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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第一部 乱始変局篇
19/61

17.大和建の誕生-4

 伊声耆(いせき)掖邪狗(えきやこ)が小碓の身柄を拘束して川上建の宮殿を出ると、そこには須売伊呂大中彦すめいろおおなかつひこ王、両道入姫(ふたじいりひめ)迦具漏姫(かぐろひめ)の三人がすでに出ていた。

「おやおや、皆様、現場から脱出されるのが早いですね。」

 そう笑いながら言う伊声耆の言葉には反応せずに、須売伊呂大中彦は伊声耆の方を向いて聞いた。

「伊声耆殿、今回の件で彼と娘はどうなるのですか?」

 大帯彦の息子である小碓が筑紫の大王を殺した以上、娘の迦具漏姫と大帯彦の縁談は破談になるかもしれない――そう思っての質問であった。

「それはですね――」

 伊声耆が何か言おうとした時だった。

「すまない、すまない、大切な祝宴に送れてしまった。」

「な・・・・。」

 大中彦は絶句した。そこには、肥前の豪族である大荒田が数百人の兵士を連れてきていた。

 言うまでもなく、これは「祝宴」に参加する者の従者としては多すぎる数だ。しかも、全員、武装している。

 だが、何よりも――

与止姫(よとひめ)さま!?どうしてこちらに!」

――大荒田の隣にいる少女に、須売伊呂大中彦の眼は釘付けになった。

 与止姫は須売伊呂大中彦と同じく筑紫大王家の一員だが、年齢はまだ13歳、通常年暦に直すと数えの7歳であり、本来ならば大中彦のような人間が「様」付けするのはおかしい。

 しかし、与止姫は年齢こそ数えの7歳ではあるが、霊験のある巫女として知られていた。そんな与止姫がどうしてここにいるのかは疑問だが、一方でこれで解けた疑問もある。

 王族の巫女である少女を守るため、という名目であるならば大荒田が護衛として数百人の兵士を連れてきても許されるからだ。

「与止姫様、ようこそいらっしゃいました・・・・と言いたいところですが、この屋敷はただいま死の(けが)れに満ちていますので・・・・。」

 伊声耆はそう与止姫に向かって行った。

 気が付くと祝宴に参加していた人たちも続々と屋敷が出てきて、与止姫、伊声耆、須売伊呂大中彦、小碓、大荒田たちを遠巻きに囲んでいた。

「ああ、そうそう、須売伊呂大中彦王様、これは神縁ではございませんか?」

 伊声耆は周囲に聴こえるような大きい声で須売伊呂大中彦の方を向いていった。

「せっかく、王族の巫女さんも来ておられることであるし、与止姫様に今回の事件のことは判断してもらおうではありませんか!」

「お前、まさか・・・ウソだろ・・・。」

 須売伊呂大中彦は「信じられない」という顔をする。

 伊声耆は大中彦の方に数歩近づくと、今度は彼にしか聞こえないような声で言った。

「私を優柔不断な蝙蝠(こうもり)男だと思っていたか?私はな、これでも政治家なんだ。」

 その後、今度は与止姫に向かって平伏して、小碓の方を指さして言った。

「与止姫様、まずは死の穢れに満ちた場所でこのようなことをきく無礼をお許しください。この者は川上建を殺したのですが、どのように裁くべきかお示しくださるでしょうか?」

 与止姫は女装してすっかり少女の格好になっていながら、多量の返り血を浴びている小碓を見て言った。

「彼を殺すべきではないわね。」

 霊感の強い与止姫が、多くの人間がいる前で行う発言には大きな意味がある。これで小碓の死罪はなくなった。

「では、どうすべきでしょうか?」

「それは今の私にはわからない。」

「そうですか?」

「ええ、それに私はまだ13歳だし、伊声耆たちが考える事じゃないの?」

「承知しました。」

 このやり取り自体も別に不審な点はない。数えで7歳の女の子が年長者に判断を委ねるのは、当たり前のことだ。

 だが、これは与止姫が伊声耆掖邪狗に小碓の判断をゆだねた、という政治的な意味合いを持つ。さらに、それが高々7歳の女の子の個人的な意見ではないことを証明するかのように、彼女の背後には大荒田が率いる数百人の兵士がいる。

 この様子を遠巻きに見守っている人たちは、今後の政局は大荒田と伊声耆がキーマンであることを認識するはずだ。

「それでは与止姫様、この地は今はけがれています故、お引き取り願えないでしょうか?」

「わかった。」

 与止姫がそういうと大荒田は与止姫と護衛の兵士を連れて去って行った。

「じゃあ、行こうか。」

 与止姫たちが去ると、伊声耆は小碓を連れて家に向かった。




大和建(やまとたける)、ね。」

「え?」

「クマソタケルの弟が死ぬ前に君に名前を授けたじゃないか。ヤマトタケル、まさにピッタリな名前だ。」

「ああ、うん・・・。」

 小碓は淡々と伊声耆の話を聞いていた。

「君は優秀だよ。あの時、死体を見れて冷静になれただろ?普通なら君ぐらいの子供が人を殺すともっとパニックになるものだ。あそこまで優秀だとは思わなかった。」

 伊声耆はさらに続けた。

「君は自分がしたことを受け止めることが出来た。その歳でそれが出来るのは、人間の技じゃない。君の存在は神か悪魔か――あの時、与止姫様が君を殺せと言っていれば、君は殺されていただろう。」

 小碓は伊声耆の顔の方を改めてみる。

「だが、与止姫様は『殺すな』と言った。――君は悪魔ではなかったんだな。」

 伊声耆の声には若干の同情が含まれていた。

「神が人間の肉体を持って産まれると、色々と辛いだろう。君はそのような宿業を背負って産まれてきたわけだ。――大和建(やまとたける)様、どうか宿業を乗り越えられますよう。」

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