Prologue
何度か来たことがあるような――そう思いながらも少女は自分がどこにいるのか、理解できなかった。
しかし、そこは心地良い場所でった。
「久しぶりね。」
その声に少女はハッとする。ここは夢の中なのだ、と。
「やっぱり、私たち似てるわね。」
そういう声とともに、目の前に少女にどことなく似た別の少女が顕われる。
「そうなの?」
今、目の前にいる方が美しい――そう、少女は夢の中のそっくりさんに若干の嫉妬心も持ちながら思った。
「貴女の方が美しいわ。」
これは夢の中での願望なのか、というぐらいに夢の中のそっくりさんは返事をする。
「ねぇ、貴女は誰なの?」
少女はそっくりさんに聞いた。
「私?」
そういうとそっくりさんは微笑む。
「私は貴女の守護神よ?」
「守護神?」
「ええ。私は月と芸術の女神。名前は――そうねぇ、人間界では『奈留多姫』でどうかしら?」
「呼んだ?」
一人の三十代半ばを過ぎたぐらいの男性の前に、突如として一人の少女が姿を顕す。
「瀬織津姫、か?」
「ええ、そうよ?甘美内宿禰さん、一体何の用で私を呼んだのですか?」
「さすがは女神、名乗りもしていないのに私の名前がわかるのだな。」
「で、人間が私に何の用?」
少女は露骨に不機嫌そうな顔をする。その幼いながらも上品な容姿には女神らしさがあるとはいえ、その表情は子供のようだ。
「なんだ、瀬織津姫は人間を見下すのか。」
予想外の女神の反応に甘美内宿禰は溜息を吐く。
「瀬織津姫にも色々な人格があるの。要件次第でも態度は変わるしね。まぁ、私はあんたには期待しないけど。」
「私は貴女に嫌われるようなことをした覚えはないのだが。」
「時々いるわね。貴方みたいな勘違いした人間が。それで、どういう用件で私を呼びだしたの?」
「中々手厳しい女だな。まぁいい。人間が神に聞くことは一つに決まってるだろ?私はどうしたらいいんだ?」
「ふ~ん、自分の地位とか名誉とかを守るために神を呼び出したわけね?」
「私は貴女が兄上を助けていることを知っているのだが。」
「あら、彼を兄として認めていたのね、」
甘美内宿禰に同母兄はいない。だが、異母兄はいた。――武内宿禰だ。
「兄上を導いたように私を導いてくれ!」
「それは無理ね。」
「どうしてだ?」
「だって、私、武内宿禰を導いた覚えなんかないわ。」
「何を言っているんだ!この国の政治を天界から操っている黒幕が誰か、私が知らないとは言わせないぞ!」
「へぇ、そういう見方が如何にも人間ね。大王家の人間じゃ天照大御神様を祀ることを第一にするべきなんじゃないの?」
「何が言いたいのかよく分からないが、我々人間には天照大御神様の考えなどわかる訳がない。だから貴女を呼びだして何をすべきかを聴いているんだ。」
「だから、何をすべきかは自分で気づかないとね。じゃあ、これ以上人間と話しても不毛なやり取りが続くのでさようなら!」
そういうなり瀬織津姫の姿は消えた。
「大王様、帰って参りました。」
若き武将・八玉荒金が筑紫の大王・建玉彦に膝をついて報告している。
「ご苦労でった。大戦果であったと聞いているが?」
「とんでもないことでございます。新羅の城を一つ落としただけであります。」
「それで良いではないか!相も変わらず前王以来の反倭国路線を踏襲する新羅にお灸を据えることが今回の目的、別に新羅を征服する意図がある訳ではない。城を占拠してやると新羅もビビって直に自分から我が国に服属するようになるに相違ない。お前の功績だ、しばらくはゆっくりと休まれよ。」
「ありがとうございます。」
「一つ聴きたいが、お前の感触では新羅はやはり強いのか?」
「そうですね、簡単に勝てる相手ではありません。」
「そうか、まぁ良い。どんな敵であれそれを打ち破ったお前の功績は倭国の歴史に残るだろう。一応、今後の対新羅政策についてアドバイスがあれば教えてほしいが。」
「捕虜を取り調べたところ、今の王は倭人の血を引いていますがだからこそ倭国に強硬である、とのうわさが新羅では広まっているとのことです。」
「ほぉ、それは面白い。しかし、水よりも薄い血は存在しない。やがて彼も倭国に楯突いたことを反省する日が来るだろうな。」
そういうと建玉彦は八玉荒金に下がるように命じた。
その後、彼は舎人に妃の玉垂姫を呼ぶように命じた。
「何でしょうか?」
しばらくしてから玉垂姫が部屋に入って来る。
「あの男、どう思う?」
「どう思って、直接会ったわけではありませんが、武将としては優秀なのではありませんか?」
「信用できる男か?」
「信用?それは、貴方様と一緒でしょ。」
「どういうことだ?」
「どちらも女好きで女性としては信用できません。」
「ハハハ、そうだな。しかし声を聴くだけでそれを見抜けるとはさすがだ。ところで、新羅についてはどう思う?」
「新羅は好きな国ですね。しかし、怖い感じもします。」
「怖い?」
「なんとなく、下手に関わると危ないような予感が・・・・。」
玉垂姫は霊感のある女性であった。建玉彦も彼女の霊感を重宝していた。
「新羅とも手打ちしないといけないのだが、相手の国の反倭国感情が強すぎる。下手に妥協すると我が国が大幅な譲歩を迫られるからな。」
そう言った後で建玉彦は玉垂姫の方を向き「すまん、心配することはない。聴いての通り、我が国は今新羅を圧倒している。」と言って笑いかけた。