21.大枝王と銀王-12
「まぁまぁ、大枝王様落ち着いてください。」
五十狭茅宿禰が大枝王をなだめた。
「それで銀王様、武内宿禰様はやはりお二人のご結婚に反対されに来たのですか?」
「ええ、兄妹での結婚は認めないの一点張りなのでお引き取りお願いました。」
「最初からあんな男、入れてほしくなかったがな。」
「大枝王様、落ち着いてください。」
「ああ、そうだな。ところで最近の政界の情勢を頼む。」
「武内宿禰様がお二人の結婚に反対していることは承知の通りです。特に大きな変化はありません。」
「大和以外ではどうだ?」
「筑紫ですか?」
「そうだ。」
「ええと、最近の朝鮮半島情勢はご存知でしょうか?」
「いや、知らない。というか、朝鮮半島にさほど興味はないのだが。」
「それは若干困りますね。筑紫の政界の情勢は朝鮮半島と密接に関係しております。」
「そうなのか?大和にいれば朝鮮は遠い国の話だからな。」
「遠い国とおっしゃられますな。我が国の鏡には朝鮮の銅を使っているものもあります。」
「まぁ、そういう話は聞いたことがある。」
「ええと、朝鮮について基礎の基礎から言った方が良いですか?」
「そうだな、頼む。」
「朝鮮半島には貊族と韓族という二つの部族がいます。他に漢族も植民しており晋は朝鮮半島北部に楽浪郡と帯方郡という二つの郡を設置しています。」
「中国人が朝鮮半島にようさん住んでいるということだな?」
「そういうことですね。そして貊族は朝鮮半島北部に多く居住しているのですが、彼らは満洲にある高句麗という騎馬民族の国に従っている者と、中国の晋に従っているものとに大別されます。」
「晋派と高句麗派に朝鮮半島北部が分断されているわけだな?」
「はい。そして朝鮮半島南部には韓族が住んでおります。」
「神話の時代に素戔嗚尊が行かれたところだよな?」
「ああ、はい。その韓族の国は西武の馬韓、東部の辰韓、そして南部の弁韓の三つに別れており、弁韓は我が国では任那と言われている地域です。」
「任那・・・ああ、曾爺さんの時に使者が来たとかいう国だな。」
「はい。この任那は鉄の産地であり、筑紫はそれを支配することで倭国の覇権のイニシアティブを握っているのです。」
「そうなのか。」
「倭国が大和や筑紫といった複数の勢力に別れているように、馬韓や辰韓、弁韓も複数の勢力が存在していますが、その中でも馬韓では百済が、辰韓では新羅が、それぞれ力を持ってきています。」
「それで?」
「筑紫はこれまで新羅と仲が良かったのですが、新羅は今の国王になってから倭国との関係を見直すようになっています。また、百済は馬韓の大部分を支配するのみならず辰韓や弁韓にも勢力を伸ばしており、新羅との緊張が高まっています。そこで筑紫には朝鮮半島に積極的に関与していくべきであるという派閥と、朝鮮半島との関係を徐々に薄めていこうという派閥とに分かれています。」
「ふむ。だいたいは事情が呑み込めた。」
「では、大和にとってはどっちの派閥と手を組むと有利であるか、わかりますか?」
「え?それはまだわからんなぁ。」
「いえ、簡単な思考実験です。朝鮮半島と筑紫が闘うのであれば筑紫は大和に友好的になるでしょう。」
「どうしてだ?――あ、そういうことか。」
「ええ。外敵がいると倭国の内部で争っている場合ではない、という風な世論になりますね。」
「なるほどな。」
「で、今回の本題はやはり武内宿禰様を巡ることでしょうね。」
「そういうことになる。」
「やっと本題になったわね。」
銀王が待ちくたびれたという感じを隠そうともせずに言った。
「先ほども言いましたように、私のところに足鏡別王から接触があったのですが――」
「あ、そうだった、私もそれが気になっていたのだった。実はな、私のところにも足鏡別王がやってきていたのだ。」
「やはりそうでしたか。それで大枝王様はその話を受け入れる気ですか?」
「私達が筑紫で結婚するということかね?」
「ええ。表向きの名目は筑紫にいる大和の大王の孫の世話係として大和から派遣される、という形になります。」
「正直、筑紫は母の故郷であるし銀王と結婚できるのであればどうでも良いという気もする。」
「銀王様は?」
「私も一緒です。大和は好きですよ、出来ることなら大和の地からは離れたくありません。しかし、大和にいる限り大枝王と結婚できないということであるならば、もうこの地に未練はありません。」
「そうですか。わかりました。」
銀王の顔は心から納得しているようには見えない。こういう状況を作った武内宿禰への憤りもあるのだろう。
(早いことこの条件で話をまとめないといけない。)
五十狭茅宿禰はそう思った。大和王権の分裂回避が彼にとっての最重要課題なのだ。
「では、その通りになるように私も努力しますので、それでよろしいですね?」
「ああ、よろしく頼む。」
大枝王が言うと、五十狭茅宿禰は一礼して退室していった。