10.播磨の事情-3
「納得できません!筑紫の奴らは一体、播磨のことを辺境だと思って軽視しているんじゃないですか?」
建石守は怒りが収まらない、と言った口調でまくし立てた。
「こらこら、お前が冷静さを失うと困る。」
播磨刀売は若干困惑気味の顔で建石守を諌める。ここ、揖保の宮内は巴利国の首都である。今後の巴利国の政策協議のために国の重鎮・幹部が集まっていた。
「だって、我が巴利国は既に宮内襲撃事件から体制を立て直し、いつでも狗奴国討伐を行う準備は出来ている状態なのですよ?なのにどうして、この期に及んで狗奴国と講和しなければいけないのですか!やっとこちらが盛り返して、狗奴国を滅ぼすこともできるかもしれない、という状況なのに!」
新しく筑紫の大王に即位した川上健は、狗奴国との融和路線を採用した。
これまで讃岐の狗奴国と戦っていた親筑紫派の諸国からすると、筑紫側の突然の路線変更ははしごを外された感じである。
瀬戸内地方にも巴利国を始めとして筑紫を倭国の盟主として認めている国は多かったが、この期に及ぶと筑紫に堂々と反旗を翻す国も出てきた。
「更に男王を立てしも、國中服せず。更相誅殺し、当時千余人を殺す。」(『魏志』「倭人伝」)
川上健の路線変更を支持するか、しないかの議論は一部では死者も出る小競り合いになっていたのである。
「ほかの国には川上健に反乱を起こしている国もあります!我が巴利国でも――」
「落ち着け!建石守らしくないぞ?讃岐と筑紫の双方を敵に回して勝てるとでも思っているのか!」
播磨刀売が一喝すると、建石守は黙り込んだ。
「確かに二方面作戦は無理だ。しかし、建石守の気持ちもわかる。」
一人の男性が口を開いた。
「おじさん?」
播磨刀売が発言者の方を見る。
発言者は、播磨刀売の叔父である彦汝であった。
「敵を倒すのに必ずしも戦う必要はない。要は川上健が表舞台から消えてくれれば、それで良いわけだ。」
「叔父様・・・・それは、失脚させる、ということですか?」
「ああ、それが出来れば一番いいのだが、それは容易なことではない。従って、次善の策を取ることになる。」
「次善の策?」
「失脚などという面倒な手段を一々とることはない。殺しちゃえばいいんだ。」
あっさりという彦汝に、場は静まりかえる。
「彦汝様、どうやって彼を暗殺するのですか?」
今度は建石守が聞いた。
「元々、甕依姫様がご存命の頃から筑紫には二つの派閥があった。倭載派と川上健派だ。つまり、川上健に反対する勢力は筑紫にも一定数いる。我が国と関係の深い難升米様もそうだな。」
一同が彦汝の話に聞き入る。
「だが、だからと言って容易に暗殺は出来ない。暗殺のデメリットは失敗した時のリスクが大きすぎるからだ。」
そこまで言って彦汝は一同を見渡した。
「ところで、私の可愛い娘の稲日姫は元気にしておるか。」