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鏡の伊勢、剣の甥  作者: 讃嘆若人
第一部 乱始変局篇
1/61

Prologue 1

 人間、いくら反抗期であっても、心のどこかでは親のことを信頼しているはずだ。

 親に対して不満を言う子供はいても、自分から親子の縁を完全に断とうとする子供は、全くいないわけではないが、少ない。

 だいたい、思春期も終わりの方になって来ると、大抵の子供は「世の中」というものがわかってきて、どんな欠点のある親であっても「仕方のない現実」として受け入れるものである。

 大碓(おおうす)も、数えで18歳となり、ようやく浮気性な父親の存在を受け入れることが出来るようになったところであった。

 大和の大王である父・大帯彦(おおたらしひこ)は、各地から数多くの女を連れて来ては妃にしていた。大碓からすると、父親は女たらしのだらしない男に過ぎない。

 それに対して、母親の稲日太郎女(いなびのおおいらつめ)、通称・稲日姫(いなびひめ)は遠い播磨の国からわざわざ大和にやってきて、夫の大帯彦に仕えているのである。父親と母親はあまりにも対照的すぎて、子供たちが父親のことを充分に尊敬できなかったのは、やむを得ないところだ。

 大帯彦と稲日姫の子供は、大碓を含めて五人いた。

 大碓の兄の櫛角別(くしつぬわけ)王と弟の小碓(おうす)倭根子(やまとねこ)神櫛(かんぐし)王である。この中で一番父親を嫌っていたのは、長男の櫛角別王だ。

 櫛角別王は反抗期の大碓の火に油を注ぐかのように、父親の浮気話を大碓にしていた。彼は父親を嫌悪していることを隠そうともしなかった。それは、反抗期をとっくに過ぎて成人した今でもそうなのだから、彼の父親への反発は思春期の一過性のものではなかったようである。

 大碓も、数えで17歳のころまでは――ちなみに、当時はまだ西暦で3世紀半ばのことであり、一年を二年と数える「倍数年暦」が使用されていたため、彼の17歳は当時は「34歳」と呼ばれていた――思春期の最中ということもあり、兄同様に父親のふだしらさに対して猛反発していた。

 だが、大王の息子として政治というものを学ぶにつれて、むしろ各地から数多くの妃を迎えながらも大した混乱もなく政権を安定させている父の政治手腕が優れていることを、認めざるを得なくなってきた。

 何しろ、先代の伊久米入彦(いくめいりひこ)大王も先々代の御真木入彦(みまきいりひこ)大王も、 王族同士の権力闘争や豪族の反乱といった内乱に悩まされてきた。

 ところが、父が大王の位に上って以来、そのような混乱は起きていないのである。これは、大帯彦の政治手腕をみとめなければなるまい。

 それに、「標準語」などなかった三世紀半ばの当時、地域ごとの方言の差も激しい。なのに、大帯彦は大した混乱もなく後宮をまとめているのである。

 大碓の母親の稲日姫も播磨の方言が大和では通じなくて困った、という苦労話を子供たちにしたことはあるが、父親の大帯彦の悪口を言ったことはない。まぁ、旦那が浮気性で寂しいといった不満はこぼしたことがあるが、性格が悪いとか、DV癖があるとか、あるいは酒乱であるとか言った話は、少なくとも大碓は聴いたことがない。

 そういうことを冷静に見ると、大碓は兄の櫛角別王とは逆に、父親には尊敬できる面もあるのではないか、と思うようになっていた。


 だが、そうした尊敬の念も、一瞬で吹き飛ぶ出来事があったのだ。


「大碓よ、少し頼みたいことがあるのだが、良いか?」

 今日の朝食の後、大碓は父の大帯彦に声をかけられた。

 ちなみに、大帯彦は毎朝、家族全員で食事をとるようにしている。二桁にも及ぶ妃も全員出席するこの行事、かなり賑やかではあるが、これも後宮を平穏にまとめるための儀式なのだろう。

 もっとも、櫛角別王は父親に反発して食事は欠席している。

「なんでしょうか?父上。」

「ちょっと、後で私の部屋に来てほしい。」

「わかりました。」

 父親がどういうことを自分に相談しようとしているのか、大碓には皆目わからなかったが、とりあえず、食事を終わらせた後、父親の部屋に向かった。

「父上、何の用でしょうか?」

「おお、大碓か。ちょっと、そこに座ってほしい。」

 大帯彦に座るように促された大碓は、何か重要な話題をされるのではないか、と緊張した。

「実はな、美濃の国の大根王の娘二人が、とても美人らしいのだ。」

「――――は?」

 なんか、父親が息子に話す内容にふさわしくない声が聞こえたぞ、と思った大碓だが「もしかしたら、自分の縁談の話かもしれない」と思い直し、姿勢を正して真剣に話を聞く。

「私はその大根王の娘二人を妃にしたい。そこで、お前に迎えに行ってほしいのだが、お願いできるか?」

「え?」

「うん?無理か?」

「あ、いえ、すみませんが、父上。話がよく呑み込めなかったので、もう一度言ってくださらないでしょうか?」

「だからな、美濃の大根王の娘二人を私の妃にしたいのだ。それで、お前にこの姉妹を迎えに行ってほしいのだが、お願いできるか?」

「・・・・あ、わかりました。」

 内心では「ふざけている」と思っていたのに、いざ口から出てきたのは「わかりました」の六文字だ。

 自分の息子に女を連れて来させる男がどこにいる?とは思ったが、それは口に出さずに、大碓は部屋から退出した。

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