9.天界の議論-1
「玉依姫、長い人間界での生活、お疲れ様。」
「ああ、今から思えば一瞬だったけどね。」
ところは天界。
甕依姫は自分が亡くなる直前の夢での姿――まだ自分が若かったころの姿をさらに美しくした風貌――で、その夢で出会った青年の目の前にいる。
いや、もう彼女は「甕依姫」ではない。「玉依姫」だ。
そして、目の前の青年は過去世で玉依姫の夫であった「鵜草葺不合」である。
「ウガヤ――」
「いや、昔通り波限建でいいよ。」
鵜草葺不合は自分の別名の「波限建」で呼ぶように求めた。
「わかったわ。また会えてよかった。」
「本当にね。玉依姫、ずっと君を待っていたんだよ?もう離れたくない!」
「波限建、貴方は本当に私に執着しているのね。」
「ハッキリ言うなぁ。」
「ところで波限建、奈留多姫も来ているようね?」
「あ、そうだった、ごめん奈留多姫。」
そう言うと波限建は一歩下がって、横に控えている娘の奈留多姫に話の続きを促した。
「いえいえ。お母さん、久しぶり。」
「まぁ、数十年間展開を留守にしていただけだけどね。」
「普通、お母さんほどの霊力のある魂だと、肉体を持ちながら天界での仕事もできるのにね。」
「いや、天界にもたまには顔を出していたはずよ?だけど、肉体がないとできない仕事もあるわ。」
「確かに。」
霊力のある神が人界に生れてくると、人間の肉体を持ちながらもその潜在意識は神々と同じ力を持っている。潜在意識、つまり無意識に天界の住民としての力を使ったり、仕事をしていることもある訳だ。
特に、夢の中は潜在意識の影響を受けやすい。だから、玉依姫は亡くなる直前の夢で天界の住民である波限建と出会ったのである。
二人がそんな会話をしていると、波限建が言った。
「じゃあ、私は用事があるのであとは二人で。」
そういうなり、波限建は姿を消す。
「波限建も変わったわね。」
「そう?」
「ええ。私が人界に降りる前はもっと執着が強かったと思うわ。」
玉依姫は懐かしそうに過去を思い出した。
「私たち二人を置いてどこかに行くって、波限建らしくない。」
「ふ~ん、お父さんは我慢しているだけだと思うけどね。」
「そうなの?」
「だって、ずっとお母さんの帰りを待っていたのよ?夢の中に何度かお父さんが出てきたでしょ?」
「ああ、今思えばそうね。人界にいると夢の内容は正確に記憶できないけれど、今なら思い出せるわ。」
「それに、今はお父さんは色々な神様と会議をしているからね。」
「何の会議?」
「さぁ。詳しいことを聴くと怒るのよ。」
「お父さんの秘密を暴くのは奈留多姫の得意技でしょ?」
そう言う玉依姫の顔は微笑んでいた。
「多分、私には興味のないというか、理解できないことだと思う。また人界のことに干渉しようとしているということは知っているけど、いい加減、飽きないものね。」
「それはお父さんの趣味だから仕方ないわ。そういう奈留多姫もそろそろ人界に転生したいとか思わないの?」
「まぁ、全く思わないわけではないわね。私がしたいことは唯一つ、色界の素晴らしいメロディーを人界に伝える事よ。」
「音楽家になりたいわけ?それとも詩人か。」
「人界での音楽とか歌とか詩とかいうもので、色界に遍満しているこのメロディーを伝えられるかは難しいけれど、一度やってみたいわね。」
「それは私も一度してみたいなぁ。またいつか!」
「ええ。」
その後、二人は天界と人界との思い出話にふけった。