第一章1 ある日曜日
初めまして。 にともご と申します。煮玉子と同じイントネーションです。
一応GLタグつけましたがぶっちゃけ百合百合する予定はあまりありません。あくまで健全な女の子二人のお話しです。
「ね、次はどこ走ろうか?」
ゆいが私に話しかけてくる。ここは学校の部室、ふたりで各々の相棒の整備中だ。私の名前は橘みほ。高校2年、サイクリング部部長。相棒は台湾メーカーの安くて丈夫なロード。秋の空のような青いフレームに控えめなロゴが特徴だ。
「んーそうだなぁ、諏訪湖一周して上社と下社でお参りしてくるとか?それか、上田とか!真田幸村の!」
手を止め答える。
「むむぅ、みーちゃんは渋いっ、私たち花のjkなんだよ?なんかこうもっと 女 子 って感じのさ、スイーツとかおしゃれとか、そういうのないの?松本に新しくショッピングモールできるじゃん、あそこ行こうよ」
サイクリングしろよ。心中でツッコむ。彼女は葦切ゆう。クラスは別だが部員で親友。私より背が高い――「みーちゃんがちっちゃいだけ」ではない。ハズだ。――黒髪ロングの美人さん。相棒はイタリア製の赤くてカッコイイヤツだ。黒いロゴと白いグリップが余計目立っている。ゆいはこの相棒のことをぴーちゃんと呼んでいる。メーカー名からとったらしいが安易ではなかろうか…
「おしゃれって言われてもなぁ、ウチは制服校だしあんまりねぇ」
敢えてツッコまずノってみる。今いる場所をもう少し詳しく言えば駒北高校サイクリング部の休日の部室だ。長野県の南の方の小さめの高校の更に小さい部活。先代の、つまり私達が1年の頃いた3年の先輩方は引退して久しい。私達の一つ上、つまり今の3年生は元からいない。部員僅か2名。サイクリング部という名の通りインターハイや他の大きな大会に出るワケではなく楽しくぶらぶら散歩しよう♪がモットーだ。
「そういうこと言って、面倒臭がってるから未だに非リアロードから抜け出せないんだよぉ」
私はそりゃあもう陰キャも陰キャ。所謂、喪女というやつだ。別にオタでも腐でもないのだが世間的に貧乳、チビ、メガネはモテないらしい。対して先方は陽キャの大御所。才色兼備で運動神経も良。おまけに育ちもイイ。ずるい。ちょっと分けてほしい。
「そーいうゆいも、彼氏いないじゃない」
「わ、私にはぴーちゃんがいるから、ねー、ぴーちゃん」
ぴーちゃんは男の子なのだろうか?そもそも彼氏くらい余裕で作れるだろうに
「「…はぁ…」」
二人同時にため息をつく。整備に戻る。いつものノリだ。内容は残念極まるが私はこのしょーもなくて、やわらかくて、あたたかい空間が大好きだ。二人で話しているときはもちろん、こうやって黙々と整備をしているときの沈黙もちっとも嫌じゃない。何もしゃべってはいないがお互いを理解している。そんな気がする。この時間がこのままずっと続けばいいのに、とすら思う。のだが、せいぜいできる整備なんてフレームを磨くかチェーンにオイルを注ぐくらいしかない。10分もあれば終わってしまうのだ。暖かい時間は終わりを迎え私達は帰途につく。
――――――――――
「ね、次はどこ走ろうか?」
私はみほに話しかける。ここは学校の部室、ふたりで各々の相棒の整備中だ。私は葦切ゆう。高校2年、サイクリング部部員。葦切とは鳥の一種でスズメの仲間の小鳥だ。
「んーそうだなぁ、諏訪湖一周して上社と下社でお参りしてくるとか?それか、上田とか!真田幸村の!」
みほが手を止め答える。
「むむぅ、みーちゃんは渋いっ、私たち花のjkなんだよ?なんかこうもっと 女 子 って感じのさ、スイーツとかおしゃれとか、そういうのないの?松本に新しくショッピングモールできるじゃん、あそこ行こうよ」
みーちゃんも女子っぽくすればもっと可愛いのに。口に出すと怒るから黙っておこう。彼女は橘みほ。クラスは別だが部長で親友。背の低さ――「ゆうがでかいだけ」ではない。みほが小さいのだ。――と後頭部からたれる2本の少しだけクセのあるおさげと小さな鼻のうえにちょこんと乗った黒縁のアンダーリムのメガネが合わさってなんともかわいらしい。文学少女っぽい見た目で事実、読書家のようだ。因みに橘とは柑橘系の常緑高木で日本の固有種。みかん。
「おしゃれって言われてもなぁ、ウチは制服校だしあんまりねぇ」
ううん、年頃の乙女が、もったいない。本校、駒北高校の在籍はおよそ200名。部活動は17あって大きな部活は30名弱もいるらしいがウチは2人だけだ。寧ろ二人の方がイイ。
「そういうこと言って、面倒臭がってるから未だに非リアロードから抜け出せないんだよぉ」
と啖呵を切ってみたのはいいものの、こちらもリア充ってわけじゃない。みんなと一緒なら楽しいかと言えば必ずしもそうではない。対してみほは――まぁ、本人は自分のことを陰キャやら喪女やら自虐しているが――確かに普段はおとなしいが、実はそれでいて芯が強くて我が道を征くタイプだ。やりたいことに真っ直ぐだし言いたいことは素直に言ってしまうタイプだ。ついでに本人が言うほどモテないわけではない。
「そーいうゆいも、彼氏いないじゃない」
ほらね。
「わ、私にはぴーちゃんがいるから、ねー、ぴーちゃん」
ぴーちゃんは私の相棒だ。私にはみほがいる、とは言えない。いやそもそも別にそういう関係になりたいわけではない。みほがいればいい、は、あくまで友達としてだ。そのハズだ。
「「…はぁ…」」
二人同時にため息をつく。整備に戻る。いつものノリだ。天然でアホで、気を遣うなんてことはせずに思ったことを率直に言ってくれる彼女が好きだ。他人の顔色を見ながら自分でないだれかを演じる私とは違う。自称陰キャの彼女は、しかし私から見れば太陽だ。この時間がこのままずっと続けばいい。明日は月曜日。また陰鬱な1週間が始まるのだ。暖かい時間は終わりを迎え私達は帰途につく。
夏も終わりをつげ気づけばもう秋だ。田の稲のたわわな穂が夕日に照らされ黄金に光っている。少し――といっても田舎の少しは割と長いが――坂を上った先にある広域農道までは二人一緒の帰り道だ。今ばかりはそれぞれの相棒を押して歩く。
「で、どうするの?」
みほが切り出した
「ん?なんのこと」
「来週の部活だよ、どこ走ろう?釜口水門からスタート、中山道と国道19号線を通って、んで松本まで行ってスイーツ、とかどうよ?」
どや顔で言った。アホ可愛い。諏訪大社は諦めてスイーツにしたらしい。そこまで来たらおしゃれにも気を使ってほしい。釜口水門は天竜川の始点で地名で言うと岡谷市だ。そこから松本まで2、30kmといったところか。ふむ親友は意外と私の発言を考えて聞いていたようだ。
「ふふ、おしゃれよりもスイーツを優先するあたりみーちゃんっぽい」
「な、い、いいじゃん。運動中の栄養補給は大事だし、それに25kmも走ればソフトクリーム一つ分くらい、大したことないし。身長も胸ももう少し増えるかもしれないし」
運動後だし、おしゃれには気を使わないわりに胸は気にするらしい。
「まぁ胸はともかく身長はむりだねぇ」
「自分がスタイルいいからって~」
ちっちゃい手でポコポコ叩いてくる。かわいい生き物だ。中学の頃は身長も大差ないというか私もちんちくりんだったのにいつの間にか17歳、背もぐぐっと伸びて160cmと少しほどある。みほと初めて出会ったのは中学2年の時、父の転勤で横浜から長野に引っ越してきたのだ。そこでみほに会った。転校したばかりの頃はクラスメイトからもてはやされたものだったが1週間もすれば私への関心は消え失せてしまったらしい。一人ぼっちになってしまった私に話しかけてくれたのはみほだった。不思議な子だと思った。最初うちは興味なさげに本ばかり読んでたのにみんながいなくなってから話しかけてきたのだ。なぜか聞いてみたが答えてくれなかった。それから二人で自転車に乗っていろいろなところに遊びに行った。今上ってみると少しのこの坂も、ほんの数年前まではちょっとした冒険だった。楽しかった。だから高校に進学して、みほと今の部活に、
「ねぇゆう聞いてるの?」
つい思い出に浸ってしまっていたらしい。「あぁごめんごめん」と軽く返答する。いつの間にか農道の手前までさしかかっていた。ここから別々の道だ。折角のみほとの時間を妄想に費やしてしまったことに後悔しつつ「また明日」と私はみほに別れを告げた。
――――――――――
夏も終わりをつげ気づけばもう秋だ。来週には近所の神社で秋祭りがある。長い坂を上った先にある広域農道までは二人一緒の帰り道だ。背が高く足の長いゆうはすいすい歩いて行くが私にはやはりハードだ。
「で、どうするの?」
先ほど話したことと考えておいたことをまとめて話す
「ん?なんのこと」
「来週の部活だよ、どこ走ろう?釜口水門からスタート、中山道と国道19号線を通って、んで松本まで行ってスイーツ、とかどうよ?」
ゆうは嬉しそうな?いや、なんというか微笑ましいものを見た顔で私を見返した。ぬぅ、なんなんだ、このよくわからない大人の余裕のオーラは。
「ふふ、おしゃれよりもスイーツを優先するあたりみーちゃんっぽい」
スイーツの提案をしたのはそっちだ
「な、い、いいじゃん。運動中の栄養補給は大事だし、それに25kmも走ればソフトクリーム一つ分くらい、大したことないし。身長も胸ももう少し増えるかもしれないし」
「まぁ胸はともかく身長はむりだねぇ」
「自分がスタイルいいからって~」
からかわれるとわかっていつつも軽口で返す。そんなやり取りをしているとゆうは時々ふと、ちょうど今のような、懐かしそうな、それでいて何かが辛そうな顔をするのだ
「ねぇゆう聞いてるの?」
「あぁごめんごめん」
と軽く返答された。最近たまに、少しだけ、ゆうが分からない。いつの間にか農道の手前までさしかかっていた。ここから別々の道だ。本当はまだ話したかった。だが、ゆうの家は裕福だが厳格な家庭で門限が厳しいらしい。便宜上「また明日」とあいさつしたが、実際クラスは違うし、あまり休み時間には会えない。それにみんなの人気者のゆうに近づくのが怖い、というか辛いのだ。次に面と向かって話すのはまた週末の部活かな。そんなことを考えながらぴーちゃんにまたがるゆうの背中を見送った。