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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第二部 陰陽干犯篇
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30.若帯彦と武内宿禰-5

 大和の首都・纏向は近江の大津への遷宮で賑やかになっていた。

「大和の国の外に大王の宮が遷るとは、前代未聞の事態だもんな。」

 纏向の町を歩きながら若帯彦(わかたらしひこ)がつぶやく。

「全く、私も大王様に聞いた時は驚いたものだが、ふたを開けてみるとみんな『そういうもの』として受け入れているのだから、民衆の適応能力は凄いわ。」

 武内宿禰が返した。

「で、今からいく足鏡別(あしかがみわけ)王だが・・・・。」

「おお、そうだよ武さん。彼はどうしているんだ?」

「やっぱり、母親の故郷である山代ではなくて近江なのが気に入らないそうだ。」

「というか、近江は彼の母親ではない別の大和建の側室の故郷だもんな。」

「そう言うことだ。彼はだな、すっかりいじけてしまって自分は山代で余生を過ごすとか言い出した。」

「そう言って彼を山代に連れて行って反乱でも起こされたらかなわんな。」

「そうだろ?何としてでも、彼にも近江に来てもらわないと困る。何なら、何かの役職なり権利なりを与えてでも、だ。」

 そう言いながら二人が足鏡別王の家に向かうとその家のものがかなり慌ただしくしている。

「ちょっと、君たちの主人にようがあるのだが?」

 武内宿禰が足鏡別王の舎人か使用人と思われる一人に声をかける。

「すみません!今ちょっと忙しくて!」

「忙しいのは見ていてわかるが、ここにおられるのは太子・若帯彦様であるぞ?」

「え?あ、申し訳ございません!ちょっと足鏡別王に確認して参ります!」

 彼はあわてて家の奥に飛び込んだ。

「これはちょっと尋常ではなく忙しいようだな。」

 武内宿禰がつぶやく。

「山代で本当に反乱でも計画しているのだろうか?」

 腑に落ちない、と言った顔で武内宿禰が言った。

「あ、若帯彦!それに武内宿禰殿!すまない、父上の訃報を聞いたもので・・・・。」

「訃報?」

異母兄(あにうえ)が無くなられたのか?」

 武内宿禰と若帯彦が驚きを隠せない表情で言う。

「そうなんですよ!私も異母兄の建貝児(たけかいこ)王から先ほど連絡が来たばかりで、建貝児王も今日になって初めて知ったということです!何というか、急すぎて父上の死を受け入れるのは難しいというか・・・・。」

「落ち着け。で、これからどうするんだ?」

 若帯彦が聞く。

「決まっているでしょ!父上のところに兄上や母上たちと一緒に行くのですよ!既に建貝児王は準備を始めています。」

「わかった。大和建は私にとっても兄だ。私だって兄上の葬儀には参列したい。何しろ、私の異母兄の中で唯一と言っても良い英雄が彼だ。だが、近江遷宮のせいで私はそれを叶えることができない。頼むぞ!」

「ええ!」

「それにしても、お前は本当に父親のことを愛していたんだな。息子に愛されるとは、兄上も幸せ者だ・・・。」

 若帯彦の息子は幼くして亡くなっている。そうしたことを若帯彦は思い出していた。

「父上を愛している、ですか・・・・。さほど愛情を注いでくれなかった父ですけどね。」

「うん?まぁ、兄上は忙しかったもんな。」

「そうですよね・・・。お疲れ様、と言ってあげたいです。あ、それでは準備があるので。」

「ああ、わかった。時間を取らせて申し訳ない。私はこれで退散しよう。」

 そう言いながら若帯彦は武内宿禰を連れて彼の家を去った。

「武さん、あんたの予想通りになったな。」

「ええ。そうですね。」

 そう言った後、二人は暫く無言で歩き続けた。

「どうして大和建が帰ってこないことが判ったんだ?」

 再び口を開いたのは若帯彦の方だった。

「それがこの世界の法則だからですよ――大和建自身、無意識にそのことを察していたと思いますし。」

「え?」

「だから、草薙剣を尾張に置いてきたのでしょう。」

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