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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第二部 陰陽干犯篇
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7.大枝王と銀王-5

 確かに彼女は『好きになってはいけない人』なのかも、しれない――大枝(おおえ)王は悶々とした気持ちで歩き続ける。

(しかし、それがどうした?という話だ!)

 今、神櫛(かんぐし)王率いる一行は伊勢から大和への帰路にある。

 ここ数日、大枝王の脳裏から(しろかね)王が離れることはなかった。

「お兄様、大丈夫ですか?」

 何かに悩んでいることが明白な大枝王の顔を銀王は心配そうにのぞき込んだ。

「ああ、大丈夫だよ。」

 そう言って大枝王は微笑む。

 しかし、脳裏には「普通、兄妹で恋愛感情は抱かない」という神櫛王の言葉が何度も繰り返された。

 人間の交流範囲の狭かった古代では近親婚自体は珍しくない。いとこ同士の結婚はよくあることだし、異母兄妹での結婚も禁止されているわけでは、無かった。

 だが、やはり兄妹婚には一種のタブーめいたものがある。少なくとも、大和の大王家ではこれまで母親が違っても兄妹で結ばれた先例はなかった。

「やっぱり、お姉様がいないことが寂しかったりしますか?」

「ああ、五百野(いおの)王か。伊勢の巫女として頑張ってほしいな。」

 この後、二人の間にはしばらく沈黙が続いた。




(これは、私にとって兄離れの第一歩・・・。)

 沈黙の間、銀王はそんなことを考えた。

 ここでいう「兄」とは、武内宿禰のことだ。

(いつまでも兄に甘える訳には、行かない。というか、あの人は兄でもない。ただの『 私 を 振 っ た 男 』だ。)


 もう数カ月も経っているが、昨日のことのように思い出せる。

「ねぇ、武内さん!」

「どうしたんだい、しろちゃん。」

「いつ返事をくれるの?」

「え?」

「前から言っているじゃん!私、武内さんのお嫁さんになりたい、って!別に正妻でなくてもいいから、お願い!」

 これまでも武内宿禰に銀王はたびたび想いを伝えていたが、武内宿禰は本気にしていない様子で返事もなかった。

「――お前、本気で言っているのか?」

「うん!」

「待て――お前は王族なんだ。俺も王族の血を引いているが、身分は王族ではない。王族の女を妻にはできないんだよ。」

「――そうですか・・・・。」

 銀王が沈んだ様子を見て、武内宿禰は声をかけた。

「しろちゃん、また今度一緒に――」

「もう、いいです。」

「え?」

「そんなに気を使ってくれなくても、結構です。そうですよね、私も王族ですから、未練がましいことは言いませんとも!さようなら!大好き!」

 未練を断つことは、出来なかった。

 武内宿禰の言う「振った理由」がウソであることなど、言うまでもなかった。これまで王族の女性が有力者と結ばれたことは、何度もある。

 どうして振られたのかはわからない。だが、大好きな武内宿禰が、自分に嘘をついていることはわかった――その時から、銀王の記憶の時計はなかなか進まなかった。

 結局、その後も父親である大王の大帯彦(おおたらひこ)主催の食事会では顔を合わせて話もするし、その時には一緒に会話が出来て嬉しいとも思ってしまう。

(バカみたい。私を振った男と話が出来て喜んでいるなんて。)

 そう思いつつも、銀王は次の一歩へ踏み出すことは出来ない日々であった。

 そんな中、時計が進んだのは比較的仲の良かった異母兄の神櫛王が久しぶりに家に来て、銀王を今回の旅行に誘いに来てくれた時だ。

「お姉様――いや、五百野王は来ますか?」

「ああ、五百野王ね。彼女も来るよ?どう、銀王も一緒に来てくれない?」

「それなら私も行きます!」

 銀王は笑顔でそう答えたが、心の中にはどこか寂しさがあった。

(昔は神櫛王も『しろちゃん』って呼んでくれていたのにね・・・・。)

 異母兄の多くは銀王にとって「兄」とは名ばかりの遠い存在であったが、唯一人の例外と思っていた神櫛王も、結局「兄」ではなく「遠い存在」であった。

 そんな中、やっと「兄」を見つけることが出来た。


「あ、もしかしてお兄様?」

(これは、運命の出会いだ。)

「仮にお前が私の妹だとすると、兄弟は80人もいるから『お兄さん』と言っても誰を指しているかわからんぞ。」

(私も同じことを思っていた。)

「兄弟が80人もいるのは私達しかいないから、やっぱり貴方は私のお兄様ね!どのお兄様からは知らないけれど。」

(どのお兄様かは知らないけれど、貴方は私にとって特別な存在。)

「そうか、私も自分の父親以外に80人も子供のいる男は知らないから、きっとお前は私の妹なんだろうな。初めまして、で良いか?」

 彼には、武内宿禰とはまた違った優しさを感じた。――いや、違う。武内宿禰と似たものを彼は持っている。


 だが、きっとその「使い方」が違うのだ。


「あと数日で大和か・・・・。」

 ふと、大枝王が呟いた。

「そうですね。」

「ねぇ、銀王。」

「なんでしょうか?」

「銀王は、私のことを『兄』だと認識しているわけかな?」

「え?」

「いや、ごめん。確かに俺たちは兄妹には違いないんだけどね、何というか、兄弟80人もいると中々『妹』だと認識できないんだよね。」

「・・・・。」

「もう、大和に戻るとまた別々に暮らし、会うこともないかもしれない――それでも『兄妹』と言えるのかな?」

「それは――」

「私は、貴女とそういう関係になりたくない。」

「え?」

「兄妹とかそういうあってないような関係にはなりたくないんだ。――結婚してくれないか?」

 再び、二人の間を沈黙が覆った。


(武内宿禰はどう思うのかな?)

 ふと、銀王にそんな考えが浮かんだ。

(私、いい加減、『兄離れ』しないとね。)

 もう心の中では答えは決まったが、なかなか言い出せない。

「結婚を――お願いできるかな?」

 再び、大枝王がきいていた。

「あ、うん・・・・。よろしく・・・。」

「ありがとう!」

 大枝王は破顔した。

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