29.剣のヤマトタケル-10
「叔母さんに、早く会いに行きたい・・・・。」
そう言いながら大和建は杖を突きながら歩いていく。
「もう伊勢の国に入ったようですね。」
部下がそう言って彼を励ましていた。
「ああ、私の脚は三重に曲がった道のようになりとても疲れてしまった!」
大和建は叫んだ。
それ以来、その地を「三重」と呼ぶようになった。伊勢国が今三重県に含まれるのはそうした経緯があってのことである。
彼は叔母に会いたいとは言っても父に会いたいとは言わなかった。
もはや父が自分の私を望んでいることを、大和建は疑わなくなっていた。迷いながらも父を信じようとしていた彼の姿は、あの伊吹山の一件以来消えてしまっていた。
それが伊吹山の神の呪いのせいかはわからない。だが、大和建が心身ともに完全には回復できていないことは、誰の目にも明白であった。
「将軍、この坂は迂回した方がよろしいのではないですか?」
大和建は目の前の急な坂を杖を突きながら登ろうとしていた。
「うるさい!私を誰と思っている!いいか、この坂は私が杖を突きながら登っているから、杖衝坂と名付けよ!」
そう言いながら大和建は坂を登り続ける。
「伊吹山の一件で反省したと思いきや、まだ自分の力を過信しておられる・・・。」
「実際に力がないわけではないのが厄介だな。」
部下は小声で愚痴をこぼしながらも、大和建についていった。
「また雹が振るんじゃないか?」
「縁起でもないことを言うなよ。」
そんな部下の心配をよそに大和建は坂を登り切った。
「ほらみろ、ついに登り切ったぞ!」
「・・・・将軍、大丈夫ですか?」
「うん?」
「その足ですよ・・・・。」
見ると、疲れ切った足を杖を突きながら酷使したせいで、両足からは血が多量に流れていた。
そこまで血を流しながらも登り切った大和建はやはり凄い人である、大王・大帯彦が彼を人間ではなく神の化身だといったのは間違いではなかったのだ、等と妙に納得した部下もいたが、当の大和建はもはや疲れ切って止血する気力すらなくなっている。
「将軍!ここに湧き水がありますので、とりあえず血を流しましょう!」
部下の一人が湧き水を探し出してきて言った。
「おお、ありがとう。」
大和建も部下に身体を支えられながら湧き水のところまで行って足を洗い止血する。
「疲れた・・・・。」
「将軍、休まれますか?」
「いや、それでも私は叔母さんに会うまでは休むわけにはいかん!」
良いとしした大人が駄々っ子のように言うので部下も不安になった。
「最初は順調に進んでいたのになぁ。」
大和建は最初、東国に遠征に行ったときのことを思い出す。草薙剣のお蔭で九死に一生を得るなど、自分は神に守られているとの確信があった。
それなのに、今のこの自分の様は何なのか!自分でも何か様子がおかしい、ということはわかる。
大和建も薄々その原因を感じ取っていた。――叔母さんに託された剣を尾張に置いてきたからだ。
父を恨み、神に負け、体調を崩す自分は本当の自分ではない――そう思いつつも、大和建の体を病魔は侵略する。これに対抗するにはひたすら動き続けるしかない――それが大和建の判断だった。
「では行くぞ!」
大和建は部下に身体を支えられながら進んでいく。
部下も薄々大和建がそう永くはないことを悟りながらも、せめて最後には彼を愛する叔母の下に連れて行ってやりたいという思いで運んでいく。
だが、能褒野に来た時だった。
「将軍!大丈夫ですか!?」
大和建は急に発熱し、危篤に陥った。
「大変だ!直ちに大和と神宮に連絡をしないと!」
部下が騒ぐ。何人かの部下がそれぞれ大和と神宮の方に向かって駆けていく。
「将軍!どうですか?」
「・・・・ああ、最後の、最期に、歌を詠みたい。」
「う、歌ですね!きちんと記録しますので!」
「頼むぞ・・・。」
そう言いながら大和建は尾張に置いてきた草薙剣を思い返しながら歌った。
「嬢子の 床の邊に 我が置きし 剣の太刀 その太刀はや」
そう辞世の句を言い終わると彼は静かに息を引き取った。




