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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第二部 陰陽干犯篇
23/61

2.大枝王と銀王-2

 (しろかね)王の従者である下女がつくのを待ってから大枝(おおえ)王と銀王の二人は、それぞれの従者を連れて再出発した。

「ちょっと、お兄様まで私の荷物を持たなくていいわよ!」

「あんなに荷物を押し付けられている女がいたら、男なら少しは手伝おうと思うだろうが!何度も言うが、あんたはこれからは荷物持ちには男の従者を連れてこい!」」

「はいはい、わかりましたよ。」

 一行が他の兄弟たちと合流したのはそれからしばらくのことだった。みんな夕食の準備と寝る場所の確保をしている。

「え~、山の中で寝るの!?」

「・・・・そんなことも知らずに来たのか?」

 山で野宿をしようとする異母兄弟たちにドン引きの銀王に向かって、大枝王はツッコミを入れた。

「だって、私たち王族なのにどうして民家を徴発とかできないの?」

「何十人もの人間を泊まらせることのできる民家がどこにあるんだよ!・・・・そもそも、山の中には徴発しようにも民家がないからな。」

「あ~、そういうことね。」

(そこで納得するんかい!)

 大枝王は内心でツッコミを入れたが、それは口に出さないでおいた。

「あ、しろちゃん!遅かったわね、心配していたのよ!」

 銀王よりかは年長だが、大枝王よりもかなり年下の少女がやってきた。

「あ、お姉様!って、私を置いて言ったのお姉様じゃない!」

「気が付いたらいなくなっていたの貴女でしょ!?」

「ねぇ、お兄様はどう思う?」

「いや、俺を巻き込まないでくれ。」

 するとその少女が大枝王の方に向かって言った。

「お兄様?銀王に同母兄っていたっけ?」

「いや、異母兄妹だよ。さっき初めて出会ったばかりの。」

「じゃあ、私の異母兄でもあるわね。」

「まぁ、そういうことになるだろうな。」

「私、五百野(いおの)王。貴方は?」

「大枝王だ。」

「そう。もしかして迦具漏(かぐろ)姫様の息子?」

「まぁ、そうだな。」

 それだけ聞くと五百野王は銀王の方を向いて

「ねぇ、しろちゃん、一緒にご飯を食べない?」

と言った。

「うん!お兄様も一緒に食べない?」

「ああ、わかった。」

 三人で食事をすることにはなったが、すぐに食事が出来る訳でもない。従者たちが火を起こすところから準備している中、三人は雑談を続けた。

「ねぇ、お兄様は何歳なの?」

「50歳だが?」

「へぇ、私は30歳!お姉様は36歳なの。」

 当時の倍数年暦なので通常の暦に直すと、三人の年齢はそれぞれ数えで大枝王が25歳、銀王が15歳、五百野王が18歳となる。

「そうか、二人はまだまだ若いなぁ。」

 実際には今の時代でいう10代と20代の会話である。

「お兄様には奥様はおられるのですか?」

「いないね。」

「え?どうして?結婚しない主義とか?」

「そんな主義はねぇよ。兄弟が80人もいるためか、それとも俺に魅力がないからかは知らないが、私に縁談の話が来たことはない。」

 二人がそう話していると、五百野王がフォローを入れた。

「まぁ、大王の息子っていう肩書は通用しにくいですもんね。大王家に繋がろうとする人間は太子の若帯彦(わかたらしひこ)様に妃を送ろうとするでしょうし。」

「ふ~ん、だけどお兄様だって王号を称することを認められているでしょ?」

「まぁ、80人も兄弟がいると王号なんか珍しいもんじゃないからね。」

 そう言って大枝王は苦笑した。そうこうしているうちに夕食が出来る。

「って、お米だけ!?」

 また銀王がトンチンカンな発言をした。

「逆に聞くが、米以外に何か食料を運んできたのか?」

 大枝王が突っ込むと

「それは下女に任せた~。」

という回答が来る。

「とりあえず、持ち運びが容易が食料はコメしかないから、こういう大距離移動の際には食事は御飯だけ!これ、常識だからね!」

「80人分のおかずを持っている民家が見つかれば徴発するのに・・・。」

「――あんまり俺たち王族が職権濫用を繰り返していると、反乱が起きるからな?」

「判ってる、判ってる。そうだ!」

「うん?どうした?」

「山菜を集めたらいいじゃない!早速下女に指示を――」

「やめておけ。少なくとも、今日は休ませてあげろ。」

「――はい、わかりましたよ。」

 意外に素直な妹を、少しは誉めてやろうと大枝王は「山菜集め」の案をひねり出したことを褒めようとして見た。

「まぁ、お前も意外に知恵は働くんだな。」

「そりゃそりゃ、全くのバカだと謀略だらけの王宮では生きていけません!」

「――それもそうだな。」

 いきなりデリケートな話をぶつけられたので、大枝王は食事に集中することにした。

「そう言えばしろちゃん?」

「お姉様、どうしたんですか?」

 後は女性二人が会話をしているようである。それに割り込むような野暮なことを大枝王はする気はない。


 日も暮れて食事も終わったころ。

 一部の従者たちはまだ火を焚いているし、月明かりや星明りもあって漆黒の闇ではないが、やはり夜は独特の雰囲気を醸し出している。

 一部の王族は夜の山の中を、一同が野宿しているスペースからは離れない程度に散歩している。

 大枝王もその一人だった。

(謀略だらけの王宮ねぇ――そんなに謀略が渦巻いているイメージもなかったが。)

 先ほどの銀王の言葉が頭に浮かんだ。

(それとも、私は謀略だらけの世界から目を背けて逃げていただけなのだろうか?)

「おお、大枝王、何か考え事でもしているのか?」

「え?」

 振り向くと今回の旅行の主宰者である神櫛(かんぐし)王がいる。

「なんか悩んでいるようだな。禁断の恋か何かかな?」

「いやいや、そんなことでは。」

「だが、五百野王に銀王と仲良くしていたではないのかな?」

 そう言って神櫛王は悪戯っぽく微笑んだ。

「いや、さすがに妹にはねぇ。」

 古代において異母兄妹の結婚は必ずしも禁止されていたわけではないとはいえ、西暦3世紀のこの時代はまだ一般的ではなかった。

 大帯彦やそれ以前の王族を見ても、兄妹婚の例はほとんど存在しない。

「わかってるよ、冗談だ。これまで妻をめとらなかったお前がいきなり妹と結ばれる、みたいなバカなことがあるとは思っていない。」

「まぁ、妻がいないのは純粋に縁談がなかったからですけどね。」

「それは残念だったな。もっとも、縁談を求めて社交辞令に精を出していても、それが幸せな人生とは限らないが。」

「そうですよね・・・・。もっとも、一人でいるのも正直寂しかったりしますし。」

「なるほど。まぁ、俺みたいな必要に迫られて人と接しなければならない人間と比べると、どっちが幸せかはわからないな。」

「そう言えば、神櫛王様はとても社交に熱心ですよね。」

「人脈が必要だったから、かな。まだ俺が幼いころ、今から60年近く前に色々あってね。」

「私が産まれる10年前ですか・・・・。」

 実際には倍数年暦を通常の暦に直すと30年前のことである。

「そうそう。俺には同母兄が三人いたんだけど、まぁ、色々あってね。一番上の兄貴はもう表には出てこないし、二番目の兄貴は亡くなったし――三番目の兄貴は今出雲にいるけど、多分、帰ってこないな。」

「そうなんですか・・・。」

 神櫛王の事情など、たまに会話をするだけの関係だった大枝王は知らなかった。

 年下の女性二人と会話をしていると自分が年長者であるような気分になったが、神櫛王はその自分が産まれる前の幼い頃の記憶を引きずっているようだ。

(私が産まれる前からこの世の中の歯車は動いているんだよなぁ。)

 今更ながらそう思うと、大枝王は自分がまだまだ若いことを自覚するのだった。

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