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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第一部 乱始変局篇
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7.筑紫の政変-3

 難升米(なしめ)は自宅への帰路を急いでいた。

 先ほど、新しく大王に即位した川上健(かわかみたける)から倭国政権におけるあらゆる役職の解任を言い渡されたばかりだ。

 帰る道筋で難升米を非難する目線と言葉が飛び交う。

「あら、難升米様よ。」

「ああ、あいつはもう過去の人間だ。俺たちはあいつらのせいで意味のない戦いをさせられたんだ。」

「俺は戦に出陣する前に日食が来たから、あわてて逃げてきたよ。」

「日食ぐらいで逃げるとは、ヘタレだなぁ。」

「いやいや、あれは逃げて正解だったと思うよ。甕依姫(みかよりひめ)様も亡くなったし、神様は狗奴国との戦いを望んでいなかったわけだ。」

「甕依姫様が悪いわけではないでしょ?」

「難升米様たちが甕依姫様を騙したのよ!」

「俺はあいつの支持した戦いで負った傷が今でも治らない。」

「私の夫も難升米のせいで死んだわ!」

 つい最近まで難升米を見ると平伏していた国民たちが、手の平を返す化のように冷たい視線を注ぐ。

「それに対して、川上健様は素晴らしいわね。」

「最初から狗奴国との戦いに反対していたらしいな。」

 つい最近まで王族内でも孤立していた川上健が、今や国民の支持を集める英雄になっている。




 甕依姫の亡くなった後、川上健の行動は素早かった。

 直ちに自身の大王即位を宣言し、国民に対して狗奴国との講和を訴えた。

 倭国の官吏の多くも川上健を支持した。つい最近まで狗奴国との戦いを推進していたのに、その変わりようは見事としか言いようがない。

 川上健自身は、かつてから狗奴国に融和的であった。彼は筑紫一の武将として名を知られていたが、狗奴国との戦いには否定的だったのである。

 しかし、全ての倭国の人間が川上健を支持したわけではない。


「卑弥呼以て死す。大いに冢を作る。径百余歩。徇葬する者、奴婢百余人。更に男王を立てしも、國中服せず。」(『魏志』「倭人伝」)


 この『魏志』の記述は、当時倭国に滞在していた魏の武官である張政の主観がかなり含まれている。

 張政は本国に対して、甕依姫の名前は「卑弥呼(ひみか)」と固有名詞で報告したが、その次の「男王」である川上健については名前すら記していない。張政からして「反魏・親狗奴国」の川上健は快くない存在なのである。

「國中服せず。」というのも、かなり張政の主観が含まれているだろう。彼は親魏派の倭人と交流が深いため反川上健の人間が周囲に多かったが、狗奴国との戦いに反対していた人たちはこぞって川上健を支持したはずだ。

 とはいえ、難升米をはじめ川上健に心服しないものが少なくなかったのも事実だ。




 難升米の家には、親魏派の要人たちが集まっていた。

 王族の倭載(わさい)をはじめ、甕依姫時代に倭国政権の幹部であった斯鳥越(しうおつ)伊声耆(いせき)掖邪狗(えきやこ)大荒田(おおあらた)が参加者だ。

「遅れてすまない。ところで、都市(といち)牛利(ぐり)殿は?」

 難升米がそういうと、斯鳥越が答えた。

「閣下、都市様はこの会合には参加できないということです。」

「そうか。実は私は、先ほど新しい大王からあらゆる役職の解任を言い渡された。狗奴国との戦いにおける損害の全責任は私にある、ということらしい。」

「都市様が責任回避と新政権に媚を売るために難升米様に全責任を押し付けた可能性が高いですね。」

「まぁ、そういうことだな。とりあえず、私はこれからは表に立つことはしない方がいいだろう。揚げ足を取られても困る。」

「しかし、これから反政権運動を行っていくためには、私たちの旗印になる存在が必要ですね?」

 そう言うと、斯鳥越は倭載の方を見た。

 その目は「王族である貴方が川上健にとって代わるべき」と言っている。

「川上健を打倒するためには、神に選ばれた王族を旗印にするのが一番だろう。残念ながら、私はその任に就けないが。」

 二人のやり取りを聴いて、難升米が再び口を開いた。

「二人とも武力で川上健を倒そうとしているのかもしれないが、私はそれには及ばないと思う。――私に秘策がある、それを今から聴いてほしい。」

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