第二章2 浴衣とりんごと金魚と花火
今思い出すと死ぬほど恥ずかしい。しゃがみ込んで顔を覆う。昨日の昼休み、ゆうのクラスまで行って、お祭りに誘おうとした。結果、コミュ力不足で誘えなくて、自分のクラスに戻った。凹みつつ一人でご飯を食べた。まぁそこまでイイ。問題は、その後、ゆうが心配してウチのクラスまで来てくれたのだ。のだが、ゆうが、あまりにも優しくしてくれるせいでイイ年してべそをかいて泣きついてしまった。しかもしかも、その後ゆうが、「なんでさっきクラスに来たの?」なんて聞くもんだから、頭の回っていなかった私はつい、冗談で言おうと思った、「お祭りの日、二人でデートしない?」なんていうクッソ恥ずかしいセリフを、あのシチュエーションで言ってしまった。顔真っ赤で、涙目で…あああああ。恥ずかし過ぎて言葉にならない。なんだあれ、なにやってんだ私。うわあああ。
――――――――――
今日はみほとデートだ。いえーい。会う前からテンション有頂天だ。どんな格好してくるかな、なんて想像を膨らませる。まさか制服では来ないだろうが、みほがおしゃれしてるところは思い浮かばない。学校では制服だし、部活では普通のサイクルウェアだ。辛うじてレースに出るような人が着る、スピードスケートのユニフォームに似た、あのレーサーパンツやジャージではない。のだがおしゃれとは遠く、カジュアルというより落ち着いた感じと言った方がしっくりくる、そんな感じ。本人曰く、「走ることがメインだから見た目は気にしない気にしない」とのことだが、もう少し、こう、女の子してほしい。
さてさて、待ち合わせ場所は神社の大鳥居の下。辺りを見回すがなかなか見当たらない。いつもは閑散、と言うより最早、人の気配のしないと言う方が適切な神社なのだが、今日だけは沢山の人で賑わっている。背が低いから見当たらないだけでどこかにいるのか、いや、まだ来てないのか?辺りを見回すが。法被を来た男性。鳥居の下でうずくまった小さな浴衣の女の子。若いカップル。遠くに見える神輿。ん?小さな女の子?思わず二度見する。いた。普段とは似ても似つかない恰好だが、みほだ。みほだよね?
「み、みーちゃん?」
「うん?」
みほが顔を上げる。ふわああ、なんだこの可愛らしい、この、。桜色の下地に紅葉を思わせる濃い赤で模様の入った、少し厚みのある生地をした浴衣。白い小さなリボンで結んだ、やわらかそうな髪のおさげ。赤く染まった頬。そしていつもはそこにある黒いメガネが今日は不在だ。ぬわあああ、うああ、
「かわいい!めっちゃかわいいよ、みーちゃん!!」
「え、えへへ、ありがとう」
更に少し顔を赤らめながらも素直に頷く。ぐ、ぬうう、可愛い、超可愛い、でも、
「でもーっ、いつものメガネは?!」
「へっ?ああ、うん。一応持ってきてるけど。」
手提げからひょいと取り出す。すかさず、小さな手から奪い取って、
「ああああ、こっちも可愛い」
「なっ、なにするっ」
「ああ、外すなぁ、勿体ない。」
他愛のない会話とともに、かけがえのない時間が過ぎてゆく。
――――――――――
なんというか、もう満足だ。
押入れに仕舞ってあった浴衣を引っ張り出し、――中学二年くらいの時に買ったのだが、まだ全然着れることが驚きだ――1時間もかかって着付けし、――最終的にはお母さんに手伝って貰った――近所の薬局まで行ってコンタクトレンズを買い、――正確には、さすが田舎、近所の薬局では置いてなかったので2件ほど回った――漸く今に至る。努力の甲斐もあってゆうも凄く褒めてくれるし、凄く褒めてくれるし、おまけにすごく褒めてくれる。やめろ、クラスの友達に私の彼女とか紹介するのやめろ。恥ずかしいわ。かわいいって言うな。
今日のゆうは、海月や流氷を思わせる、淡い水色の浴衣を着ている。いつもの声のよく通る、或いは力強く根を張った大樹のような、と言った表現がしっくりくる、赤や黄色が似合う姿とは違いどこか儚げだ。
りんご飴を食べた。中のりんごに少しだけ火が通っていて表面はやわらかいのだが、内側は生に近く歯ごたえのある、不思議な食感だった。中のりんごは小さく、普段見るようなりんごとはかけ離れていて、「これどうやって作ってるのかな?若いうちに収穫して作ってるのかなぁ」なんてゆうに聞いてみたら、「たしか姫りんごとかクラブアップルとか、そういう元から小さい品種のを使ってるらしいよ」って教えてくれた。物知りだ。
射的をした。的から3mも離れていない筈なのに全然当たらない。当たってもなかなか落ちない。200円で3発を5回も挑戦したが、さっぱり落ちず、最終的には屋台のおじさんが「頑張るねぇお嬢ちゃん、今回はプレゼントだ」って手でとって渡してくれた。お嬢ちゃんという年ではないし、あれは落とすまでが面白いのに。ゆうは1回目、2発で同じのを落として、残りの一発で小さなキャラメルが入った箱まで落としてしまった。なんちゅうヤツだ、と思った。二人お揃いで色違いのくまのぬいぐるみだ。
金魚すくいもした。今度はゆうがむきになっていた。私は小さい和金を二匹とコメットと言う尾の長い品種――品種の名前は後でゆうに教えて貰った――を一匹すくった。ゆうは、、、一匹だけで、蝶が舞うように泳ぐ、琉金というらしい大物を狙っている。和金やコメットは鮒によく似た見た目をしているが、琉金は、The金魚という感じの見た目だ。背びれや尾びれがなびいて、水の中を優雅に泳ぐ様はなんとも美しい。あんなマジ顔なゆうはあまり見ないし、なんで一匹にむきになってたのか聞いてみたら「琉金は和金達とは相性が悪いんだ、ウチの池にも琉金が何匹かいるし、一緒にしてあげようと思って」とのことだ。ウチの池ときた。セレブリティを感じる。
夜が更けてきた。たこ焼きと焼きそばを買った。ゆうに引っ張られて、神社の境内の隣の雑木林を抜ける。ただの田んぼの土手だ。ゆうがバックからレジャーシートを取り出す。
「ここ穴場スポットなんだ~、あ、ほら、始まるよ」
ちょうど目の前の空に色とりどりの大輪が花を咲かせる。
「綺麗…」
そうこぼしたのはゆうか、それとも私か。たこ焼きと焼きそばを食べながら、空を見続ける。色鮮やかな、まばゆい光がふたりを照らす。私はここにいるぞと主張するかのように大きな音が振動となって体に伝わってくる。
ひときは大きな花が夜空を彩る。最後の一発だ。
「終わっちゃったね」
ゆうに話しかける。ゆうは、
「うん、帰ろっか」
言いながら、目に涙を浮かべていた。
「あれなんだろう、目から汗が」
古典的な誤魔化し方だ。優しく無言で「どうしたの?」と問う。
「今までの行ったお祭りで一番楽しくって、それがもう終わっちゃうのかって寂しくなっちゃってさ、もっと一緒にいたいなぁって」
手をつないでみた。きっと何かつらいことが溜まっていたのだろう。昨日の私みたいに。優しく声を掛ける。
「何言ってるの、明日も明後日もこれからもずっと一緒。明日は松本まで走ってスイーツでしょ?」
「そうだね、そうだった。これからも、一緒。」
もう、ゆうの目に涙は無かった。明日も一緒だ。明後日も。その先も。
「ね、明後日はどこ走ろうか?」
さっきまでの涙が嘘みたいな笑顔のゆうがそこにいた。
次回は自転車乗ります。