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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第二部 陰陽干犯篇
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25.若帯彦と武内宿禰-4

「銀王が去ることは、寂しくないのかい?」

「寂しい、等という事がどうしてあるでしょうか?」

 そう言いながら武内宿禰は笑う。

「あの女が私に執着してきているだけであって、私はあの女がいなくとも別にやっていけますよ?」

「それは当たり前のことだ。年齢が倍も違うのだからな。それをことさらに強調すると、逆に怪しいぞ?」

 大和の太子・若帯彦(わかたらしひこ)は武内宿禰にツッコミを入れた。

「怪しいといわれましてもね・・・。」

「自分が振った女の恋愛をあそこまで妨害すると、さすがに可哀想だった。君は銀王を妹のように思っているのか、とみんな思ったものだ。」

「まぁ、わかさん。あんまり突っ込まないでくれませんか?」

「そうは言ってもだな――しかも、お前が俺の前でそこまで敬語調になると怖くなる。」

「ハハハ、たまには太子に敬語ぐらい使ってもバチは当たらんでしょ。」

「まぁいい。確かに、お前にとってあの子は妹のような存在だったな。」

「ええ。それは否定できないな。」

「大好きな妹がいなくなるのは寂しかったんだろ?お前にもそういう感情があったとはな。」

 そう言いながら若帯彦は笑った。

 普段は優秀な能吏とでも言うような顔をしており、親しい若帯彦に見せる裏の顔は「凄腕の霊能者」であったりするのが、彼だ。

 あんまり人間らしいところを見せいない武内宿禰の人間っぽさを見て、若帯彦はすっかり受けてしまっていた。

「だから!あんまり突っ込まないでくれよ。」

「すまんすまん、いや、お前もやっぱり人間なんだな。」

「そうだな、残念ながら。」

「お?人間なのが嫌か?」

「嫌というか、不快だよな、自分が人間なのが。」

「おお、そうか・・・。」

「せっかくの伊賀での修行は一体、何の為だったのか、ということになるからな。」

「ああ、そういう意味ではお前は人間ではない。神々と会話ができる時点でお前は人間から大分離れている。」

「いや、まだまだ私は人間だ。はやく人間を超えた存在にならなければならないのに・・・・。」

「人間を超えた存在になるって・・・・お前はいつもそればっかりを目指しているな。」

「まぁな。しろちゃんがいなくなるぐらいで喚ているわけにはいかないからな。」

「その件は悪かった。親父の希望なんだ。」

「ああ、わかっている。大王様のはじめての発案なんだ、聴いてあげないとな。」

「すまんな、まさか近江遷宮なんかを親父が言い出すとは思わなかったもんで。」

「ハハハ、足鏡別王の奴はどうして私たちがここに来て妥協案に乗ったのか、理解できていないだろうな。」

「あいつはアホだからな。自分の力で大和の分裂を回避したとでも思って天狗になっているんじゃないのか?」

「その点、神櫛王は賢いな。」

「ああ、今回の遷宮は神櫛王の提案だもんな。大和建の妃の一人が近江出身だったっけ?恐らく、そこにも彼は手を回しているんだろうな。」

「それだけじゃない、足鏡別王の母親の出身地は山代だ。足鏡別王にとって近江は、アウエーもいいところだ。」

「なるほど・・・・父親の自分の母ではない女の故郷って、心地よくないもんな。」

「足鏡別王が調子に乗っている間に、神櫛王は自分の道を歩むのだろうな。で、彼はもはや俺たちの敵ではない。」

「そうか・・・・。今後、俺に歯向かう人間が出て来るとすれば、足鏡別王ぐらいなわけだ。」

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