな。セジの力で生み出された物だろう。」
「あれがセジだって!? セジって事はあれも術なのか!? 信じられない!」
「雷牙、よく覚えておけ、戦場では信じられない様な事がいくらでも起こる。
その状況をどう対処するか常に考えて行動しないとすぐに死ぬぞ。それに嵐の中央に意識を集中してみろ。
お前にもはっきり分かるはずだ。セジが中央に向かって集まっている事が。」
「わっ、わかってるよ。えーと中央の部分に意識を集中してっと...」
雷牙は目を凝らしながら意識を集中した。
(竜巻の中に青白いセジの光も一緒に渦巻いているな…。さらにそのセジの光が中心部分に近づくほど濃い光になっているぞ。
確かに術の可能性が高いよな、だけど術だとしたらなんだ?風術?それとも水術のたぐいか...
...ん?何か近づいて来るぞ??)
遠くの空で黒い影が動いているのが見え、よく見ると黒い鳥の様な姿の霊獣が数匹、羽を広げながら飛空挺へ向かって飛んできている。
ひょっこり雷牙の胸元から顔だけを出して見ていたキジムカが声を挙げた。
「何かがこっちへ向かってくるわよ!」
霊獣らは飛空挺の近くに来ると甲板へ降り立った。完全に戦闘体勢となっている。
「ガウゥゥゥゥゥゥ」
「おっと、言葉は通じなさそうだ。友達にはなれそうにないなー」
「雷牙、来るぞ!」
「おう!」
雷牙は腰に差していた短刀を鞘から抜き、素早く霊獣に飛びつきながら斬り上げた。
霊獣は叫び声を上げながら吹き飛び、飛空艇の遥か下へと落下していく。
「うおっと!」
落下する霊獣を見ていて、雷牙はあまり着地のことを考えていなかった。
甲板の端近くに着地し、端の手すりを思わず掴む。
「あまり飛び上がるな!落ちるぞ!」
「はいよー!」
雷牙がいい加減な返事をした辺りで、今度はクロノスが飛び上がった。
飛空艇から落ちないよう雷牙に注意した直後だが、クロノスの飛び上がった高さは雷牙の時より5割増し程の高さがあった。
(クロノスの方が高いじゃん!)
実際に指摘しようとしたが、雷牙は声に出すのを止めた。
クロノスは霊獣の一匹をすぐには斬りつけず、一度踏みつけて方向転換し、その瞬間斬りつけた。
次に、方向転換した先にいた他の霊獣に向かうと、斬り伏せるのではなく、大剣を霊獣の頭部に軽く当て、着地した瞬間に甲板と大剣で挟むように斬った。
一度の飛び上がりで二匹の霊獣を撃破したこともすごいが、着地した位置が甲板のほぼ中央。
一匹目の霊獣を一度踏みつけたのも、二匹目の霊獣を着地と同時に斬ったのも、甲板の中央に着地するための調整だったのだ。
(すげぇ。さっきの『飛び上がるな』は、『着地位置を調整できないならあまり高く飛ぶな』って意味だったんだ!)
「霊獣の動きに注意しろ!突き落としにかかる可能性もあるぞ!」
クロノスの一喝に雷牙はハッとし、次に襲い掛かってきた霊獣を迎え撃つ。
出来る限り安全に着地できるよう、甲板の中央を背にしながら霊獣に飛び掛かり、霊獣の胴体に着地するように両足で踏みつけ、斬ると同時に真後ろへ軽く飛ぶ。
クロノス程ではないが、先ほどよりはだいぶ甲板の中央へ着地することができた。
それから、5分くらいだろうか。二人は霊獣らを瞬く間に全滅させた。
「ふう〜。しかしあの竜巻は何だったんだ? こいつらがやったのか??」
「こんなザコではあれほどの術は使えない。また来るぞ。俺が向かう。コル、準備しろ」
<< 了解、クロノス! >>
<< あと、雷牙はいつも通りクロノスが先に攻撃をするから、あぶれた敵を甲板で迎え撃つんだ!>>
「ああ、分かってるって!」
突風が吹き飛空挺が大きく揺れた後、飛空挺の後方から小型の無尾翼機に立ち乗ったクロノスが勢いよく飛び出した。
そして大剣を握りしめて敵の中心に向かって行くと、クロノスはたくさんの敵を一気に薙ぎ払っていく。
「うひゃーさすがクロノス!いつ見てもとんでもない強さだな」
(やっぱレキオ最強と呼ばれるだけあって凄いけど、次元が違いすぎてあまり戦いの参考にならないんだよなあ。
…っと!クロノスの戦いばかり気にしてられない!こっちも戦いに集中しないと。)
「来たな!」
クロノスの攻撃に逃げて来た敵らが飛空艇の方へやって来た。
雷牙は甲板に降りて来た敵を、片っ端から刀で斬って倒していく。
「よし倒したぞ、どんどんこーい!」
最後の一匹を倒し、雷牙はクロノスが戦っている敵達に向かって吠えた瞬間、クロノスがかわした敵の光線が、飛空挺にそのまま直撃する。
ドオオオオオン!
飛空挺が大きく揺れ、雷牙は衝撃で転びそうになった。
「わわっ!」
何とか足で踏ん張ったが、再び飛空挺が大きく揺れて今度は機体が40度ほど傾いてしまい身体のバランスを崩した雷牙は、そのまま甲板の端へよろけてしまう。
「雷牙、柱に掴まるのよ!」
キジムカが叫び、雷牙が柱に捕まろうとした瞬間、強い突風が吹いた。
「きゃっ!」
「うわわっ!」
キジムカは風に飛ばされそうになったので雷牙の懐に潜り込んだが、雷牙はそのまま飛空挺の外に投げ出されてしまった。
状況に気づいたクロノスが慌てて飛空艇へ戻る。
「掴まれ雷牙っ!」
「クッ….クロノス!」
ギリギリの所で追いついたクロノスがすかさず片手を伸ばすが、指が少し触れた程度でわずかに届かない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………」
「雷牙ー!」
雷牙は森の中へと落ちて行った。
ドス、ガサ、バキ、ガシ、ドシン!!
飛空艇から落ちた雷牙は、幾つもの木の枝をクッションにしながら地面に落下した。
落ちた場所は、湖がすぐ側にある深い森の中。
(...うっ頭が痛いな。落ちるときに頭を打ったか...誰かの声が聞こえる..)
「雷牙、雷牙!大丈夫!?」
キジムカが雷牙の顔の上で呼びかけている。
「う、ん……。」
「ああ、良かった!怪我はない?」
「あ、あぁ。助かった…のか。どうやら木が衝撃を和らげたおかげみたいだ。」
木が緩衝材の役割をした事と比較的頑丈な身体だったおかげか、雷牙はひどい怪我はしていなかったが、頭が少しズキズキしていた。
頭を手で押さえながら、ゆっくり身体を起こして立ち上がり、辺りを見渡す。
「ここは...どこだ?」
「たぶん、西ヒョウの森あたりに落ちたみたい。」
辺りは深くて暗い夜の森。
すっかり日は暮れたようだった。
飛空艇が見えないか空を見上げたが、密集した木は高く蓋をする様に生い茂り空自体もあまり見えない。
静寂の中、動物達の鳴き声だけが聞こえ、ひんやりとした夜の匂いで頭の痛みも消えていく感じがした。
僅かに月の光が差し込んでおり、目が慣れてきたからか森の中がよく見える。
木の幹は爪で裂いた様な模様があり、枝は幾つも縦に分かれて深緑の葉が揺れていた。
(…確かにこの木は西ヒョウの森しか生えない木だ..。
さて、どーやってクロノスに連絡しようか。)
雷牙が顎に手をあてて考えていた時、闇を裂くように突然女性の悲鳴が聞こえた。
「きゃああああああ!!」
「!?」
声は比較的近くから聞こえた。
ビックリしたキジムカが雷牙の顔を見ると、サムレーである雷牙は、風を切って悲鳴が聞こえた方向へすぐさま走って行った。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
キジムカもその後を慌てて飛んでいく。
ビスカスが3匹の小鬼に襲われながら、走って逃げている。
草の根、木の枝をかき分け何とか捕まらずにいたが、小鬼が投げた石がビスカスの足にあたり鈍痛が走った。
骨が震えるように足が痛かったが、それどころではない。
背中で小鬼の影がすぐ後ろまで来ているのを感じていた。
「はあ、はあ、はあ…!」
(早くジジ様の所に行かなくてはならないのに、あ…足が思うように動かない!)
じわりと頬をつたう冷汗を手で拭い、痛みに耐え足を少し引きずりながら走っていると、地面から少し出ていた木の根に足が掴まり、ビスカスはつまづいてしまう。
「きゃっ!」
ビスカスはそのまま地面に倒れ込んだ。
慌てて立ち上がろうとするが、気が動転していて思うように身体が動かない。
そこへ追いかけていた小鬼らがビスカスの目の前へ来ると、足を止めた。
そしてゆっくりとお互い顔を見合わせ、まるで誰が先に噛みつこうか、どの部分から引き裂いてやろうか、と狩りを楽しんでいる様にも見えた。
ビスカスは転んだ拍子に落とした杖を拾おうとするが、手が震えている。
やがて狩りの遊びごとが終わったのか、ビスカスの手を一匹の小鬼が掴んで身体ごと起こし始めた。
(レルタごめんなさい!!)
ビスカスはもうダメだと目を瞑った。
ドスっ!
小鬼の頭に何かが当たる音。
次の瞬間、掴まれていた手の感触が無くなっていた。
ゆっくり目を開けると、先ほどビスカスを掴んでいた小鬼の頭に、刀が一本突き刺さっていた。
数秒のたうち回った後、小鬼の体は光の粒になり消滅する。
そして、刀が地面に落ちる瞬間、ビスカスと小鬼達の間に男が割って入った。
地面に落ちる寸前のところで男は刀を拾い上げ、男は残っていた小鬼のうちの1匹の胸元に突き刺す。
「何やってんだ。お前ら」
ビスカスは息をのむ。男の髪は黒髪短髪。
腰に鞘を残し、二本の刀を構え小鬼達の前に立ちはだかっていた。
ビスカスの声を聞きつけた助けに来た、雷牙である。
串刺しにされた小鬼は生き絶えて消滅。
もう1匹の小鬼らは少し後ずさりした後、目の色を変えると姿勢を低くし雷牙に向かって飛びかかる。
雷牙は両手に持っている二刀の刀を、小鬼らの攻撃を交わしながら確実に首、心臓と急所を切っていった。
瞬く間にもう1匹の小鬼も切り倒し、剣を収める男を呆然と見ていたビスカスだったが、その姿を見てハッと驚く。
「黒髪のサムレー …!?」
「大丈夫か!?」
雷牙は後ろを振り返りビスカスの所へかけ寄った。
そして肩を抱き寄せながらビスカスを立ち上がらせる。
「あ...あの、助けてくれてありがとうございます! 私、小鬼に襲われて…
...あっ、あなたなら! マタタビ集落が大変なの!それで、そのっ…」
詰め寄る様に雷牙の手を握りしめて話し始めるが、ビスカスはまだ気が動転しているようだった。
(うわ、近い!なんだ急に!ちょー美人だし!!)
ドキドキ ドキドキ
(うわ〜〜!俺の心臓止まれ!!ちょっとどうしたらいいんだこれーーーっ!)
雷牙は突然の事にどうしたらいいのか分からなくなってしまっていた。
「ちょっと!あんたいきなり何よ!?」
追いついたキジムカが、ビスカスの顔の前まで飛んで近づき左手は腰につけながら、右手はビスカスに向かって指を指している。
目の前に突然見たことがない妖精が現れ、ビスカスは驚いて手を放してしまった。
「きゃっ 妖精!?」
「キジムカやめろ、驚いているだろ? すまない、驚かせてしまって。」
「ふんっ!」
「ねえ君、大丈夫?」
(...キジムカ助かったぞ、後で美味しいもの食べさせてやるからな!)
雷牙は平常心を装いながらもビスカスを少し落ち着かせて倒木の上に座らせた。
よく見るとビスカスの腕は少し火傷をしており、服は汚れているだけでなく血も付いている。
あと僅かに煙の匂いもした。
「何があった? 一体、この小鬼達は何なんだ?」
少し落ち着きを取り戻したビスカスは話し出す。
「マヤ族のマタタビ集落に、突然北の方から小鬼達が襲ってきたの。
戦っていたみんなは次々と倒されて…。
今もレルタが戦っているわ!」
ビスカスは目に涙を浮かべて雷牙の両手を掴む。
「お願い!! レルタを….みんなを助けてっ!!」
(ここは平常心平常心、俺はサムレー であり困った人を助けるのは当然だ、しかし本来であればクロノスと合流し情報を集め行動を取るべきであると思うけど、この子の話を聞くと一刻を争う自体だろうし、それにこんなに必死にお願いされたら断れないな。よし!とりあえずこの集落に行き救出を最優先としよう。)
まだサムレーとしては未熟な雷牙だったが、ビスカスの必死な願いにサムレーとしての使命を感じ、今度は雷牙がビスカスの手を強く握り返した。
「分かった。その集落まで案内してくれ。」
「ありがとう!」
「ただし敵との直接戦闘はなるべく最小限に抑え救出を最優先で行動する。話を聞く限りでは敵の数はかなり多い様だから。それでいいかな?」
「ええ、それで問題ないわ」
「よしそれじゃ行こうか、少し走るけど足は大丈夫?」
「もう大丈夫よ」
手を握ったまま話す雷牙とビスカスに嫉妬したキジムカが、雷牙の耳を引っ張る。
「いてっ!」
「ちょっと、離れなさいよー! さっさと行くわよ!」
こうして雷牙達は、マヤ族のマタタビ集落へと駆け出す。