16.大和建の誕生-3
(意外に女装はバレないものだな。)
小碓は叔母の――叔母と言っても大和姫とは違い、かなり歳は近いが――両道入姫の計画が思ったよりも成功していて、驚いていた。
小碓は叔母の大和姫の服を着て女装し、世話係の女性に紛れ込んでいたのだ。
何よりも、大和姫のファッションセンスが思ったよりも良かったことが、大きい。
大和姫は伊勢の斎宮であるが、彼女がお守りとして渡した服を着ると用意に年頃の女性に変身できたのだ。年齢の割にファッションセンスがかなり良いことは確実だ。
そして、物事はトントン拍子に進み、今、小碓は川上建とその弟に挟まれて二人の話を聞いている。
「俺たちは、兄弟併せて『クマソタケル兄弟』と呼ばれているんだ!」
弟の方が自慢した。
兄弟で政治をするのは筑紫の伝統で、甕依姫も弟と一緒に政治をしていた。だから兄弟併せて「クマソタケル」と呼ばれること自体は、問題ではない。
「筑紫の国をこれまで守っていたのは俺と兄貴なんだぞ?それをだな、バカな女とそいつにゴマをする難升米とかいう奴が無謀な戦いを讃岐相手に挑んでだな――」
「こらこら、バカな女などというもんじゃない。甕依姫だ、甕依姫。」
「お、すまん、兄貴。」
「なぁに、今天下を取っているのは俺たちなんだ!甕依姫なんぞ、わざわざ遠慮をしてあんな甕依姫?の名を伏せる?意味が分からんぞ、ハハハ!」
「兄貴、ちょっと酒に酔っていないか?」
「お前に言われたくないわ、ガハハハハハ!」
「ちょっと、可愛い娘がドン引きしているよ?ねぇ、お嬢ちゃん?」
弟の方も酒に酔ったとわかる顔で小碓に話を振る。
「え、ええ、そうですね・・・。」
そう思いつつ、小碓は隠し持っている剣の存在がバレないか、冷や冷やしていた。
「ちょっと、酒のお変わりはないか?」
そう川上建が言ったので
「あ、はい、取ってきます。」
と小碓が言って立ち上がろうとすると、川上建が小碓の腕を引っ張った。
一瞬、服の中に隠し持っている剣の存在がバレたのではないか、とビビった小碓であるが、幸いにもその心配はなかった。
「ちょっと、君は行かないでくれ。」
「あ、はい・・・。」
そうした二人を見て、川上建の弟は
「仕方がないなぁ。」
と言いながら、
「ちょっと、あんた!」
と近くの下女に声をかける。
(今がチャンスか?)
弟の方は別の方を向いていて、川上建はかなり酔っている。今が、暗殺のチャンスかもしれない。
「あの、大王様、少しいいですか?」
「うん?何だ、娘よ。」
「大王様はとても強い方であられるのですね!私はひ弱な娘なのですが、そ、それでも、得意技があります!手品です!」
「ほう、手品か。」
「そ、それで手品をお見せしたいので、少し、目をつぶってみて下さい!」
緊張のためにかなり言葉が詰まっている小碓だが、川上建は若い女の子はそういうものだろうという考えと、酒に泥酔して判断力が鈍っていたのとで、全く怪しまずに目をつぶった。
『グサッ!』
鈍いが、大きい音がした。
一同が川上建の方に注目する。
すると、一人の少女が川上建の胸に刺さった剣を抜いているところだった。
「ヒィッ!」
誰かが悲鳴を上げる。
「次はお前の番だ!」
川上建の弟に向かってそういう少女の声は、もはや男性の声であった。声変りがまだ来ていないが、小碓の声は充分に威嚇になっていた。
常識的に考えて「筑紫一の勇者」と言われたクマソタケル兄弟の弟が幼い少年に負けるはずはないのだが、彼は本能的な恐怖を感じて逃げ出そうとした。
「待て!」
小碓は逃げようとする弟の方のクマソタケルを捕まえる。すると、とても子供とは思えない強大な腕力で組み伏せた。
そして、臀部から剣で彼の体を串刺しにする。
「ゲホッ!」
クマソタケルは口から血を吐いたが、さすがは筑紫一の勇者だけはあり、即死はしなかった。
「死ぬ前に貴方様に言いたいことがあります。どうか、その剣を動かさないでください。」
「なんだ?」
「まず、貴方様のお名前を教えてください。」
「私は大和の大王・大帯彦の息子の小碓だ。お前たちが讃岐の狗奴国と組んで悪事を働いていると聞き、征伐するためにやってきたのだ。」
「それはそれは・・・私はこれまで、自分と兄貴が最も強いと思っていました。兄弟そろって貴方のような子供に殺される最期とは、無念極まりない。しかしながら、これでも私は筑紫の大王の弟・・・うっ、あなたに・・名前を授けたいと思いますが・・よろしいでしょうか?」
「良いだろう。」
「私達は・・・クマソタケル・・・を名乗っていましたが・・・・小碓様は・・・・ヤマトタケルと――」
彼がそういった瞬間、小碓は剣を大きく振り上げた。
弟のクマソタケルの体は、瓜のように真っ二つに切られる。
次の瞬間、小碓は血に染まり切った周囲を見て我に帰り、呆然となった。
そんな小碓の肩を後ろから叩く者がいた。
「自分がしたことをよく見るんだな。それが一番、お前のためになる。」
振り返ると、そこにいたのは伊声耆掖邪狗であった。
「・・・はい。」
小碓は自分が殺した二人の男を見つめた。
「小碓!大王とその弟を殺した件で、貴様の身柄を私が拘束する!」
伊声耆はそう宣言すると、小碓の腕を後ろに組んで引っ張り、宮殿を出た。