27.大枝王と銀王-15
「もう、大和でのことがはるか昔の話に思えて来るな。」
「ええ、そうですよね・・・・。」
処は筑紫。大枝王と銀王がくつろいでいた。
大和建の正妃・両道入姫が二人を快く迎え入れてくれたこともある。
だが、何よりも大和での生活が二人にとって決して良いものではなかったのだ――二人はそのことを実感していた。
二人が筑紫に来た最初の方は、銀王は毎晩のようにうなされ続けていた。
武内宿禰の出て来る悪夢を見てきたのである。
或る日は、武内宿禰と喧嘩をする夢を。また別の日は、大枝王が武内宿禰に殺される夢を。
そして、一番辛かった夢は――夢の中で大枝王に
「お前は俺と武内宿禰、どっちが好きなんだ?」
と、問われる夢であった。
そうした夢を見るたびに銀王は悲鳴を上げて飛び起きていた。
まだまだ15歳の少女である銀王は、表向きはしっかりとしていても心の傷はまだ十分には癒えていなかったのである。
「お前は本当は武内宿禰が好きなんだろ?それじゃあどうして筑紫まで来たんだ?別に俺の母親が筑紫の王族だから来ただけであって、お前が必要なわけじゃないんだ。」
こんな冷たいセリフを言われたのは、ある日の夜中の夢の中。
「やめて!私は大好きなの!」
一体、その「大好き」の対象が誰なのか自分でもわからないまま夢の中で大声で叫び、そして、目が覚めた。
(やっぱり、あの人は好きになってはいけない人だったというの?)
兄であり夫でもある大枝王のことではない、武内宿禰のことだ。
兄は「好きになってもいい人」だった――その証拠に、私は今、兄とともにいる。しかし、武内宿禰は――
銀王は夜中であるにも関わらずそっと外に出た。大枝王を起こさぬように配慮しながら。
夜空を見上げると満月が浮かんでいた。
「神様・・・。」
思わず、そんな言葉が出た。
月の神様は霊界を支配しているという。恋愛のことも霊界での因縁が関わっているというが――
「神様!神様!神様!」
涙を流しながら銀王は月に向かって叫んでいた。
「神様!どうして――」
やり場のない感情が噴き出す。
「どうして、私とあの人を同性にしてくれなかったのですか!?」
噴き出した感情は留まることを知らなかった。
気が付くと、銀王は地面に伏せて号泣していた。
(どうして、そんなことを訊くの?)
ふと、月の神様に言われた気がした。
(だって――もしも・・・)
もはや銀王の声は声にならない。
(もしも同性だったら、私たち、普通に仲良くなれたのに・・・・。)
ここまで言葉を繋げると、武内宿禰と争った日々を思い出して再び号泣した。
(私は、あの人と異性であることで、苦しんだ。)
もしも武内宿禰と銀王が同性であれば、銀王は何も「好きになってはいけない人」を好きになることなど、なかった。
(神様はどうして私たちにこんな苦しみを背負わせたの?)
その返事への答えは、なかった。
「最近はしろちゃんの調子も良くなってきたようで、本当に嬉しいよ。」
大枝王の一言で、銀王の回想は終わった。
「大枝さんのお蔭です。私のことを愛してくれた人だから。」
「そうか、それなら良かった。二人の愛情は結局、誰も引き裂くことが出来なかったんだもんな。」
「フフフ、無理に引き裂こうとすると火傷しますね。」
「そうだな。――そうそう、父上が宮殿を近江に移すという情報が入ってきたが。」
「もう大和のことなんかどうでも良いですよ。」
「そうだよな。」
「ええ、ここで二人で楽しく過ごせたらそれでいいんです。」




