9.大枝王と銀王-6
この日の朝も、大枝王と銀王は二人で一緒に大帯彦の朝食会に参加した。
「大枝さんも変わりましたね。」
「うん?」
銀王のセリフに大枝王は少し首をかしげた。
「だって、これまでは朝食会にもほとんど参加しなかったのでしょ?」
「ああ、確かに。」
「私達が出会っていなかったら一生一人だったんじゃないですか?」
「う~ん・・・・って、おい、笑うな!からかうんじゃない!」
「ふふふ、まぁ、良いですよね。兄妹とかそういうのは関係なく、ね。」
「兄妹・・・・そうだったよな、俺たち兄妹なんだよな・・・・。」
今や、銀王も大枝王を「お兄様」とは呼ばなくなった。すると、中々「兄妹」の自覚が湧かない。
父親が大帯彦である人間は80人もいるのだ。父が一緒というだけでは兄弟の自覚を持つことは、困難になっている。
「おい、大枝王、話は聞いたか?」
ふと声をかけられた。
「神櫛王?」
「おお。かなり近いうちに大和建が帰ってくるようだ。」
「そうなんですか。」
「ああ、それで俺たちはその話題で持ちきりだったわけなんだがな。」
「おめでとうございます。」
「ありがとう。この件についてこの後、父上と話をする予定なのだが何か要望でもあるか?」
「特には・・・・まさか、大和建を太子にしようという訳でもないのでしょ?」
「それはそうだ。太子は別に若帯彦でも良い。まぁ、兄貴に活躍してほしい思いはあるがな。」
「ああ、それはなんとなくわかります。」
大和建は大枝王にとっては異母兄だが、神櫛王にとっては同母兄だ。色々と期待する面もあるのだろう。
「ところで、銀王はどうだ?」
「私?見ての通り仲良くしていますよ?」
そう言って銀王は笑顔を見せた。
「おお、そうか。仲が良いのは何よりだ。では。」
神櫛王も大枝王と銀王を微笑ましく思いながら去っていった。
「大王様とお会いしたのだが。」
「大王様は今、神櫛王様と話をされています。」
「神櫛王様と?」
大帯彦と話をしようとした武内宿禰は大王の舎人によって足止めをくらってしまった。
「どういうことなんだ?」
「ご存知かと思いますが、大和建様が出雲から帰られる件で・・・。」
「ああ・・・。」
すっかり忘れていた。武内宿禰は大枝王と銀王のことで頭がいっぱいであったが、今の政界は大和建の帰還の件が話題だったのである。
「おお、武内宿禰殿も来ていたのか。」
宮殿の門が開いて神櫛王が出てきた。
「父に何かようかい?」
「いえ、神櫛王様に用がありました。」
「私に?」
神櫛王は怪訝な顔をしたが、すぐに元に戻り
「そうか、さすが武内宿禰殿!神通力が使えるとは聞いていたが、私が父と兄上の帰還について会話をしていたこともお見通しだったのか!」
と言った。
実際には武内宿禰は大和建の話をしていた後に銀王の云々を語ることが恥ずかしかっただけだが、そんなことは顔に出さずに
「神櫛王様も鋭いですね。で、具体的にはどのようなお話をされたのですか?」
と切り返した。
「大和建には若帯彦を支えてもらうのが理想であるが、彼はあまりにも名が売れすぎているうえに若帯彦よりも年上だ。大和の内部に留めておくと不測の事態が起きないとも限らない。」
「確かに。」
「だいたい、私だって自分の兄、失礼、同母兄の大和建に活躍してほしいという思いはあるが、かと言って若い頃みたいに暴れられても困る。ならば、例えば東方の領地や毛人の平定を任せてみてはどうだろうか、と提案した。」
「なるほど。それには私も反対ではない。」
「そうか、それは有難い。」
「だが、大和建に遠征をさせるのは良い手だと思うが、毛人は大和の支配の外にある民だ。平和な治世を続けていた大帯彦様が外征を了承するとは考えにくいし、下手すると外交問題にもなるぞ?」
「まぁ、それは大王様次第だな。」
神櫛王の顔を見ると、かなり悩んできたことが読み取れる。
「そうですか、まぁ、わかりました。」
そう言うと武内宿禰は頭を下げると去っていった。
彼が向かった先は銀王の家であった。見慣れた下女が屋敷の庭にいる。
「こんにちは。」
「あ、これはこれは武内宿禰様!どうぞどうぞ。」
下女はそのまま武内宿禰を屋敷に上げた。
「銀王は直に帰ってまいりますので。」
そういうと下女は武内宿禰を屋敷の一室に案内して去っていった。この部屋は武内宿禰には来慣れた部屋だ。銀王の家には度々来ている。
しばらくすると銀王が部屋に入ってきた。
「・・・あ、武内さん。」
「お久しぶり、しろちゃん。」
「・・・あの、何の用でしょうか?」
銀王はやや警戒するような顔で武内宿禰を見た。
「しろちゃんは大枝王と結婚したいのかな?」
「――何か問題でもありますか?」
「いや、ないね。――とでも私が言うと思った?」
「私達が兄妹だからですか?」
「そうだ。兄妹での結婚は陰陽の秩序を崩す。」
「陰陽の秩序?異母兄妹の結婚を禁じる法はありませんし、確かに王族の世界では異母兄妹での結婚例はありませんが、庶民には例があります。」
「君は王族だ。狭い村社会でしか出会いのない庶民とは違う。大王家の中で陰陽の秩序が乱れると、国家の秩序が乱れるようになる。国家の秩序が乱れるというのは、この平和な時代が終焉を告げるということだ。」
「私だって、村社会の住民と変わりませんよ――私は王族以外の人間とは結ばれることのできない人間なのです。」
「何を言っているんだ?王族の女性が臣下に嫁いだ例は過去に存在する。君はまだ若いんだ、わざわざ異母兄と結ばれる必要はない!いま、一時の感情に任せて結ばれても後で後悔するだけだぞ?」
「それを貴方が言いますか?――帰ってください。」
「え?」
「自分が昔何を言ったのかも覚えていないのですね。――私を振った男に私の恋愛をとやかく言われる言われはありません。はやく、帰ってください。」
「・・・すまない。さようなら。」
そう言って立ち去ろうとした武内宿禰だが、部屋を出る前に振り返って銀王の顔を見据えていった。
「勘違いしているかもしれないけれど、王族だからと言って私に対抗できるとは思わない方がいいぞ?」




