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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第一部 乱始変局篇
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5.小碓と伊勢のおばさん-2

「一体、何の用なんだろうか?」

 櫛角別(くしつぬわけ)王は弟の大碓に呼び出されたとき、一体、弟がどうして自分を呼び出しているか、理解できなかった。

 彼はそもそも、大王家の他の人間とは疎遠である。大碓や小碓は同母弟だから可愛がってはいるが、それでも浮気性な父親の大帯彦と会いたくない、との思いからあまり大王の宮のある纏向(まきむく)にはいかないようにしている。

 それでも、久しぶりに弟に会えるのは嬉しいものだ。どうしてわざわざ自分を呼び出すのか、若干心配になりながらも大碓の家にやってきた。

「おい、大碓!久しぶりだなぁ。」

「兄上!待っていました!早く、上にあがってください!」

 大碓は、今にも泣きそうな顔に笑みを浮かべて櫛角別王を家に上げた。

「一体、何があったんだ。」

 櫛角別王がそういった時、二人の美しい女性がやってきて挨拶をした。

義兄様(おにいさま)、初めまして。私は大根王の娘の兄媛(えひめ)と申します。」

「私は弟媛(おとひめ)と申します。ふっつかものですが、よろしくお願いします。」

 兄媛も弟媛も、それぞれ二人姉妹での年長女性と年下女性を指す一般名詞であって本名ではないが、この時代は安易に初対面のものに本名は名乗らないものであり、特に女性だと義理の家族であっても名乗りを控えることは珍しいことではない。

「そうか、君たちが大碓の妻なのかい?」

「さようにございます。」

 そう答えたのは兄媛の方だった。

「そうか、弟をよろしく頼む。大根王と言えば美濃の領主・・・・うん?」

 ここで、ようやく櫛角別王は何かがおかしいことに気付いた。

「ちょっと待てよ、大根王の娘って父が狙っていた女じゃないのか?」

 いくら父親と距離を置いていても、大王家の一員である以上、父親の女タラシな情報は嫌でも耳に入ってくる。父が大根王の娘の姉妹を妻にしようとしていた、という話はそれほど遠くない過去に聴いたはずだ。

「そうなんです、兄上。そのことに関してお願いがあるのです。」




「小碓よ、今日もお前の兄は食事に来ていないなぁ。」

 この日の朝食の時、大帯彦は小碓に声をかけた。

 小碓は可愛い童顔の少年で、年齢は倍数年暦で16歳。現在の暦に直すと数えで8歳であるが、数えの8歳(満7歳)にしては大柄である。身長だけ見ると数えの10歳、倍数年暦では20歳に見えるほどだ。

「大碓兄さんのことでしょうか?お父様。」

「そうだ。一体、どうして彼は食事に来ないんだろうか?」

「わからないです。」

「まぁ、同母兄弟と言っても大碓はもう成人して一人暮らしを始めているもんな。」

「ええ。」

「だが、それでも食事に全く顔を見せてくれないようでは心配になる。優しく丁寧に、食事に来るように(さと)してくれないか?」

「わかりました、お父様。」

 食後、小碓は大碓の家に行った。

 最初は大碓を呼んで食事に誘えばいい、とそう思っていた。だが――

「あれ?」

――家の前まで来て、小碓は違和感を感じた。

 大碓の家から女性の声が聞こえた気がしたのである。大碓は独身のはずなのに、何かがおかしい。

 小碓は息を殺して耳を澄ませながら、音をたてないように大碓の家に忍び込んだ。

「で、俺に親父を倒して大王になれと?」

(え?)

 小碓の耳に入ってきたのは、予想外の人物の声だった。

(大兄ちゃん?)

 櫛角別王のことを小碓は「大兄ちゃん」と呼んでいた。一番年長の同母系だからだ。

「はい、そうです。兄上に父に代わって大王になってほしいのです。」

 今度は、紛れもなく大碓の声だ。

「随分と思い切ったことを考えたものだな。」

「ええ。何しろ、私が父の妃を奪ったことがバレるのは時間の問題です。早急に決断しなければなりません。」

「で、勝算はあるのか?」

「既に大根王から全面的な協力の約束は得ています。後は、河内の印色入彦(いにしきいりひこ)の協力を取り付けることが出来れば、絶対に成功します。」

「で、俺が晴れて大王になる、と?」

「そうです!兄上が決断すると印色入彦も協力をしてくれるでしょう。」

「しかしだな、いくらなんでもお前が父親の女を奪ったことをもみ消すために反乱を起こすというのはな・・・・。」

「これは何も私の私利私欲から反乱をしようとしているのではありません!母上の故郷・播磨は今、狗奴国の攻撃を受けて大変な事態です。なのに、父上は何の手も打たない。こんな不義があり得ますか?播磨へ援軍を出すためにも、父上は倒さなければならないのです!」

「う~む・・・。」

「ちょっと、今から私は手を洗いに行ってきます。その間、考えていてください。」

 そういうと大碓は立ち上がり厠に向かった。小碓もこっそり後をつける。




 大碓が厠から出て来ると、その前に小碓がいた。

「兄さん、お父さんを倒すとはどういうことですか?」

「なんだ、聴いていたのか。今日の話は秘密だ。お前にはまだ早い。」

「ねぇ、隠さないでください!兄さんは自分が何をしているのか、わかっているのですか?」

「お前はまだ子供だ。何がわかる。」

「兄さんがお父さんを倒そうとしていることは、わかりますよ!」

「そう言えば、お前はもう16歳だったな。16歳にしては頭が良い方だ、お前ならよく話を聴けば事情が分かるかもしれん。」

「なんですか!?」

「いいか、父上は病的なほど女癖が悪いんだ。これは異常だ、このままだと国が亡ぶ。」

「お父さんに向かって何という口の利き方を!」

 そういうなり、小碓は数えで8歳とは思えない力で大碓の右腕を引っ張った。大碓は予想外の力にバランスを崩し、倒れる。

「おい、何をするんだ!」

「兄さんが悪いんです!どうしてお父さんのことをそんなに嫌っているんですか!」

 そう言いながら、小碓は大碓の背中を地面に押さえつけ、右腕を捻り上げた。

「ぐぁっ!」

 大碓が苦しそうな声を出す。とても16歳、実年齢では数えで8歳の力とは思えない。

「いいか、小碓、落ち着け!女癖の悪い大王は国を亡ぼすんだ、お前なら知っているだろ?母上の故郷・播磨は讃岐の王と氷上の女の痴話げんかに巻き込まれて大変な目に遭っているではないか!」

「うるさい!」

 小碓の耳にはもはや、大碓の声は届いていなかった。彼は自分の兄の腕を大きく持ち上げた。

 一体、どこからそんな力が出て来るのか、大碓の体は大きく宙を舞う。そのまま小碓は大碓を厠に向かって投げ飛ばした。

 ドスッ!

 ガラガラガラッ!

 鈍い音と同時に、大碓が厠に激突して厠は破壊される。

「何があったんだ!」

 慌てて家から櫛角別王が飛び出してきた。兄媛・弟媛も続いて出て来る。

「ウソだろ・・・・。」

 櫛角別王は、絶句した。


 そこには、粉砕された厠の中で頭から墜落している、変わり果てた弟・大碓の姿と、それを呆然と眺めているもう一人の弟・小碓の姿があった。

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