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戦国島津史伝  作者: 貴塚木ノ実
母の戦国
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第六話 海蔵院頼増

 善久の死から、数年が過ぎた。


 伊作島津家はその後も当主のいない時代が続いていた。

 執政については久逸は宗家に対する反逆人であったため表には出てこれず、名代(みょうだい)・常磐、後見・久逸(ひさやす)という体制で執り行うようになっていた。


 この時、菊三郎は五歳。甘えたい盛りの年頃でもあった。

 菊三郎は美人と評判だった常磐の特徴をよく受け継ぎ


「これはよか二才(にせ)じゃ」


 と周囲の評判は高まり、将来の期待を一身に背負って育った。


 また亀丸城では常磐による菊三郎の教育も始まっていた。

 常磐は、執政で忙しい合間に菊三郎へ教育の鞭を取ろうとした。

 だが講学に飽きた菊三郎に可愛い顔で膝元に擦り寄られれば、母として無碍に扱うこともできない。

 破顔して抱きしめては早々にきり上げてしまうことがしばしば続いた。


 しかし、菊三郎を立派な跡継ぎに、と決意を固めた常磐は、自らの教えでは限界があると悟り、義父・久逸に相談した。


「寺に預ける、とな」

「はい、私では菊三郎に教えるには限りがございます。菊三郎には武勇だけではなく、学問もよく修め伊作島津家の跡継ぎとして立派な大将になってほしいのです」

「ふむ……」


 久逸はふと考えたが、答えはすぐ近くにあった。


「この城の川の向こうに海蔵院(かいぞういん)という寺が在る。海蔵院は真言宗の寺で、紀州の根来ともつながっており、京とも人との行き来がある聞いておる」


 久逸は思いつめた表情の常磐を慰めるように笑顔を作る。

 久逸もまた、家のために身を投げ打って尽くす常磐を心から信頼していた。


「そこの頼増(らいぞう)という住職は僧兵の出ではあるが、学をよく修めて仏の教えや神道にもよく通じているということだ。このご時世であるから、薩隅日(さつぐうにち)の三州ばかりではなく京の事情と通じることは我が伊作家にとっても利することとなろう」


 それを聞いて常磐もまた「是非に」と願いでて、菊三郎は海蔵院に預けられることになった。



 伊作亀丸城の前を伊作川という小さな川が流れていた。

 その川向う、生い茂る緑の木々の隙間をぬうようにして細い参道を登って行くとシラス台地を削って平らに(なら)した場所にでる。

 小さな寺に不釣り合いなほど立派な寺門をくぐった先に、真言宗の末寺、海蔵院があった。


 母との別れの日、菊三郎は大泣きに泣き、常磐もまた涙をこらえて菊三郎に言って聞かせた。


「よいですか、菊三郎。伊作島津家の行く末は、あなたがここでどれだけ学ぶかにかかっております。和尚によく学び、よく鍛え、あなたの父のように立派な将になるのですよ」


 菊三郎と同じ視線まで腰を落とした常磐は白い肌にかかった髪をそっと戻し、菊三郎を抱きしめた。

 しかしまだ幼い菊三郎には母の言っていることを理解出来ず、ただただ別れを惜しみ、わんわんと泣き喚いて常磐を掴んで離さず困らせた。


 藍色の僧衣を身にまとっった頼増和尚も、その様子を見てもらい泣きしたが、己に課せられた重責を神仏(みほとけ)が与えた使命であると捉え、心を鬼にして菊三郎を引き離して説いた。


「若君よ、今は堪えるのです。なにも今生の別れというわけではないのです。正月にもなればまた会えます」


 頼増和尚の優しくも厳しい言葉に菊三郎はようやく涙を拭うと、海蔵院をあとにする常磐の背に、気丈にも手を振って応えた。

 その姿に、常磐も頼増和尚もまた涙を誘われるのだった。



 海蔵院で菊三郎の教育が始まったが、ここには菊三郎以外にも多くの子供が学ぶために預けられていた。

 それらの子供たちは頼増和尚の方針により、士分の別け隔てなく扱われて学問に励んでいた。

 だがまもなくして一つ問題が発生する。


 頼増和尚が予想していた以上に、菊三郎は我儘(わがまま)に育てられており、大変な悪戯(いたずら)好きであったということだ。

 また、士分の別け隔てなく、と言いつつも子供うちでも自然と気を使うところもあったのか、菊三郎が幼いながら首領格として率先して悪戯遊びに興じるようなところもあった。



 そんなある日のことである。


 菊三郎の音頭でふんどし姿になって伊作川に入って遊んでいるうちに、田んぼの畦道で蛙を捕まえた子どもたちが蛙の両足にススキの葉で結んで引っ張り合う、という子供ながらに無邪気で残酷な遊びに興じていた。

 そろそろ講学の時間だ、と思って伊作川まで呼びに来た頼増和尚は、それを見咎めて烈火のごとく怒ると蛙を取り上げた。

 そして菊三郎の耳を引きちぎらんばかりの勢いでつねりあげて寺まで引っ張っていき、堂の柱にきつく縛り付けた。

 菊三郎も痛い、痛いと悲鳴を上げたが、容赦をしなかった。


「大将たるもの弱者を慈しみ、労るものですぞ。蛙が相手とは言えなんたる残酷な振る舞い! そこで蛙めの受けた痛みを味わい反省するとよいのです!」


 しかし菊三郎は憮然とした表情で、頼増和尚の背中にボソリと呟いた。


「たかが蛙ではないか」


 小さな抗議の声であったが、それが耳に入った頼増和尚は振り返るとその勢いで菊三郎の左頬を叩いた。

 乾いた音が堂に鳴り響き、見る見る間に菊三郎の頬が赤く腫れ上がる。


 菊三郎が痛みで溢れそうになる涙を堪えてチラリと頼増和尚を見やる。

 頼増和尚はそれを反抗的な態度と受け取ってしまったのだろう。

 今度は菊三郎の右頬を先ほどよりも強く叩いた。


 さすがの痛みに菊三郎はこらえきれずに涙をこぼす。

 頼増和尚は身をかがめ、菊三郎の小さな両肩を掴んで睨みつけた。

 その頬にもまた、涙があふれている。


「あなたは伊作家の主であることをお忘れかっ……! 伊作家が栄えるのも、廃れるのも、あなたの努力次第であることをお忘れかっ……! 母君もそうおっしゃってここにあなたをお預けになられたことをお忘れかっ……!

 あなたは……! あなたはっ……!」


 そこまで言うと頼増和尚は涙で言葉を無くし、嗚咽し、顔を伏せる。

 頼増の涙で板床がみるみる濡れていった。

 菊三郎も母の言葉を思い出して寂しくなり、また痛くもあり、大声で泣きだしてしまった。


 その泣き声は、川向こうの亀丸城にいた常磐の耳にも届いたらしい。

 常磐と女中は思わず顔を見合わせる。


「あれは……菊三郎の泣き声かしら?」

「おそらく……。なにごとでしょう……」


 女中は心配そうに海蔵院のある方を見つめる。


「使いを出してなにごとか伺ってまいりましょう」


 そういって海蔵院まで事情を聞きに行った使いの者が戻ってきて、常磐はその話を聞くと「まあ」と思わず口元を抑えた。

 そしてしばらく思いを巡らせたあと、ニコリと微笑む。


「菊三郎は良き師に巡り会えましたね」


 そう言って海蔵院がある方角を見て、愛おしそうな視線を送るのだった。


 それから、菊三郎は多少なり心を入れ替えたのであろう、以前より勉学に励むようになった。

 しかし悪戯癖はそう簡単に治るわけでもなく、川での水練に夢中になるあまり講学の時間を忘れて、頼増和尚の恐ろしいげんこつが見舞われるのであった。


 それから幾年月が過ぎ、時は明応(めいおう)九年(一五〇〇年)。

 菊三郎は九歳を迎えた。


 顔つきにはまだまだ幼さは残るが、立ちふるまいに大人らしさが見え隠れするようになり、頼増和尚もその成長を楽しく見守っていた。


 しかしその矢先の出来事。


 海蔵院では今日も講学を終えた子供たちが遊びに興じている。

 その中の一人の子が「昨日猿を見た」と言って聞かず「どんな顔つきであったか」とやかましく笑い合っていた。

 そのうち「こんな顔であった」と習字の紙に猿の顔を描いてみせた。

 だがそれは実に下手くそで「そんな猿はおらぬであろう」と笑いが起きる。


 それを後ろから見ていた菊三郎がひょいと顔を出して筆を取った。

 その猿らしき顔、鼻の横に墨で黒丸を付け足した。

 それは頼増和尚のほくろの位置と同じであった。


「こんな顔なら毎日見ておるな」


 菊三郎がそういうと子どもたちはゲラゲラと笑い転げる。

 調子づいた菊三郎は猿顔を描いた和紙を手に取ると、堂の片隅に置いてあった頼増和尚謹製の、作りかけの仏の木像の顔の部分に鼻くそを練って貼り付けた。


 それを見て子どもたちは悲鳴のような笑い声で腹がよじれんばかりに笑った。

 しかし、その笑い声も人の気配を感じてふと振り返ったところでピタリとやむ。


 そこには薙刀を片手に阿修羅像の怒面のような形相で顔を真っ赤にした頼増和尚の姿があった。


「今日という今日はもう許さぬ! この悪童どもめ! その素っ首、跳ね飛ばしてくれる!!」


 そう言うと子どもたちは悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、菊三郎もそれに笑いながら続く。

 しかし捕まれば今まで以上に厳しい折檻が待っていると思えば、その逃げ足は真剣だった。


 堂の周りを使った追いかけっこが続いたが、頼増和尚も菊三郎に狙いを定め、子どもたち共々ついに縁側まで追い詰められた。

 子どもたちは次々と縁側から降りて素足で近くの石灯籠まで逃げたが、菊三郎は縁側を降りずに急に立ち止まって縁側の様子を見渡した。

 頼増和尚はその様子を奇妙に思い、菊三郎を捕まえようと手を伸ばして止まってしまった。

 そして菊三郎は振り返ると、和尚を押しとどめるように手をかざす。


「待て、和尚よ。誰ぞ草履を持って参らせよ。しからば堂々と逃げてみせよう」


 微笑むその姿、その言葉、立ちふるまいを見て、頼増和尚からそれまでの怒り狂った気持ちがたちまち消え失せ、薙刀を捨てると菊三郎を抱きしめた。


「これぞ大将の振る舞い! これで伊作家は安泰でしょう……。よくぞ……ここまで……」


 言葉は涙に切られて、腕に力がこもる。


「だが、罰は罰でございますれば」

「い、いたたたた、痛いぞ和尚!」


 頼増の鍛え抜かれた両腕の中でもがく菊三郎を、子どもたちは指を指して笑ってやり過ごすのであった。


 そんな厳しくも楽しい海蔵院での教えが続いていたこの頃、菊三郎九歳の時だった。

 だがその年――。


 明応九年(一五〇〇年)十一月

 伊作島津家にさらなる試練が襲いかかる。

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