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戦国島津史伝  作者: 貴塚木ノ実
天下の行く末
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第七十七話 帰国

 慶長五年(一六〇〇年)九月二十二日夜明け頃。

 大阪城の女衆、河内国で別れた木脇弓作ら島津の将兵、さらに伏見から呼び寄せた者たちを連れて、手形を見せつけて堂々と多くの小船に乗り込んだ。

 なお、この一行には日向国高鍋を治めていた秋月長門守種長の夫人も密かに引き連れていた。



 折からの干潮でなかなか舟が進まなかったが、満潮を待ってから移動を開始し、沖合につけていた大船に乗り込んでいく。

 一路、西宮の沖合を目指した。



 その頃、惟新も朝もやで煙る堺を出発し、西宮の沖に到着していた。

 ふと東を見ると、猛然と近づいてくる大船があるので、伊勢貞成らは警戒して鉄砲の火蓋を切らせて構えさせた。

 だが、男が手を振っているのを見つける。


「おおーい! おおーい!」


 まるで木脇みたいな声だな、と思って伊勢貞成が目を凝らすと、確かに甲板には木脇弓作ら、数日ぶりに見る懐かしい面々が顔を並べていた。


「殿! 御台所船が参りました!」

「そうか!」


 船室で控えていた惟新もその声に反応して、跳びはねるように駆け上がり、甲板まで顔をだした。



 一方大坂城から脱出した一同も、停船していた船の甲板に浅葱色の手拭いで頭を包んだ老人の姿を捉えた。


「殿だ! 殿だ!」

「殿! やった! 殿だ!」


 口々に叫んで手を振る。

 中には慌てすぎて欄干から身を乗り出し、危うく落ちかける者、既に泣きはらしている者も居た。


 さらに後ろから、大船数十艘余りが追いついてきた。

 島津の船団は目をむいてそれを睨んでいると、どうやら立花宗茂らの一団だと言う。


「豊後沖までお供いたしますぞー!」


 甲板に身を乗り出して大声を張り上げる船頭を認めて、およそ四、五十艘の船団が瀬戸内海を進み始めた。



 同年九月二十二日午後

 波が穏やかになる島の浦で、島津家の三艘の船はお互いに寄せあって足場を通した。

 そして改めて、惟新の船に多くの者が乗り込んでくる。


「殿! 御無事ですか!」

「なんの! たかが数日でくたばるものか!」


 歓声はすぐに鎮まり、その輪の囲いが解かれる。

 そして奥から宰相が静かに進み出た。


「……宰相」

「……あなた様……」

「近う……」


 多くの者が目を潤ませて見守る中、惟新が手を伸ばした。

 宰相は女中らの手を取りながら足場を渡り、そして惟新の手を取る。


「ああ……」


 宰相はたまらず、惟新の胸に飛び込んだ。

 わっとあがる歓声の輪の中で、老いた夫婦は固く抱きしめ合う。


「本当に、本当に生きているのですね」

「無事だとも」


 頬を撫でる宰相の手を惟新は愛おしそうに握りしめる。


「……えいっ」

「いたたた」


 宰相は惟新の伸びた髭をつねり上げ、惟新は顔をしかめる。


「本当、生きてるみたい……!」

「そう言っておろうが」


 惟新は笑い、また肩を抱く。


「もう、二度とどこにも行かないでくださいまし。ずっとずっと、おそばに居させてください」

「うむ。約束しよう……」


 仲睦まじい二人の背中に、また一人の男が足場を渡ってきた。


「殿! 殿ではございませんか……!」


 足を引きずり、よたよたと惟新の船に移ったが、そこで少し船が傾いてばたりと倒れこんだ。

 それを手助けしようとした惟新の袖にすがりつく。

 伏見城の戦いで手負いとなって療養していた松岡勝兵衛だった。


「これは夢か現か! ああ……!」


 声を上ずらせて号泣する松岡勝兵衛に、周りの者や水夫までも釣られて涙を流すのだった。



 その後、惟新は亀寿の元の御前に参じた。


「惟新様、御無事で何よりでございました」

「御上様こそ、長年の苦労を慮れば言葉もございませぬ」

「畏まらないでください。死地より見事逃げ延びたお話、聞かせて頂きました。御身はまさに八幡神ではないでしょうか」

「滅相もございませぬ」


 首をすくめる惟新に、亀寿も袖を濡らして再会を喜ぶ。


「どうぞこちらに。皆でゆるりとお話をしましょう」

「はい……」


 そして再び一行は立花宗茂らの船団に守られながら瀬戸内海を西へ舵を切った。




 同年九月二十六日

 周防国日向泊で一泊することになった時、その立花宗茂から打診があり表敬訪問を受けた。


「島津殿、よくぞ御無事でいらっしゃいました」

「立花左近殿、こうしてお会いするのは高麗以来か」

「ええ。そのご高名、我が耳にしかと届いておりました」

「左近殿、狭い場所ではあるが、こちらへ。語らおうではないか」

「はい」


 島津惟新六十六歳。立花宗茂三十四歳。

 惟新は西国無双の英傑に生死不明の豊久の姿を重ね合わせ、再会して涙を流した。

 そして戦場で何があったのか、これからの事を懇懇と夜通しかけて話し合うのだった。


 立花宗茂が惟新の姿を認めた時、家臣から親の敵である故これを討つべしと進言されたと伝わる。

 だが立花宗茂もまた高潔な武士だった。

 敗走の士を討つは意に沿わないとして退け、惟新と心やすく友情を深めるのだった。




 同年九月二十八日

 周防国の屋代島の西、上関の湊を出発した一団は、伊予灘の沖合で別れた。

 立花宗茂は壇ノ浦を通って柳川へ。

 惟新らは日向細島から薩摩へ。

 立花宗茂の船団から何艘かはそのまま護衛として割いてくれた。


 九州へまもなく、というところで惟新は船団を三つに分けた。

 一つは宰相や惟新の乗る御座船、一つは亀寿の乗る御台所船、もうひとつ帖佐衆の船である。

 だが九州を目前にして再び試練に襲われる。


 夜暗く波に揺られる船団に突如として振りかかる発砲音。


「何事だ!」

「分かりません! 攻撃を受けています!」

「ここはどこぞ!」

「豊後沖かと!」

「えい、湾の中に入り込みすぎたか!」


 そこは豊後国の守江と呼ばれる湾の近くだった。

 折からの波が高く、進路を誤って海岸に近づきすぎた。見れば海岸沿いに篝火が焚かれ、大騒ぎとなっているようだった。


「御台所船ははよう南へ! 我等はここで食い止めるぞ!」

「相手は黒田殿の兵船かと存じます!」


 二艘の船で追いかけてくる黒田如水の兵団を迎撃しながら南へ転進した。

 だが風向きが悪く、なかなか前に進まない。


「殿の船は早うお行きくだされ!! ここは我等が食い止めます!」


 伊集院久朝が叫び、相手方の船団に飛び込んでいく。

 惟新も後ろ髪を引っ張られるような気持ちのまま海域を離脱するのだった。


 この豊後沖での海戦で、惟新と宰相、亀寿らの船は逃げることができたが、殿しんがりを務めた伊集院久朝の船、三艘余りが犠牲となった。

 水夫十三人、女八人が生き残って捕らえられたが、残りは全て討死という報せを、惟新は後日になって聞いた。



 同年九月二十九日

 一行は日向国の細島に到着。

 細島は土持氏らが治めるあがた、門川の南にほど近い湊である。



 同年九月三十日

 南へ下り、耳川を超えて、高鍋に到着。

 高鍋を治める秋月家に夫人を送り届けた。

 事前に話を聞いていなかったので、城の者らは望外の喜びに沸いた。



 同年十月一日

 佐土原の手前で亀寿、宰相らは西へ向かい、諸県郡八代を経由して薩摩を目指した。

 飫肥の伊東祐兵が惟新討死の報せを聞いて周辺の島津家領に攻め入っている、という話が届いたからだった。


 牛の刻、日が真上に差し掛かる頃。

 惟新は豊久の母と姉と共に佐土原に入城した。


 そこで改めて惟新は関ヶ原の様子、豊久を見た最後の姿を語った。

 豊久の母も唇を噛み締めながら涙を流すのだった。

 そして惟新が暇を請う時になって、ぽつりと呟く。


「惟新様は、豊久を見捨ててお逃げになり、またここで佐土原を見捨てて行かれるのですね」

「……!」


 惟新は体を強張らせ、何も言えなかった。

 飫肥の伊東祐兵が南側から、北からは徳川家康率いる関東方が迫っている、という風聞があったからだ。


「……もし関東方が迫るようなことがあれば我が生命を賭け、死を以ってこれを抑え討ちます。どうかご容赦を……」


 涙を流し、それだけ言って、ただひたすら頭を下げるしかなかった。

 そこから先は街道沿いを島津家の兵が間隔を置かずに警備についていた。

 兵たちは涙を堪えながら、遠国の地より生還した一行を迎えるのだった。



 同年十月二日

 一行は庄内の北、大淀川沿いにある大窪村で一泊。



 同年十月三日

 そして翌日、一行はついに大隅国に入る。

 途中、富隈の手前、四キロほどの所で惟新は目をむいた。


「兄上……」


 僅かな供回りを連れ、龍伯が馬上から見つめる。


「……」


 逆光の中、龍伯の表情は分からなかった。

 龍伯は先導役を務めると言わんばかりに、何も言わず踵を返した。



 富隈城。

 龍伯と惟新はおよそ二年ぶりに再会していた。


「……」

「……お久しゅうございます……」

「……」


 頭を下げる惟新に、龍伯はしばらく押し黙っていた。

 何も言えなかった、という方が正確かもしれない。


「……軽挙、と言わざるをえんな」


 ようやく出てきた言葉に、惟新は身体を震わせ、うつむく。

 明らかに怒りに震える声だった。


「……返す言葉もございませぬ」

「余と内府殿は此度のこと、相働かんと誓紙を取り交わしていたのだぞ」

「え!?」


 惟新は絶句した。

 そんな話は初耳だった。


 何故それを言ってくれなかったのか。

 何故兵を差し向けてくれなかったのか。

 そうすればすぐにでも人質を取り返して、内府の元に馳せ参じたのに。


 惟新の胸の内に様々な感情と言葉が渦巻くが、言葉が出てこなかった。

 そして折も悪く、九月二十八日付の寺澤志摩守、山口勘兵衛直友連名の書状が届いていた。


『此度の惟新御逆意は是非も無い次第。これは龍伯父子に同意があったのか。様子を詳しく内府に申し上げること』


「こんな詰問状が届く始末だ」

「……」


 その書状を読み、惟新は肩を震わせる。


「では……どうすればよかったのだろうか……」


 惟新は人質を取られ、万が一のことがあってはいけない、と思った。

 もはや石田方に与する以外に手立てはない、と判断した。


 今まで惟新を支えていたものが、ぷつりぷつりと音を立てて弾けていく。

 ただ涙が溢れかえった。


(やはり腹を切るべきだった。最初の内に、首を内府に差し出していればよかったのだ)


 惟新の袴があっという間に涙で濡れていく。

 その肩に龍伯が手をかける。


「……もうよい。お主はよくやってくれた」

「え……」


 惟新が見上げれば、龍伯の頬にも涙が溢れかえいた。


「よくぞ、よくぞ無事に戻ってきてくれた」

「兄上……」

「わずかな兵にも関わらず、しかも娘まで取り戻してくるとは、お主のやることにはいつも驚かされる」

「あに……うえ……」


 惟新は龍伯の袖を掴み、声を震わせる。


「骨肉同胞である弟の死を望む兄だと思うてか」

「うう……」

「お主ならば必ずや……、必ずや生きて帰る。そう信じて祈る日々だった……」

「……兄上……っ!」


 龍伯も惟新もひたすら泣いた。


「みんな……みんな死んでしまった! 俺を信じて、俺を慕って参じてくれたのに、死なせてしまった! 俺は……、俺は……! 皆にどれだけ詫びればいいのだろう! どうすれば……、どうすればよかったのだろう……!」


 惟新はそれまでひたすら我慢していたこと、ひたすら溜め込んでいた思いを全て放り出した。

 支えを失った惟新は龍伯にすがり、慟哭する。

 龍伯もその肩を抱き、慰めるのだった。


「あとは任せよ。儂の関ヶ原はこれからだ」


 龍伯の笑みはどこまでも力強く、まさに太守そのものだった。惟新にはそれが神々しく見えた。


「然らば巨細を聞かせよ。そもそもお主、四月末に伏見城の留守番を任されていたのだろう」

「はい……」


 それから兄弟二人、目の前であった事を報告し、善後策について話し合った。

 暇を賜った惟新はその日の内に、船でようやく帖佐に帰り着いたのだった。



 同年十月四日

 帖佐城。惟新はまた慌ただしく出立の準備をしていた。

 何も聞いていなかった家臣が惟新を尋ねる。


「殿、どちらへ」

「向島だ」

「向こう……桜島ですか」

「うむ。謹慎する」

「はあ」


 奥方の女中たちも準備に忙しそうにしていた。

 陣頭指揮を取る宰相に、惟新は申し訳無さそうに気遣う。


「宰相、別にお主はここに居てもいいのだぞ。久しぶりの薩摩だろう」


 しかし宰相は手を止め、むっと頬を膨らませる。


「これからはずっと一緒だって、お約束したじゃないですか」

「……そうであった、そうであったな」


 惟新は笑い、宰相の肩を抱きすくめるのだった。



 だがこの時、島津家を取り巻く状況は最悪だった。

 惟新らが帰国の途に付く間、すでに肥後の加藤清正は水俣を経由して薩摩国は出水に攻め入っていた。

 これに対しては図書頭忠長が懸命に防いでいる。


 同時に領内まで攻め入られた際の最終防衛拠点として蒲生龍ヶ城の造営と整備改修を開始した。


 また家康も戦後処理の一環として石田方に与した家へ次々と厳しい処分を下していた。

 ある意味ではこれからが島津家の本当の戦いでもあった。

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