表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国島津史伝  作者: 貴塚木ノ実
朝鮮出兵
65/82

第六十四話 梅北国兼一揆

 天正二十年(一五九二年)六月十三日

 大口にほど近い、湯ヶ尾の地を発った三十人ばかりの一団が怠惰な歩みで北に向かっていた。

 槍を肩に担ぎ、その後ろには鎧を収めた箱を持った近習の若者が付いて行く。


「全く!何故なにゆえ高麗なんぞに行かねばならんのだ……!」

「そうじゃそうじゃ」

「先年の小田原はまだよかった! 又一郎様の初陣故に勇んで励んだというのに、今度は高麗なんぞとは!」

「全くじゃ!」


 への字口からは不満しか漏れず、苛立ち紛れに石ころを蹴り飛ばす。

 石ころはポチャンと音を立てて川内川の支流に落ちた。


「おう、宮内よ。金吾様の見舞いに行こうという話はどうなった」


 後ろを歩く田尻但馬守という者が前を行く男に声をかける。


「戦の後になるなあ」


 梅北宮内左衛門尉国兼の額の汗は、真横に走る皺の谷間を伝って横に流れる。

 不快そうにそれを拭ってまた口を開く。


「全く……。太守様と言い、武庫様と言い、どうして猿面冠者の顔色を伺うのだ」

「そうじゃそうじゃ」


 田尻但馬守は再び同じ相槌を打った。


「その点、金吾様はさすが薩摩武士の鑑。今も猿面の手招きを蹴り飛ばしておるそうな」

「素晴らしいな」


 両人とも五十代に差し掛かったばかり。

 元服した頃から島津の家に尽くし、命を賭けて戦場を駆けまわってきた。

 関白の進駐軍になおも抵抗したが、多勢に無勢。説得されて下城した口である。


 止まらぬ愚痴をこぼしながらも一団はなお歩き続けた。

 大口城の横を抜け、水俣の街で一泊し、さらに北上してようやく天見岳の麓に到着した頃である。


「ああ、もう嫌じゃ」


 朝早く出て休憩しようと切り株に腰を下ろした時に、ついに田尻但馬守が天を仰いだ。


「何故猿のために働かないといけないのだ!」

「全くだ!」

「どうにかならんかね」


 どことなく生くさい、海の香りがする所にあって、眼下の緩やかな川を見下ろす。

 その川を越えれば佐敷の峯と呼ばれた山地が続く。


「日ノ本中から高麗に向かっているだろうな」

「だろうな……」


 その時ふと梅北と田尻の脳裏によぎる。


「おい」

「ああ」

「つまり今、城には誰もおらんということだ」

「そういうことになるな」


 同じ考えが浮かび、口の端をくいと上にあげて、目を合わせる。


「あ、いや。待て待て、そう簡単にはいかんぞ」

「どうした。怖気づいたか」

「何の策もなく攻め取れるほど、簡単なもんではないということだ」

「そうか?」

「そうだ」


 国兼は腕組みして考える素振りをして、木切れを拾い上げる。


「攻め取りにも人数がかかる」

「うむ」

「兵を調達せにゃならん」


 そう言って地面に一本線を引く。


「攻め取った後はどうする?ただ呑気に構えた所で無駄死にするだけだ」

「死ぬのは怖くないが、無駄死は御免だ」


 田尻は強がったが、事はそう簡単に運ばないことを理解した。

 国兼はもう一本線を引いて、また腕組みする。


「ただの無謀な戦ではなく、猿関白に噛みつくのはわしらだけではなく、全国どこにでもいるっちゅう風を吹かせにゃならん」

「それだ」

「うーん……」

「知恵がまわらんなあ……」


 すっかり頭が固まったところで、梅雨の曇天からこぼれ出すような雨が降り始めた。


「こりゃいかん。ちと雨避けを頼もう」

「うむ」


 慌てて麓を駆け下り、川の畔にある農家に雨宿りを頼むのだった。

 しかしその農家に入って二人は目を見開く。

 薩摩武士を快く入れてくれた女は、歳は四十前だと言った。土で薄汚れ、つぎはぎだらけの貧相な身なりである。

 しかし女以外に誰もいない。あまりに寂しい家屋だった。


「ここいらの村に男は残っておらんのか?」

「いるにはいます。老いた者と元服もまだな若衆ばかりですが……」

「惨いことだ」

「はい。皆々、高麗まで連れていかれました」


 二人は哀れんで、農女を見る。


「今こうして思えば島津様の御世はよかったです。働き手がいなくなると申し出れば『大黒柱に兵役無用』と言って見逃してくださるばかりか、むしろ励ましてくれましたのに」

「問答無用だったのか?」

「はい。夫は歳は四十五ばかりで、元服したての息子まで連れていってしまいました」

「なんとも無法なことよの」

「ああ。……なにが関白の天下だ」


 農民の女に深く同情した梅北国兼と田尻但馬は、改めて頷いた。


「なあ、女よ。戦に出ておらぬ名主か肝煎はおるか?」

「え……いるにはいます。だいぶ老いた者ですが」

「案内してくれ」

「はあ」


 そして梅北国兼と田尻但馬守は佐敷城下にある寂れた農村の名主の元を訪れたのだった。

 佐敷の名主は歳はもう六十を越えようというくらいである。


「え! 佐敷城を攻め取るんですか!?」

「そうだ、協力してくれ」

「協力してくれと言ったって……武器なんかありませんよ」

「何も戦えと言うんじゃない。ただ後ろについてきてくれたらいい」

「……」


 難しい顔をする名主に、国兼は肩に手を載せて、真正面から見据えた。


「名主よ、この関白の世は変えねばならん。人民に無理を強いてまで唐入するなんぞ、絶対にやめさせにゃあならん。わしらはそれを成してみせるのだ」

「しかし、あなた方の僅かばかりの手勢でどうにかなるとも思えませぬが」

「安心しろ。奥の手がある」

「奥の手?」

「そうだ」

「……」


 なおも逡巡する名主だったが、国兼の熱意に負けた。


「分かりました。何もできませんが、後ろについていくだけなら」

「ありがたい」


 そう言って名主の呼びかけで佐敷城下の領民、五百ばかりが集まった。

 そして梅北国兼は道中に領民たちを残して一人佐敷城の門を叩いたのだった。


 梅北国兼の門の上から顔を出した門番は、ぎょっとして声を張り上げる。


「一体何用か! お名乗りくだされ!」

「太閤殿下のお達しで、城番を交代することになった、薩摩の梅北と申す! 門を開けていただきたい!」

「そんな話は聞いておらんぞ!」

「急な話でな! 書状ならこの通り、ここにある!」


 そう言って懐から書状らしきものを取り出して見せた。


「……」


 門番が怪しげにそれを見たがもし本当に命令なら……と思い、書状を確認しようと門を僅かに開けた。

 そこにひょっこりと国兼が顔をだす。


「やあやあ、済まんなあ」


 そう言って押しかけるように敷地に入ろうとした。


「いや、待て! 勝手に入るな!」

「まあまあ、おい。入れ入れ」

「なに!?」


 そう言って梅北国兼を先頭に、身を伏せていた領民が続々と押し寄せて、門が大きく開かれ、ついに佐敷城を多くの領民が押しかけて占拠されてしまった。


「これはどういう事だ!」


 佐敷城の城番は安田弥右衛門と言った。

 国兼を睨みつけるその眼前に脇差を抜き放つ。


「この城は我等が乗っ取った。関白に伝えよ。薩摩の梅北宮内左衛門は義によって起ち、暴政を許さず、とな!」

「……どうなってもしらんぞ!」


 恨み節を一つ残し、仕方なく安田弥右衛門は下城していった。


 その後も田尻但馬の扇動によって続々と佐敷城に領民が押し寄せ、ついには二千人以上の規模になった。

 罪を罰せられることを恐れた何人かの聡い者は、田尻但馬に従わなかった。

 しかし田尻は容赦なく火を付けて脅かすのだった。


「わっはっは! ずいぶんと上手くいったものだ!」

「ようやった! ようやった!」


 その日の夜、戦勝祝いと称して梅北国兼や田尻但馬を始めとした薩摩武士が宴を開いた。


「関白め! これで泡吹いて驚くぞ!」

「しかし宮内よ、これからどうするのだ?」


 田尻但馬は事を成し遂げつつも、少し不安になっていた。


「うむ。おい、東郷殿!」

「なんだ」


 東郷甚右衛門と呼ばれた男が無愛想に返事をする。

 二人の反乱には手を貸していなかったが、高麗に向かうために偶然にも梅北と田尻を追いかけるような位置にあった。

 佐敷城に差し掛かったところで何やら騒がしいので、様子を見に行った所、無理やり城に入れさせられたのだった。


「お主は金吾様の御前で名乗りを許してもらったことがあるのだろう?」

「うん? まあな」

「では連絡を取ってくれ。『薩摩の義士が関白に一矢報いるため、知恵をお貸し頂きたい』とな」

「……分かった」


 盃を傾けて国兼はまた豪快に笑い声を上げる。


「金吾様とて関白様に一泡吹かせたいはずだ。もしお味方につけば、関白なぞ何するものぞ!」

「よう言うた!」


 喝采を浴びせて、薩摩の凶徒は一夜の天下を楽しむのだった。

 東郷甚右衛門は依頼されて書状を書き起こしたが、歳久のいる祁答院ではなく、北の肥前国名護屋に使いの者を走らせた。

 東郷の使いは急使を立てて名護屋にいる龍伯に緊急事態を知らせる書状を届けたのだった。


 肥前国名護屋にいた龍伯の元に報せが届いたのは翌日の早朝だった。


「愚かなことをしたものだ……!」


 龍伯は書状を一読して脇に捨てると、ひときわ険しい表情で文字通り、頭を抱えた。

 剃った頭に爪を立て、何をするべきか考えを巡らせる。


 対処について思い悩む龍伯の元に、その梅北国兼の使者を名乗る者が現れた。


「佐敷にて義兵が決起いたしました。御殿におかれましても関白に一矢報いるべく、お力添え頂きたく存じます! こちらが梅北宮内の決起起請文と嘆願にございます」


 だがその使者と接見して、龍伯は顎をしゃくる。


「この不届き者を捕らえよ」

「はっ」

「え!?」


 近習が使者を後ろ手に縛ろうとするのを抵抗しながら、動揺する。


「殿!? 殿、何をなさるのですか!?」

「時勢を読めぬ愚か者なぞ、島津の将ではない」


 冷酷に言い放つ龍伯の表情は憤怒にあふれていた。

 また梅北国兼の書状は一瞥もせず、開封することもなく石田三成に差し出すように命じた。


「太閤殿下に御取次ぎを頼む。火急の用件である」


 近習を呼び出し用件を伝えた龍伯の顔に、一頃の太守の顔が戻っていた。



 秀吉は平伏して急な事態を知らせる龍伯の報告に憮然とした表情を隠さなかった。


「まっこと薩摩武士というのは……」

「今すぐにでも討ち手を差し向けたいと存じます。どうか名護屋在城の当家の兵を出す許しをお与えください」

「よう分かったわ。ついでに薩摩まで戻って置目を改めるとええがな」

「……はっ」


 秀吉はこれまで表面上は平伏する素振りを見せながらも非協力的だった龍伯の姿勢に内心苛ついていた。

 しかし今回ばかりは焦りの色を見せて神妙な顔つきで平伏する龍伯に、秀吉は満足そうに目を細める。


「義久殿にも同情するわ」

「遅陣でご迷惑おかけするばかりか、この度の不始末。真に申し訳ございませぬ」

「ええがな、ええがな。義久殿が国元から離れてたがの外れたモンが愚かやったっていうのは分かったでよ。薩摩には追って幽斎を送るでよ」


 龍伯の素早い判断と行動で、梅北国兼一揆の不始末についてすぐに詫びを入れた。

 そしてこの一揆が島津家主導ではなく、あくまで単独の暴走ということで秀吉を納得させることができた。



 同年六月十八日

 秀吉が長谷川秀一、前野但馬守長康、石田治部少輔三成らに佐敷一揆の征伐を命じた頃、事態はまた急展開を迎える。

 梅北国兼らの一党が佐敷城を制圧してわずか数日後。

 佐敷城の守将の一人である境善左衛門という者が、陣中見舞いと称して美女と酒を送りこんだ。

 これに気を良くした梅北国兼らは泥酔。酔いつぶれた所を斬りかかって殺害した。

 また佐敷城に入っていた島津の兵もことごとく討ち取って佐敷城は鎮圧された。

 その他の一揆勢も八代城に押し寄せていたようだが、緒戦領民あがりの雑兵だった。

 龍伯が率いる軍勢や肥後の城番兵、人吉城の相良氏らの軍勢がこれをあっという間に鎮圧した。


 だがこの梅北一揆の騒動で島津軍の集結はさらに遅れることになり、義弘はただひたすら肩身の狭い思いをするしかなかった。



 龍伯が先立って鹿児島に入ったのは同年七月六日の晩のことだった。

 龍伯は今回の梅北一揆について怒りを露わにしていた。

 国中の置目を改めて、無謀な反発は御家の危機となる事を周知して領内の引き締めを計った。



 同年七月十日

 続いて細川幽斎が下向した。今回の梅北一揆の検使のためである。

 幽斎は内城にはいるなり島津家の家臣、親族一同を呼び集めた。


 龍伯にとって、幽斎は和歌の師匠でもあった。

 それ故に心の何処かで今回の騒動はこれで一先ず落ち着いた、と思った。

 首謀者らは既に名護屋に運ばれ晒し首になっている。


 梅北国兼ら「反逆者」には申し訳ないが、これを救うことも手助けすることもできなかった。

 その生命よりもこれまで辛うじて守り抜いてきた家の存続が優先された。


(島津家もこれで安泰だろう)


 胸をなでおろして、そう思っていた。

 それ故に、細川幽斎が言い放った仕置の内容は、余りにも衝撃的だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ