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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第三部 仲哀天皇篇
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5.天界の計画-1

「もう、面倒なことになったわね。」

 奈留多(なるた)姫は目の前の女に向かって言った。

「これも()()()()の策謀なの?」

「今の私は女よ?」

「もう、そういうのやめて!私、こんな女に知り合いはいないから。」

「・・・・・・。」

 女性は少し黙ったかと思うと、奈留多姫の方を向いてニヤリとした。

「じゃあ、これでどう?」

 そう言うなり龍の姿に化ける。そして両手の珠を奈留多姫に投げる仕草をした。

「え?」

 奈留多姫が驚きの声をあげると同時に、彼女の姿はかき消えそこには一人の青年が立っていた。

「ねぇ伊吹言主(いぶきことぬし)~、お久しぶりね。」

 龍からはさっきの女性と同じ声がする。

「せ、瀬織津姫――お前がこんな強引なことをするとは珍しいな。」

 そう、この女性は瀬織津姫だった。

「だって、こうでもしないといつまでも奈留多姫のままでいたんでしょ?」

「――どうしようが私の勝手だ。」

「私は伊吹言主の意思をいつも尊重するけど、ちょっとねぇ。」

「どうした?」

「いつまでも貴方のお父さんの役をしているわけにもいかないのよねぇ。というか、私に鵜草葺不合(うがやふきあえず)の役をしてほしいのならほおっておいても近いうちにその機会は来るから。」

「そんなに迷惑だったのか?」

「いや、迷惑という訳じゃないの!ごめんね、変なことを言って!怒ってない?」

「別に怒ってないから。というか、私が怒るよりも龍が喋っている方が怖いから。」

「あれぇ?伊吹言主って龍が怖いの?」

「うるさい!あんまり言うと帰るぞ!」

「ああ、ごめんごめん!」

 そう言うなり龍は再び女性の姿になった。

「お願い!帰らないで!」

「お前がふざけ過ぎなのが悪いんだろ!」

「ちょっとちょっと、それは本当にごめん!お願い、帰らないでよ!」

「私は男になった時も女になった時も天界のアイドル、お前一人に構っている暇はないんだ。」

「そんなぁ!私は伊吹言主が好きなのに!」

 そう言う瀬織津姫を見て伊吹言主は呆れた顔をしていった。

「それだから私は瀬織津姫分霊(わけみたま)の時のお前と話したくないんだ。」

「――やっぱり私の恋愛感情が迷惑ですか?」

「私のお父さんだった時とは、まるで別人・・・・。」

「――すみません。あ、そう言えば私になんか話があるんでしたよね?」

「もういい。今日は疲れた。帰る。」

「ちょっと待ってくださいよ!私も悪かったですから、お茶でも少し飲みながら話を!」

「・・・・よくわからない理屈だが。」

「はい!玄米茶です!」

「あ、ありがとう。」

「知ってる?玄米茶ってね、まだ人間界には存在しないお茶なんだって!」

「そうか。というか、今のところ人間界でお茶を飲んでいるのは支那だけだもんな。倭国にはまだまだだ。」

「そうね。早く倭国にもお茶が伝わると良いわね。」

「瀬織津姫の力で倭国にお茶を伝えたりは出来ないのか?」

「う~ん、お茶は嗜好品、要するに商品作物だから今の倭国の経済状況では難しいわね。もっと倭国の食糧生産に余裕ができて市場が発達してからじゃないと。」

「お前はそこらへん詳しいよな、お父さんと話しているみたいだ。」

「ええ、貴方が人間界で奈留多姫という女性だった時はお父さんでしたよ?」

「今、私たちは色界にいるため親子、男女といった関係に束縛されることはないが、やはり人間界のことは懐かしく思う。」

「それは私も一緒。安心して?私も人間界に行くときは鵜草葺不合の姿になるから。」

「本当か?瀬織津姫の姿で武内宿禰や甘美内宿禰と度々あっていると聞いたが。」

「確かに武内宿禰とは瀬織津姫の姿で会っているけれど、甘美内宿禰と会ったのは一回だけよ?」

「まぁいい。帯中彦(たらしなかつひこ)を大和の大王にしようとしたのは?」

速秋津姫(はやあきつひめ)ね。私は関係ないわ。」

「お前がそう言う言い方をするということは反対なのか?」

「それは瀬織津姫に聞いているの?」

「そうだ。」

 今、ここにいる瀬織津姫と伊吹言主は両方とも分霊である。瀬織津姫も伊吹言主も様々な意識を持った分霊の集合体なのだ。

「瀬織津姫の意思はね――」

 分霊単体の言葉よりも瀬織津姫意識全体の言葉の方が当然重みは強くなる。

「――業の自壊作用が懸念される、ということよ。」

「ああ、例の近親愛か・・・・。」

「そう。恋愛での悪業は子孫にも引き継がれる。帯中彦の妃は両親の罪を背負って生きているの。当然、そんな女と結ばれた帯中彦もその業を背負うことになる。」

「確かに。それはきついことだな。」

 男女が結ばれるということは陰陽の気が交わるということ。兄妹でそれが行われると一つの家の中で陰陽の気が停滞し、陰陽の調和が乱れる要因となる。

 特に、国家の祭祀を担う大王の家の引用のバランスが崩れると様々な支障が生じる。にもかかわらず、兄妹愛の末に生まれた女性が大后になろうとしているのだ。

「だから私はあの女が大后にならないように、いや、大后になる流れはもうすでにできてしまっているけれども、せめてあの女の子が次の大王にならないように全力を尽くすつもりなの。」

「わかった。――だけどそれでいいのか?」

「え?」

「それでは誰も救われないだろ。」

「――業の自壊作用を起こすのが私の役目。なるべく人が苦しまないように努力するけれど・・・・。」

「わかった。じゃあ、私は人間界での仕事があるから帰る。」

「頑張ってね。」








・・・・・・・




・・・・・・・・・




「今の夢は何だったのだろうか?」

 玉垂姫(たまたれひめ)は目を覚まして怪訝な顔をした。

「なんか変な夢を見ていたような・・・・。」

 自分が龍によって男に化かせられ、何やら小難しい話をしていた気がする。その話の8割は理解できなかった。

(これって、何かの予兆なのかな?)

 ふとそういう考えが脳裏に浮かび夢の詳細を思い出そうとするのだが、中々思い出せなかった。

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