壱 下剋上
この物語はフィクションです、実際にあった出来事とは全く無関係です。
また性的な描写も含まれています。了承してから読んでください。
物語と言えるのような人生が、少年にはなかった。ただ少年に一つ、違うものがあるのだとすれば、それは友達がいないことだ。友達もいなければ味方をしてくれる仲間もいない。そんな彼が学校に行くとどんな結末が待っているのだろうか。予想するまでもない。
「…」
少年はただ黙っているだけだった。殴られても、蹴られても。彼に、心の休まる時間なんて存在しなかった。トイレに行けば水をかけられ、教室に行けば黒板消しを投げつけられ、放課後には靴を隠され。だが彼は決して誰かに助けを求めようとはしなかった。苦しいときはいつも、家で一人枕に向かって泣き叫んでいた。ただそれだけの、つまらないいじめられているだけの少年。そんなつまらない日常は、ただ一瞬の出来事で塗り替わってしまうのだった。
僕は米澤悠木、高校一年、一六歳、射手座。趣味は小説を書くこと。何の変哲もないただの高校生だ。高校生だ、というがつい数日前までは中学生だった。つまり僕は高校に入学したばかりの新入生ということだ。桜の花が舞い散るこの通学路を僕は胸に期待を抱きながら学校へ足を運んでいた。新しい環境、新しい友達。小説を書く僕にとっては刺激の強い出来事である。それ以上に、忌まわしいものとようやく別れることができてぼくは晴れ晴れした気分になっていた。
校門を抜け、下駄箱で靴を履き替え、自分の新しいクラスの教室へと踏み出す。僕のことを知る人のいない、真新しい空間。ここで友達を作り、三年間楽しい日々を過ごす。そう思えたのは入学式の日だけだった。
「米澤じゃん」
「―――ッ!?」
愕然、衝撃、動揺、唖然。どの言葉も当てはまらない、焦りと絶望が僕を襲う。
「は…?」
丹羽巴佳。中学三年間同じクラスだった、女子生徒。長い黒髪に整った顔立ち。中学の時は生徒会長を務めており、その名を知らない者は誰一人いないくらい有名で、人望があり、人気のあった女子生徒。
「ふふ、偶然ね。また、遊んであげる」
「な、なんで…入学式の時お前の名前なんて…」
「堺さんその子知り合い?」
廊下で僕と話す庭の後ろにいた生徒が不思議そうな表情で横から顔を出して僕のことを見つめてくる。不思議そう、と表現したがそれは誤った表現だ。彼女は僕に対して不思議そうな眼をしているのではなく、丹羽が僕と話していること。その事実に対して不思議そうな眼をしているのだと僕は直感した。
「さ…かい?」
「そう」
丹羽の僕を見る目は、明らかに人間を見る目ではなかった。
「私、苗字が堺に変わったから」
「は…!?」
それはまさに、僕のこの三年間の学校生活の死を意味していた。
丹羽巴佳。先程紹介したように中学時代では非の打ち所のない生徒。誰もそんな彼女が、いじめの主犯だなんて思うだろうか。
丹羽巴佳の母親は、この学校の理事長を務めておりその寄付額はとんでもないもだったのだ。その娘である丹羽巴佳には、誰も逆らうことができなかった。だから彼女の起こすいじめは学校全体が共犯。教師でさえ。僕は、中学に入ってから三年間丹羽巴佳にいじめられ続けてきた。いや、みんなが僕をいじめるように仕向けられたのだ。だから僕はあえて誰も進学しなかったこの学校を選んだのだ。そうすればだれも僕をいじめることはない。誰にもいじめられることはない。そうした思いでようやく地獄の三年間から解放されたと思っていたのに。それもたった一日で終わってしまった。終わらされてしまった。
「でもいじめを見逃されてたのはあいつの母親が理事長だったからだ。この学校ではあいつの思うようには出来ないさ」
当時そんな安直な考えをしていた僕を、殺してやりたいと。そう思ってしまった。
「あいつだってよ、三組の堺さんを強姦した奴」
「マジで?」
丹羽巴佳、改め堺巴佳が中学生の頃に米澤悠木に強姦されたという噂はたちまち校内中に広まった。もちろんそんな事実なんて存在しない。にもかかわらず、そんな噂が広まってしまっている。僕は、そんなありもしない噂に殺されてしまった。クラスでは誰一人僕に近づこうともせず、ある生徒は僕の机に飲み物をぶちまけ、ある生徒は僕とのすれ違い際にガムを吐き捨てた。中学の時の地獄が、まるで正夢かのように再現される。
「なんであいつなんも言わないんだ?」
「強姦したのが事実だからだろ?」
「いいなぁ、俺も堺さんとヤりてー」
「ばか、お前もいじめの対象になるぞ」
どいつもこいつもゴミばかりだ。
―――バシャ
白く乳臭い液体が校舎裏の陰で昼食をとっていた僕に降り注ぐ。
「…あんた何にも言わないからキモいんだよ」
白く乳臭い液体、牛乳を僕にかけたのはこの状況を作り出した張本人。堺巴佳だった。
「死ね」
死ね。その言葉が、僕を変えるきっかけになったのかもしれなかった。どうして僕がこんな目に合わないといけないのか。僕が何も言わないから?我慢すればきっと幸せな未来がやってくる。バカかそんな未来はない。信じられるのは自分の力だけ。どうすればいじめられない?僕に力さえあれば。お前がしね。いつか殺してやる。そうか。
僕が彼女を、支配すればいいんだ。
正気に返った時、僕の目の前には頭から血が流れる男子生徒と堺巴佳がいた。彼女は酷い汗を流しながらこちらを見ていた。そんな僕は不思議と気分がよかった。ストレスで白くなった髪を揺らしながら僕はゆっくりと堺巴佳に近づく。
「いや…来ないで!」
僕はいつ手にしたのかわからない右手に手にしていた鉄のパイプで思いっきり逃げようとする堺巴佳の体を殴りつけた。
「ひぐぅ…」
すると堺巴佳はそのまま芝生に倒れこむ。彼女は怯えた表情で僕を見つめる。まるで、中学生の頃の僕のように。震えが止まらなかった、気持ちがよすぎてつばを飲み込むのさえ忘れていた僕の口元からよだれが垂れる。
「そっか…こんな気分だったんだね」
「え…?」
僕は迷うことなく堺の体を両手で押さえつける。何のとりえもない、力なんて下手すれば女子よりも弱い僕だけど、不思議とこの時は誰にも負けない自信があるくらいの力が出た。痛みを感じるのか、堺の顔が歪む。
「何…すんの…」
「何って、決まってるじゃん。噂を事実にしてあげるよ」
「は?事実って…冗談でしょ?」
僕は彼女の問いに返答することなく、彼女の服に手をかけた。耳が痛くなるほど叫び声をあげる彼女を黙らせるために何度か彼女の顔を殴りつけ、そして痙攣と同時に涙を流しながら何も言わなくなった彼女を僕は、初めてであったであろう彼女の全てを奪い去った。
休み時間のおわる予冷が聞こえた。僕は脱ぎ捨てていたズボンを履けば小さく堺巴佳の耳元で囁く。すると彼女は震えながら僕に脱ぎ捨てられた下着や服を着ていく。
「わかってると思うけど、堺」
「はい!わかってますから!だからやめてぇ!!!」
たった二十分の出来事だったが、その出来事で僕と堺の立場は影で逆転してしまっていた。