1.大枝王と銀王-1
神櫛王の屋敷の前に大帯彦の子供が数十人とその従者たち集まっていた。彼らは今から大和姫に会いに伊勢に向かうメンバーだ。
「見慣れているようであまり話したことのないメンバーよね。」
その中で女性メンバーの銀王は、女性の王同士親しい異母姉の五百野王に向かって声をかけた。
「そうねぇ、王族はみんな一緒に食事をとっているとはいえ、こういう感じで一緒にどこかに出かけるとかはあまりないわね。」
「だけど、兄弟全員が揃っているわけでもないのね。」
「そりゃそうよ、神櫛王が選んだんだし。現に、太子の若帯彦様やその同母兄弟はいないじゃないの。」
「ありゃりゃ、神櫛王はわざと若帯彦様たちを呼ばなかったわけ?それ、八坂入姫様にバレると不味くないの?」
「いや、もうバレているでしょ。と言うか、神櫛王の八坂入姫へのちょっとした嫌味じゃないの?」
「へぇ、自分の子供を仲間はずれにされたと訊いたら、八坂入姫様は絶対怒ると思うけどなぁ。後が怖いね、うふふ。」
「あの人は怖いもの知らずだから。」
「だって、神櫛王って凄い自信家で自分のことが大好きだもんね!」
二人がそう話していると、銀王の肩を叩く者が出てきた。
「ほう、私の話を若い女の子が噂しているとは、面白いな。」
銀王が後ろを振り向くとそこには神櫛王がいた。
「え?あ――キャハハハハハ!」
「どうした?」
「大丈夫?」
いきなり笑い出した銀王を神櫛王と五百野王が心配そうに見つめる。
「いや、なんか、受ける~。私たちが噂をするとやって来るって、あはははははは!」
「――まぁ、今回の旅行を楽しんでくれたら幸いだ。」
そういうと神櫛王は二人の下を去って行った。
「ねぇ、しろちゃん?」
五百野王は銀王に話しかける。
「何?」
「最近のしろちゃん、やっぱりおかしいよ。いきなり笑いだしたり、ちょっと普通じゃない。」
「え?そう?私は普通だと思っているけど。」
二人がそう話していると、神櫛王が全体に向かって声を張り上げた。
「じゃあ、人数も揃ったみたいだし、これで出発するぞ!」
そして、半日近く経過した。
「さすがに山道は険しいな。」
参加者の一人の大枝王は思わずつぶやいた。
無論、王族といえども古代人は少々の山道を歩くことには慣れているものであるが、さすがに大和から伊賀を超えて伊勢に向かう道は、険しい。
「しかし、もうすぐ今日の行程は終わりだと思いますよ?」
大枝王の従者が言った。
「そうだな。食事の時間が待ち遠しいよ。」
すると、後ろの方から女性の声がしてきた。
「お姉様~!置いていかないでよ~!」
大枝王が従者に問いかける。
「なんか、後ろの方から声がする気がするのだが。」
「うん?私は聞こえませんでしたが?」
「なら、空耳かな?」
そういってもう一度耳を澄ませてみる。
「お姉様~!」
「ほら、やっぱり聞こえるぞ。」
「本当だ、確かに聞こえますね。」
「女性の声っぽいな。」
「ちょっと、引き返して確認してみますか?」
「ちょっと待て、私達に聴こえるということは他の誰かにも聞こえるはずだ。誰かが引き返すだろ。俺たちが引き返すことはない。」
「というより、余計な距離を歩きたくないというのが本音では?」
「まぁ、そうともいうが――」
「どうやら、他の人も同じことを考えているようですね。」
「は?」
そう言って大枝王が周りを見てみると――
「おい、なんか、女の子の声がするぞ?」
「助けに行くか?」
「じゃあ、あんた行け。俺は無駄な距離を歩きたくねぇぞ。」
「俺も嫌だよ!こんだけ人数がいるんだから、誰かが行くだろ!」
等という会話をみんな異口同音に話している。
「みんな冷たいやつだな。」
「――大枝王様、貴方様にそれを言う資格はないかと・・・。」
「うるさい。じゃあ、私が一肌脱いでやるか、仕方ない。」
「では、いってらっしゃい。」
「何言ってんだ、お前も来い!」
「はっ、かしこまりました。」
そう言って二人がしばらく後ろに引き返すと、
「もう!みんな私を置いていって!」
と、息切れしそうになりながら言っている少女がいた。
「ふ~む、あの身なりは私の異母妹なのかな?」
「そのようですね。」
そう大枝王とその従者が話していると
「あ、もしかしてお兄様?」
と、少女が大枝王の方を向いて声をかけて来る。
「仮にお前が私の妹だとすると、兄弟は80人もいるから『お兄さん』と言っても誰を指しているかわからんぞ。」
「兄弟が80人もいるのは私達しかいないから、やっぱり貴方は私のお兄様ね!どのお兄様からは知らないけれど。」
「そうか、私も自分の父親以外に80人も子供のいる男は知らないから、きっとお前は私の妹なんだろうな。初めまして、で良いか?」
「ああ、もう、良かった~!山の中で置いていかれると思った!」
そう言って少女は大枝王の方に駆け寄ってきた。
「無事でよかった――と言いたいところだが、仮にお前が私の妹だとすると大王家の一員のはずだが、どうして従者を連れてきていないんだ?」
「従者?ああ、下女ね。下女はもっと後ろにいるわ!」
「主君に置いていかれる従者ってなんだよ!」
「主君を置いていくほうが問題よ。それに私の荷物を全て背負っているし。」
「荷物持ちなら男にやらせろよ!どうして下女を従者にしたんだ?」
「一番信じている人を従者にしたのよね~。」
「あんた、まさか、男性不信か?」
「え~、まさか~。」
「・・・・まぁ、いい。80人も兄弟がいるんだ、一人ぐらい変わった妹がいても良いだろう。」
「ねぇ、お兄様はなんていうの?」
「うん?私が誰か、って?」
「そう。」
「大枝王、だが。」
「そうなんだぁ。私、銀王。」
「ほう、銀王か。」
「ねぇ、大枝王のお母さんってもしかして筑紫の大王家から嫁いできた迦具漏姫様?」
「うん?どうして知っているんだ?」
「やっぱり?うわ~、凄い!お兄様ってサラブレッドなんだね。」
「どういうことだ?」
「え?だって、育ちの良い感じがするじゃん?」
そう笑顔で言う銀王に大枝王は若干の違和感を持った。確かに彼の母の迦具漏姫は筑紫の大王家の一員だが、別に正妃であるというわけでもない。大帯彦の妻はたくさんいるが、大和やその近辺の有力者の娘の方がよほど待遇は良い。
何よりも、そういう銀王のセリフに何か、自分と彼女の間に線を引くような冷たいものを感じたのだ。
「君のお母さんは?」
「聴かないでよ~、私の母はただの庶民なんだから。」
「そうか・・・。」
そう言うと、大枝王は前を向いて歩き続ける。銀王もそれに続いた。
「そう言えば――」
「うん?」
「お前、自分の従者だが下女だが知らんが、荷物持ちの女を待たなくて良いのか?」