26.剣のヤマトタケル-8
「もう尾張に来たのだよな・・・。」
美濃と尾張の境界の峠を大和建は下ったところだった。
「美夜受姫様が恋しいですか?」
従者が聞く。
「ああ、そうだったな。私の妃の一人になる女性だった。」
「・・・・あまり奥様のことが恋しくないようで。」
「いや、私はすべての妻を愛しているよ。ちょっと、東征が長引いて忘れ気味になっていただけだ。」
「美夜受姫様が聞くと悲しまれそうな言葉ですね。」
「そんなことで悲しむ女性が私の妃になる訳、無いだろ。」
「まぁ、そうですが・・・。」
「とりあえず、美夜受姫に遭えるのは楽しみだ。」
「そうですね・・・あ、将軍、あそこから誰か来ますよ?」
兵士の一人が遠くを指した。
誰かが走ってやってきている。
「誰だろうか?」
「地元の人じゃないのか?ちょうどいい、道案内を――」
「大和建様ですか!?」
一人の男が全速力で大和建の前にやってきた。
「おお、そうだが?」
「私は、尾張国造・建稲種公に仕える久米八腹と申します!本日は、建稲種公の訃報を伝えに参りました。」
「何!?本当なのか?」
「ええ、残念ながら本当の事でございます!泣きたい気持ちを抑えつつ、、妹君の婚約者であらせられた大和建様にお伝えせねばとここまでやってまいりました!」
「ああ、現はこれだから嫌だ!」
大和建は絶望の入った声で叫んだ。
「義兄に生きて結婚の挨拶をすることも叶わないとは!」
尾張に戻った後、大和建と美夜受姫の結婚式は比較的スムーズに進んだが、あまり祝賀モードにはなれなかった。
他ならぬ、建稲種公の逝去が原因だった。
そして、不運は続いた。
「もう出発するのですか?」
美夜受姫は大和建にきいた。
「兄さんも貴方がずっと残られる方が喜ぶと思いますよ?」
「それはそうかもしれない――だが、父上の命令があるのだ。」
大和建はため息をついた。
結婚式の直後、大和から急遽指令があり「伊吹山の神を退治せよ」ときた。
「父上は私に妻と過ごす暇も与えないのか!」
そうは言って見たものの、やはり大王の命令には従わざるを得ない。
「義父様は大和建様を嫌っているのでしょうか?」
美夜受姫が心配そうに言う。
「全く、そうだとしても驚かないな。」
大和建も答えた。
『父親のことを恨んではいけない。』
だいぶ前に、叔母の大和姫にそのようなことを言われたような気もする。
だが、今の大和建には大和姫の言葉を守れる自信はない。
「あ、そう言えば・・・。」
そう言いながら、大和建は一本の剣を取り出して美夜受姫に渡した。
「美夜受姫、これを預かってくれるか?」
「これは何ですか?」
「草薙剣と私が名付けた神剣だ。昔は天叢雲剣と言った。天照大御神様の魂が宿っている。」
「それならば、伊吹山の神を征伐に行くときも必要なのではありませんか?」
「いや、もういい。これは美夜受姫に託す。」
「え?」
「なぁ、剣って刃が二枚あるだろ?」
「え?」
「ほら、自分の方と相手の方と両方に刃があるよね?」
「ああ、はい。」
「これの意味、わかる?」
「わかりません。私、女性ですし。」
「そうか。これはだね、相手の迷いを斬ると同時に自分の中の迷いも斬る、という意味なんだ。」
「そうなんですか・・・・。」
「これまでの道中ではこの神剣を使いこなせたけど、もう自信が無くなってしまった。」
「弱気にならないでください!そんなんでどうして伊吹山の神に勝てるというのですか!」
「いや、神剣などなくても勝って見せる。」
大和建は断言した。
「それはしばらく預けるだけだ。私は、自力で勝たなくてはいけないんだ。」




