表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第三部 仲哀天皇篇
60/61

6.新羅の事情-2

 新羅の儒礼(じゅれい)王が王族・重臣を招集して会議を開いた。

「久しぶりだな、弘権(こうけん)殿。」

 金末仇(まっきゅう)が弘権に笑いながら声をかける。

「末仇様、お久しぶりですね。」

「弘権殿は今回の会議が何の議題かご存知か?」

「さぁ、私は永くこの国の宰相をしておりましたが、王様は会議が始まってからのお楽しみだといっておりましたが。」

「そうか、それは良い。」

 そういう末仇の顔は「してやったり」という感情を隠そうともしていなかった。

 一方、弘権は顔にこそ出さなかったが末仇のことを内心で嘲っていた。

(こうも簡単に誤魔化されるとはな。若造よ、あまり調子に乗るんじゃないぞ?)

 金末仇が王族の席に向かうと儒礼王が部屋に入って来た。金末仇の顔が一気に笑顔になる。

 儒礼王が席につくとその場の一同が厳粛な顔で座った。だが、末仇だけは悦びを隠せない顔であった。

「本日の議題であるが、これはとても重要なことであるので心して聞いてほしい。」

 国王の言葉にその場の一同は襟を正す。

「ご存知の通り、現在我が国は長峯城を倭国に占拠されてしまっている。この現状をどう打開すればよいのか、余もこれまでよくよく考えたが中々妙策は浮かばなかった。」

 そういった後、儒礼王は一同を見渡した。

「余は倭人の地が入っているとはいえ新羅の王だ。新羅の土地が倭人に不法に占拠されているのを見過ごすわけにはいかないのだ!」

 そういう儒礼王の言葉にその場の一同は内心で震えた。

(まさか、倭国との全面戦争をする気なのか?)

 金末仇と弘権だけが済ました顔でいる。

「しかしながら、長峯城をいくら攻めても倭国には勝てなかった。そこで、だ。余はもっと根本的に倭国に一撃を与えたいと思う。」

 一同が固唾をのんで次の言葉を待つ。

「百済と講和する。そして、百済と共に倭国の本土を強襲するのだ!」

 一同は静まりかえった。


 倭国が筑紫を中心に統一されようとしていたころ、韓国は新羅と百済の二国によって統一が進められていた。韓国統一の過程で新羅と百済の対立は避けられなくなっていた。

 儒礼王の義兄で前代の王である味鄒(みすう)王は百済に対して強硬な姿勢を貫いた。味鄒王の率いる新羅軍は何度も百済軍を破ったのである。

 やがて味鄒王が亡くなりその妃の弟である儒礼王が即位した。儒礼王は穏健派であるという情報を得た百済は新羅に対して講和を申し入れたが儒礼王はそれを断り今に至っている。

 儒礼王が百済に対して強硬に出た最大の理由は味鄒王時代からの臣下を国政から排除せずにその協力を得るためである。味鄒王は姉の夫とは言え金氏の人間であり、昔氏の儒礼王とは別の氏族だ。新羅の王家は金氏、昔氏、朴氏の三家で構成されており下手に味鄒王の政策を否定すると金氏と昔氏の感情的な争いで国が分裂してしまう。

 だが、儒礼王は何も国内事情だけで百済に対し強硬に出たのではない。国際情勢をにらんだ判断があったのだ。

 朝鮮半島の北部はこれまで中国の晋が統治していたが満洲の高句麗が侵入してきている。また、南部には日に日に存在感を増している倭国がいる。百済と新羅が軍事衝突していると韓国の外部の勢力が漁夫の利を占めて韓国全土が植民地に陥るかもしれない。

 事実、過去には魏が韓国全域が中国の領土であると主張して軍を進めてきたことがあった。その時は新羅よりもむしろ百済の方が大きな被害を受けている。百済もそのことを充分承知しているから韓国内部での争いに力を割かないはずだ。

 さらに儒礼王が即位してから新羅と倭国の関係も良好だ。百済としては下手に新羅を攻撃して倭国を刺激することを望んではいないはずだ。

 そういった情勢を総合的に判断し、新羅は百済とあえて講和を結ぶ必要はないと判断したのである。実際、儒礼王が即位してから百済とは講和をしていないにもかかわらず、新羅と百済の間で大規模な戦闘は起きていない。


 その儒礼王が百済との講和を口にした。


「私は断固として反対します!」

 そう叫んだのは弘権だった。その場にいた一同は驚いて弘権の顔を見る。儒礼王の側近として知られる弘権が正面から王に反対するとはだれもが想定していなかった。

「弘権殿、我が君の方針に反対するのかね?」

 末仇がすかさず突っ込む。しかし彼も弘権がここまで堂々と反対するとは想定外だった。

「私の訊いてから判断していただきたい。」

 弘権は末仇に向かってそういうと儒礼王の方に向かって言った。

「王様、畏れ多いことではありますがここで愚見を述べさせていただいてよろしいでしょうか?」

「良いだろう。」

 儒礼王の言葉を聞くと弘権は用意してきたセリフを一気に述べた。

「まず倭国の本土を攻撃するということですが、荒海(こうかい)として知られる東海(トンヘ)を越えて倭国の筑紫まで攻めていくというのですか?倭国は陸続きではありません。吾々新羅人は倭国と交易のために荒海を越えたことがあるとはいえ海戦の経験はほとんどありません。倭国の本土に届く前に敗北する恐れがあります。この遠征計画はあまりにもリスクが大きすぎ、不測の事態が起きないとも限りません。さらに百済と講和と言いますが百済は決して信用できる国ではありません。百済が韓国統一を目指していることを忘れないでください。今は新羅が強いから講和を申し入れていますが、もし万が一我が国の軍が倭国に敗北するようなことがあればその隙をついて攻撃してくるでしょう。このような国と共に謀って倭国と戦うというのは無謀なことのように思えます。」

 儒礼王は弘権の言葉を頷きながら聴き、

「わかった。」

と一言述べた。


 その一言で末仇は自分が嵌められたことを悟った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ