4.小碓と伊勢のおばさん-1
兄弟とは、似ているようで似ていないものである。
大和の大王・大帯彦は、先代の大王とその正妃・日葉酢姫の間に生まれたが長男ではなかった。異母兄弟はもちろん、同母兄弟にも兄がいたのである。
長兄の印色入彦は、好戦的な性格であった。彼が大王になっていれば大和も今のように平和にはなっていなかっただろう。先代も好戦的な大王であったが、先代が後継者に指名したのは兄の印色入彦ではなく、大帯彦であった。
兄だけではない。妹も大帯彦とは正反対の性格だった。
大帯彦の同母妹の大和姫は常に政治から距離を置いていた。また、女好きな兄とは対照的に、独身のまま天照大御神を祭祀して今は伊勢で巫女をしている。
「う~む、どうして兄弟はかくも似ていないものかなぁ。」
大帯彦がつぶやくと、妃の一人・八坂入姫が言った。
「だけど、兄弟それぞれ自分の好きなことをして、それで処を得ているのですから、それで良いではありませんか。」
そう言いながら、八坂入姫は自分のお腹をさする。彼女は今、子供を身籠っていた。
「お前の子供は仲良くできるだろうか?」
「どういうことですか?」
「例えば、稲日姫の子供たちとは仲良くしてくれるだろうか?」
「それは大丈夫ですよ。私と稲日姫も仲は良いでしょ?」
「そうだな。お前たちは嫉妬をしないもんな。」
「本気で、そう思っていますか?」
そう言いながら八坂入姫は苦笑した。
浮気性な夫を持って、嫉妬の念を抱かないことはあり得ない。大帯彦はそういう感情には本当に鈍感だ。
ただ、妃たちも大帯彦の浮気症には半ばあきらめている。これ以上嫉妬しても意味がないから、表に出さないだけなのだ。
「まさか、私のことを内心では浮気性な男だと思っているのか?」
「さぁて・・・・。そういえば、最近、大碓様が朝食に来ませんね。」
八坂入姫はとっさに話を逸らすことにした。
「そうだなぁ。ここ四日ほど来ていない。」
「稲日姫様やほかのお子様は来ておられますのにね。あ、櫛角別王様は元から来ていませんが。」
「そうだな。大碓に小碓――彼らは私によく懐いてくれていた子なのだが。」
「小碓様については、大和姫様がよく目をかけておられましたね。」
「そうだな。なんか、小碓を見ると不思議なオーラか何かを感じるらしい。」
「大和姫様が言われるのですから、間違いないのではないですか?」
「お前は本当に大和姫が好きなんだなぁ。」
「大和姫様は素晴らしい霊感をお持ちの方ですから。」
「霊感がある人間が素晴らしいとは限らんのだよ。」
「天照大御神様を祀られておられる方です。大和姫様は何が本物かを見抜く力をお持ちだと思いますよ?」
「小碓が、本物だと?」
「ええ。」
暫く、沈黙が流れた。
「明日も大碓が来ないようだったら――」
「え?」
「いや、明日も大碓が来ないようだったら、小碓に彼を説得させてみようかな、と思ったまでだ。父親を怖がることはないんだ、とな。」
「――やっぱり、大碓様が来ない原因をご存知なんですね。」
「ああ。罪悪感に捉われた可哀想な子供だ。」