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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第二部 陰陽干犯篇
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19.大枝王と銀王-10

「報告によると大和建様は遠江を過ぎたようで、順調に行くと今頃は駿河まで行っていると思います。」

 五十狭茅宿禰(いさちのすくね)が大王の大帯彦(おおたらしひこ)に報告する。

「伊勢の状況はどうだ?」

「大和姫様はまだご健在です。ただし、太田様の報告によると重要な祭祀以外は五百野王様が執り行っているとのことであります。」

「わかった。五百野王と最も親しいのは神櫛王だったか、武内宿禰だったか?」

「どちらかと言えば神櫛王の方が親しいでしょうが、武内宿禰とも仲は悪くないはずです。ただ、一番親しいのはやはり大枝王かと。」

「大枝王か・・・。」

「あくまで男性に限った話で、女性も含むと銀王が一番親しいですね。」

「どちらも似たようなもんだ。」

「まぁ、そうですね。」

「で、将来の斎宮はやはり五百野王かな?」

「それ以外に適任者はいないでしょう。」

「そうなんだよな。困ったものだ。」

「次に朝鮮半島情勢について新しい情報が入ってきました。」

「朝鮮半島情勢?そんなもんが入ってきたのか。」

「ええ、我が国にも関係あるかもしれませんので。分裂していた辰韓(しんかん)新羅(しらぎ)が、馬韓(ばかん)百済(くだら)がそれぞれ統一を進めていることは覚えていますか?」

「ああ。ただ、新羅についてはよく情報が入るが、百済に関しては少し頭から抜けているな。」

「百済は元々、韓族(朝鮮民族)ではなく女真族(満洲民族)の人間が馬韓(韓国西部)に亡命して作った国ですが、最近は馬韓の大部分を支配下におさめるばかりか、辰韓(韓国東部)の方にも勢力を広げ新羅とも何度か武力衝突しています。」

「そうなのか。」

「それで新羅では強硬外交路線が強まっています。」

「それが我が国とはどういう関係があるのかね?」

「新羅の強硬路線の矛先が倭国に向く恐れもあります。というのも今の新羅王は金氏の出身です。ご存知の通り新羅には朴氏、昔氏、金氏の三つの王統があり昔氏は出自が倭人ですが、金氏は純韓国人です。新羅王は長らく昔氏が続いていましたが今の王は金氏ですから、従来とは違って倭国に強硬な態度を取ることも否定できません。」

「しかし、今の王が即位してから十年以上たっているよな?」

「度々重なる百済の侵略に新羅の不満は高まっています。」

「それで新羅は強硬路線になっていると?」

「はい。筑紫からの情報によると新羅政府は『今度百済が攻めてきたら、徹底的に応戦する』と述べている、と言います。」

「そうか・・・・。わかった、少し考えておこう。では、今日の君の仕事はここまでだ。というのもな、今日は久しぶりに稲日姫に迦具漏姫の二人が私に三人で会いたいといってきてな。」

「わかりました。それでは今日はこれで失礼させていただきます。」

 こういうと五十狭茅宿禰は退室した。

「五十狭茅宿禰殿、時間はあるか?」

 一人の若者が声をかけてきた。

「あまり時間はないが。今日は大枝王様とお会いする予定もあるので。」

 五十狭茅宿禰が振り向くと、そこには大和建の息子である足鏡別王が立っていた。

「それは把握している。ほんの少しでも良い、ちょっと話がしたい。」

「何でしょうか?」

「君と武内宿禰に一緒にあってほしいのだが。」

「朝食会でよく会っていますよ?」

「そういう意味ではなくて、二人で会うことは出来ないかね?」

「それには一体、どういう意味があるのでしょうか?」

「神櫛王の一派に近い君と、若帯彦の側近である武内宿禰とが親しくしていると、大王様にいざという事があった時の大和王権の分裂を回避することが出来る。」

「なるほど、それはそうですね。」

「それに大枝王と銀王の件もある。」

「どういうことでしょうか。今さら二人の婚姻を止めろ、とでも?」

「大和王権の分裂回避が王族の責務だ。」

「大和姫様が認めたことです。」

「それを確認できるのか?」

「事実は事実です。一々すべての事実を確認しろと言われても、事実に変わりはありません。」

「確かに、二人の婚姻を強引にとても大和は分裂する。だが、分裂しない方法で結婚させると、どうだ?」

「どういうことでしょうか?」

「大和以外の地で結婚させるんだよ。」

「河内か伊勢かどこかですか?」

「そういう意味じゃない!大和王権の勢力圏外、例えば筑紫とかで結婚させるんだ。」

「ほぉ、それは面白いですね。」

「だろ?ところで、親父の件だが――」

「大和建様がどうかしましたか?」

「親父は本当に生きて帰るのか?」




「銀王様!」

 下女が慌ててやってきた。

「武内宿禰様が参られました!」

「え?」

 銀王の顔色が曇る。今日は大枝王の家に行く予定だったのだ。予定までまだしばらく時間はあるが、よりによって今は、武内宿禰と会いたくはない。

「・・・とりあえず、通して。」

 だが、銀王に武内宿禰を拒むことは、出来なかった。

「銀王様、お久しぶりです。元気にされてましたか?」

「私から元気を奪ったのが誰か、私を一番苦しめた人間が誰か、知った上での発言ですか?」

「まさか、私だといいたいのですか?」

「こういう風に他人行儀で話しかけられること一つをとっても、もう私と貴方の縁は遠ざかってしまったのだと思うと、哀しくて、哀しくて、仕方がないですね。」

「いい加減にしないか?」

「何ですか?」

「別に私は貴女を嫌ってもいない、それなのに一方的に避けては縁が遠ざかったって、身勝手過ぎないか?」

「ああ、もういいです。貴方には私がどれだけ貴方を愛していたのかも、どうして大枝王が好きになったのかもわからないのですね。」

「兄妹愛などというふだしらなことを認めるわけにはいかない、それは貴女が王族だろうが、私と仲が良かろうが関係のないことだ。」

「貴方が原因でしょ?」

「どういうことだ?」

「貴方に振られた私の心の傷を癒してくれたのは、大枝王だけ。その大枝王を好きになって何が悪いの?」

「いい加減、私に振られたことは忘れてくれないか?」

「そう簡単に忘れることのできるような愛情だと思っているの?」

「あのな・・・・。」

「あんまり身勝手なことを言われても困るのだけど。」

「身勝手なのはどっちだよ!」

「ああ、そうですか、私のことを身勝手だと思っているのならば出て行ってください。」

「あんたなぁ、本当に調子に乗らない方がいいぞ?」

「へぇ、私が調子に乗っていると?」

「この国の権力を握っているのが誰か、王族ならばよくよく考えるべきだな。」

「ほぅ、強気なのね。」

「俺だってお前と戦いたくはない。いい加減、落ち着けてくれ。お前が俺を好きになったのは気の迷いだと、いつになったらわかってくれるんだ?」

「気の迷い?それを言い出すと恋って、すべて気の迷いよね。」

「一体、どうしたんだ?最近の銀王はなんかおかしいぞ?」

「これが私の本性ですけど、何か?」

「もういい、お前みたいな女と話をしていても埒があかない。」

 そういうと武内宿禰は部屋から出て行った。

「ほら、出て行ったじゃない!」

 武内宿禰が出て行った後、銀王は扉の方を恨めしそうに睨んだ。

「結局、私には大枝王しかいないのよね・・・。」

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