22.剣のヤマトタケル-7
大和建は信濃の道を歩いていた。
「将軍、もうすぐ天照大御神様のへその緒を祀っている神社があるそうですよ?」
「は?天照大御神様にへその緒とかあったんか?」
「まぁ、そういう伝承がこちらの地方にはあるそうです。」
「ほぅ、木花咲耶姫様の件もそうだが、東国には変わった異伝が多いなぁ。」
「一応、参拝されますか?」
「そうだな。天照大御神様にはお世話になっているしな。」
そう言いながら大和建は自分の持っている神剣に想いを寄せた。
一行が参拝したのは信濃と美濃の境界地帯にある恵那神社であった。
『天照大御神様!』
心の中で大和建は呼びかける。
『この度はありがとうございました。お蔭様で無事に東征の任務を果たすことが出来ました。』
こう言いながらも、大和建は自分の言葉に疑問も産まれた。
(東征の任務?結局、俺は何もしていないんじゃないか。)
さらに、思う。
(だいたい、親父が充分な兵士も与えずに俺を東征に使わせたのはおかしいんじゃないか?やっぱり、親父は俺の死を・・・)
ここまできて大和建は、我に返った。
『神様、申し訳ございません。私は無事、任務を果たしております。』
参拝を終えた大和建に向かって部下が聞いた。
「このまま尾張に戻られますか?」
「ああ、そうしよう。国造の建稲種公は元気にしているかな?」
「建稲種公は大和建様の平定された駿河の地との交易に向かったという話を聞きましたが、水路ですので我々がつく頃には帰っているでしょう。」
「そうか。うん?俺たちも水路で東征すればよかったんじゃないか?」
「――今さら言われましても。」
大和建の従者の予想通り、建稲種は駿河との交易を終えて尾張に帰る途中であった。
「駿河の名物、美夜受姫だったら喜ぶだろうなぁ。」
建稲種は大好きな妹のことを思い出していた。
「大和建様にはどうしますか?」
建稲種の側近である久米八腹が聞いた。
「そうだな、大和の大王の息子であるし、何よりも可愛い妹の婚約者だもんな。」
そう思って船からぼんやりと外を見ていると、近くにきれいな水鳥が泳いでいた。
「お!きれいな水鳥だ!」
水鳥を見た時にふとどう思うのか、これが人間の運命を決定づける。
「あの鳥を大和建様へのお土産にしたいな。」
多くの人間は、無意識に重要な選択をしている。
「え?建稲種公様・・・。」
「ちょっと、あの水鳥を捕まえに行って来る!」
そういうなり、建稲種は海に飛び込んで水鳥を捕まえに行った。
「ちょっと待ってください!この海域には・・・・。」
ここは太平洋。サメが出て来ることもある。
最近、この近くでサメが出て来るという目撃情報もあり建稲種にも報告していたのだが・・・。
「待て!」
建稲種は水鳥を捕まえることに夢中にそのことを忘れていたようだ。
「建稲種公様!足元をよく見てください!」
「うん?なんだ?」
そう言って建稲種が足元を見ると、サメがいた。
「ハハハ、それを舐めるなよ!サメぐらい!」
そうだった、我らが国造は力自慢の趣味があったのだ――そのことを思い出すと久米は諦観の表情になった。
「くらえ!」
サメに殴りにかかる。
さすがは建稲種、彼を危険な獲物と察知したのか、サメの方が退散していった。
「ハハハ、どうだ!って、そこの水鳥、逃げるな!」
建稲種は逃げようとする水鳥を捉えようとして飛び跳ね――
「ちょっと、建稲種公様!お願いですから無茶は辞めてください!」
――バランスを崩し、久米の懇願の声を聴きながら水死した。