3.剣のヤマトタケル-1
出雲を流れる斐伊川。
この川は神話の時代から様々な伝説を生んできた。
そこで、出雲の大王である出雲建と大和の王族である大和建とが「水浴び」と称して無言のまま、川に浸かっていた。
「君が出雲に来てからもう、60年もたつな。」
先に口を開いたのは出雲建の方であった。ここでいう60年は倍数年暦なので、通常の暦に直すと30年である。
「そうですね・・・。」
「あれから本当に長い月日が流れた。」
「本当に。私が出雲に来た頃は、貴方はまだ大王ではなかった。」
「そうだったな。親父が大王だった。君が来た時に、あの筑紫の川上建を殺した勇者である君にあこがれて、名前を出雲建に改称したんだよ。」
「そうか。貴方が大王になった後も私たちの友情は色あせていない――そう私は信じていたのだけどなぁ。」
「私だってそのつもりだよ。――君が大和に帰るチャンスを奪いたくはない、だからこれは最大限の妥協だ。」
「もう60年も行っていない大和か・・・・。みんなは一体、どうしているのだろうか?」
「君の父親はまだまだご健在らしいな。」
「そうですね。私の姉妹も80人にまで増えているとか。家族で集まれると楽しいだろうなぁ。」
「君が大和に帰る条件は一つだけなのだ。どうか、これで納得してほしい。」
「納得できると思うか?」
「そうだな・・・・。」
30年間――貴重な青年期を、大和建は故郷では過ごせなかった。
筑紫の大王を暗殺したことは、その後のクーデターにより罪には問われなかったものの、「暗殺者」の経歴は彼の人生に大きな影を落とした。身柄は出雲に預けられ、大和には戻れなかった。
もっとも、大和の大王である父親の大帯彦の配慮なのか、近江や山代といった大和の支配下にある地域の豪族の娘との縁談は多く来た。その内の何人かは出雲にやってきて大和建と結ばれ、子供もいる。
だが、子供の顔を見ても大和建は浮かばれなかった。
望郷の念が募っていたこともあるが、何よりも正妻・両道入姫にはなかなか子供が出来なかったことも哀しさを増幅させた。
そんな中、今年に至ってやっと両道入姫との間に息子が産まれた。帯中彦(足仲彦)である。
さらに大和に帰りたいという希望を大和に伝えていると、ようやくその許可が下りた。
やっと、大和建にも幸運が巡ってきた――そう思っていた矢先のことであった。
『大和に帰るためには条件がある。筑紫に正妻とその息子を人質に預けるように、ということだ。』
出雲建から通告された話を聞いて、大和建は幸福から一気に不幸の底に落とされた気分であった。
やっと生まれた正妻とその息子を人質にとられる――大和建にとってそれは辛いことであったが、筑紫は大和の盟主である。出雲も大和もそれには逆らえないのだ。
そして、昨日、両道入姫はまだ産まれたばかりの帯中彦を抱えて筑紫に向かったのである。
「仕方がない、ということはわかるんだが・・・・。」
今さら筑紫から二人を呼び戻すわけにも行かないし、出雲建にこれ以上の迷惑をかける訳にも、行かない。
「ただ、喜んで大和に帰る、という訳にはいかなくなるよな・・・・。」
「力及ばず、申し訳ない。」
「いや、良いんだ。愚痴をここでこぼしても仕方ないからな。あ、そうだ、久しぶりに剣術の試合でもしないか?」
そう言うと、大和建は川から上がった。
「そうだな、君も確か今日か明日に大和に帰るのだろ?最後に一試合と行くか。」
そう言って出雲建も川を上がる。
「じゃあ、お互いの剣を交換してみないか?」
「良いだろう。」
大和建と出雲建は服を着た後でお互いの剣を交換した。
「では――!」
そういうなり、大和建は出雲建に斬りつけた。出雲建も自分の剣を抜こうとしたが――抜けなかった。
一瞬だった。
大和建の殺意のこもった一撃で、出雲建は絶命していた。
「仕方がない、訳がないだろ。筑紫に媚を売るために俺の妻子を人質にしようとしたくせに。」
そう言った後、大和建は短歌を詠んだ。
「やつめさす 出雲建が 佩ける刀 黒葛多纏き さ身無しにあはれ」
(意味:出雲建は本当に立派に飾った刀を持っているなぁ。だが、中身がないとは哀れなことだ。)
そして、出雲建の遺体を眺めながら言った。
「当然、俺は中身のある人間だからな。さようなら。」