2.播磨の事情-2
「狗奴国の本当の目的は、倭国の覇権を握ることです。そのために、まず、瀬戸内海の覇権を握ろうとしている。」
「そんなことぐらい、知ってるわ!」
「讃岐彦は、本当に優秀な政治家ですよ。軍人としては、私の足元にも及ぼない存在ですが、ね。」
建石守がそういうと、播磨刀売は露骨に不快な顔をする。
「彼が氷上刀売に惚れた、そして、振られた。それだけ聴くと、いかにも情けない男だ。しかし、彼が氷上刀売に惚れた時点で、播磨の危機は始まっていた。」
「何が言いたいの?」
「もしも、讃岐彦と氷上刀売が結ばれていれば、播磨は狗奴国と氷上から挟撃されていたでしょう。しかし、幸いにも讃岐彦が氷上刀売に振られた、これで一件落着かと思いきや、讃岐彦は水から軍を率いて多可・氷上を襲った。私がそれに気を取られている間に、播磨の首都が攻撃された。」
「どちらにせよ、播磨は危なかったといいたいわけね?」
「ええ。優秀な政治家というのは、失恋も武器にする、いや、自ずから武器になってしまう人間を言うのですよ。」
「まるで私が優秀ではないという言い方ね。」
「いえいえ、播磨刀売様は縁族の稲日姫を大和の大帯彦の妃の一人にしたり、筑紫の甕依姫様と女性国主同士良好な関係を保つなど、よく頑張られていますよ。ただ――」
「ただ?」
「大帯彦は、本当に優秀な政治家ですね!本当に、腹が立つぐらいの。あの讃岐彦よりも臆病で、女好きで、よいところなど一つもない。なのに、ちゃんと国をまとめていやがる!彼は讃岐彦より女好きだが、彼みたいに女をかけて戦うぐらいの勇気はない。稲日姫の故郷の播磨が危機に瀕しているというのに、援軍の一つも送らない。稲日姫を思う存分愛しつつ、他の女もうじゃうじゃ連れてきて遊び惚ける。それでいて、いや、それだからこそ、国が自然にまとまっている。彼が好戦的な勇敢な大王だったら、とっくに大和は内乱で苦しんでいたでしょうからね!にしても、政治家というのは欠点すらも利点にしてしまう、そういう悪魔のような人種ですよ。」
「なるほどね。欠点すらも処を得て、欠点ではなくなってしまうわけね。」
「ええ。」
「まるで、神様が守護しているかのようにすべてうまくいくわけね。」
「そうですね。だから播磨刀売様をはじめ国主たるものは、みんな神を祀っているのでしょう。政治の世界は最後は神頼みですよ。」
「甕依姫様も天照大御神を祀っておられるものね。」
「その、筑紫の大王・甕依姫様からの援軍はまだですか?」
「この前、甕依姫様の寵臣・難升米さんが狗奴国に派遣されて交渉に行ったでしょう?」
「ええ、結局、和平交渉は決裂したようですが。」
「そうそう、だから、それを受けて難升米は直ちに軍勢を編成して我が国へ援軍を送ることを決断なさったのですけどね。」
「それ、私には知らされていない情報ですね?」
「ええ、だって、あんたたち軍人に援軍が来ることを教えると、戦いに手を抜いてしまうでしょ?それに、筑紫から播磨まで、大分距離がありますしね。」
「そうですか・・・・。」
「さっきから、まるで私が政治家として無能であると言わんばかりのコメントでしたけどね、私だってそれなりに考えているのよ?そもそも、瀬戸内海の制海権を狗奴国に握られている現状で、我が国だけで彼らと戦うことは最初から無理があるの。だから、筑紫の海軍を呼んできたわけ。」
「すみません・・・・。」
「判ったら、反撃の準備をして!今度は、筑紫から援軍がもうそろそろ来るはずだから、それを当てにしてもいいわ!防衛戦じゃなくて、狗奴国まで攻めていく準備をするの!今回のことの報復はきちんとするわよ!」
「はっ、承知しました!」
そういうと、建石守は狗奴国反攻作戦の準備のための用意に取り掛かるため、直ちに退出した。