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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第三部 仲哀天皇篇
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7.仲哀天皇の血統-2

「筑紫はまだなのか!」

 大きく揺れる船の中、五十狭茅宿禰(いさちのすくね)は船員に訊く。その隣では一人の男が死んだように横たわっている。

「もうすぐですよ、ご安心ください。」

「この海の荒れぐらいはどうにかならんか!」

「あんまり文句を言われても困ります。暫く寝ていたらどうですか?」

「う~む、眠りたいのは山々だが・・・。」

 そう言って五十狭茅宿禰は自分の使命を思い出す。

 彼は大和の次期大王に内定している帯中彦を筑紫側の了解を得て大和に連れ戻す役割を担っている。そのために近江から丹後に出てそこから船に乗って筑紫に向かっていたのだ。

 ところが、もうすぐ筑紫というところで嵐である。

「ここの海、真冬になるともっと荒れますよ。こんなもんじゃないです、安心してください。私はこの程度の嵐はなれてますよ。」

「本当だな?」

「死ぬ覚悟がいつでもできているという意味です。」

「そういう意味で慣れても意味がないだろ!」

「これだから偉い人は。海を渡ろうというのならばもっと肝が据わっていないと。」

「うるさいなぁ。わかった、暫く仮眠をとる!」

 そう言って五十狭茅宿禰は横になって目を瞑る。

(大枝王と銀王に合うのも久しぶりだな。)

 例の兄妹を思い出す。あの二人も今や一男一女の親であり娘は帯中彦の妃だ。

(あの二人も帯中彦と一緒に近江に来るのだろうか?)

 だとすれば皮肉な話だ。大枝(おおえ)王と(しろかね)王の二人を筑紫に送ったのは他ならぬ五十狭茅宿禰自身なのだから。

 なんやかんやであの二人とは腐れ縁があるようだ。

(俺は一生、あの二人に振り回されていくのだろうか?)

 ふとそんな予感がした。


「やっと筑紫に着いたか!」

「ほら、大丈夫だったでしょ?」

「おお、そうだな。ありがとう。あとで褒美を与える。」

「それは有難い、じゃあ私はここまでで。」

「おお、褒美は私が近江に戻ってから与える。」

「なるべく早く戻ってきてくださいよ?」

「わかった、わかった、じゃあまたな。」

 自分を乗せた船を見送ると博多の地に歩を進めた。

「おい、お前はいい加減目を覚ませ。」

 五十狭茅宿禰は船の中でずっと死んだように横たわっていた男に声をかけた。

「・・・・まだ気分が悪い。もう海に入るのは怖い。」

「倉田別、お前はそれでも武人なのか?」

「来る前に行ったと思うが、ここ最近体調がすぐれないのだ。」

「・・・・そうだったな。それはともかく、今から帯中彦様にお会いしなければならん。」

「帯中彦様はどのような方であったか?」

「知らん。恐らく父親の大和建様に似ておるだろう。」

「ふ~む、私は大和建様というと背が高いという事しか知らないのだがな。」

「そうか、じゃあ仕方あるまい。とりあえず、大枝王と銀王の二人に会えると直にわかるだろう。」

「そうだな、お前は大枝王様に銀王様と親しかったと聞いている。」

「まぁ、それも昔の話だがな。」

「悪しき先例にならなければよいな。」

「悪しき先例?何のことだ。」

「兄妹の愛欲の末に生まれた女でも大后になれるとなれば――」

「それ以上言うな。いやしくも王族の方相手に不敬であるぞ。」

「お前は潔癖なのか、現実主義者なのかわからなくなることがあるな。」

「清濁併せのまないと政治はやってられん。」

「そうか、確かにそれはそうだな。」

「それはそうとさっきと比べるとすっかり元気になったようだな。」

「そうだな、少し歩きながら語ると元気が出てきた。いや、むしろ武人の血が騒いでいる。」

「そうか・・・・。」

「体を張って帯中彦様にお帰り頂こうという使命感だな。」

 二人は暫く静かに歩き続けた。

「当てもなく南の方に歩いているが、道を聞かなくてもいいのか?」

 ふと倉田別が口を開く。

「それもそうだな。」

 そういうなり五十狭茅宿禰は近くを歩いていた男に声をかけた。

「大枝王様と銀王様の家は知らないか?」

「知らんなぁ。私は見ての通り庶民なのでね。」

「そうか、それは申し訳ない。」

「あんたはどこに人なんだ?」

「大和の官吏だ。」

「そうか、まぁ頑張ってくれ。」

 こちらの身分を全く気にしない百姓の態度に若干の不快感を覚えつつ、五十狭茅宿禰は倉田別の方を向いた。

「筑紫は身分秩序が厳しいと聞いたのだがなぁ。」

「そっちを突っ込むか!大和からいきなり人がやってきて礼節を尽くせと言う方が無理筋だろ。」




 当時の倭国の身分秩序については『魏志』「倭人伝」に記されている。

「下戸、大人と道路に相逢えば、逡巡して草に入り、辞を伝え事を説くには、或は蹲り或は跪き、両手は地に拠り、之が恭敬を為す。対応の声を噫という。比するに然諾の如し。」

 身分の低いものが上位の身分の者と話をするときは跪いて話をすることになっていた。ただ、刺青によって身分が明確になっていた筑紫の住民には大和の人間がいきなり来ても対応に困る所はあっただろう。




「筑紫では刺青の種類によって人間の身分がわかるというが、ほら、中には刺青をしていない人もいるぞ?」

 五十狭茅宿禰は一人の若い男をさした。

「おお、もしやあの人が帯中彦様か?」

「バカな、帯中彦様の背があんなに低いわけないだろ。」

「しかし、大和かどこかの出身の人の可能性は高いぞ?」

「そうだよな、ちょっと聞きに行って来る。」

 そういうと倉田別は刺青をしていない男の方へ向かった。

「こんにちは。大和から来た倉田別という者ですが・・・。」

「おお、それは奇遇だな。私も親が大和の王族だ。」

「え?それはそれは・・・もしや、大名方(おおながた)王様でございますか?」

「如何にも。大枝(おおえ)王と(しろかね)王の長男である。」

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