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戦国島津史伝  作者: 貴塚木ノ実
常盤物語
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第三話 久逸の乱

 文明(ぶんめい)十六年(一四八四年)

 祝言(しゅうげん)を挙げ、幸せな家庭を築こうとしていた伊作島津家嫡男の若き夫婦の仲を揺るがす事件が発生した。


 事の発端は文明五年(一四七三年)、当時の島津家十代当主、島津立久(たちひさ)の命にある。

 伊作島津家が薩摩国伊作より日向国串間へ、新納(にいろ)氏宗家が志布志から飫肥へ、そして新納氏庶流を立てた是久を志布志に配置換えを行った。


 これは機を見ては日向より侵攻する伊東氏族に対する備えを強める目的があった。


 島津家四代忠宗の頃より分家した新納氏は、日向国新納院に領地を得た事を機に島津宗家から分かれた家である。

 

 勢力の推移により支配地は変わったが、代々日向国の地頭を任ぜられ、この地で特に強い影響力を持っていた。

 だがこの時の配置換えで串間に入った島津久逸(ひさやす)は力をつけ、次第に飫肥地方における発言力を増していった。

 また、評判だった新納是久の娘を嫡男の室に入れたことで飫肥における盟主と言わんばかりに振る舞うようになっていた。


 それまで日向国伊東氏の抑えとして影響力を誇っていた新納氏五代当主忠続(ただつぐ)の室は、島津家九代当主の娘であり、いわば一門衆扱いも同然の立場だった。

 一方伊作家は島津家三代久経(ひさつね)の頃に分かれた古い分家であり、島津一族というよりは家臣格扱いされるほど、家格が下がりつつあるのも現実だった。

 そういった経緯もあって苦労して治めてきた地で「たかが古分家風情」が幅を利かしてくることを新納忠続は嫌った。

 だが、分家とはいえ相手は由緒ある島津一族であるため、忠続は表立って対立することを避けたかった。

 そこで取った手段は、島津宗家の忠昌に島津久逸らの一党を伊作の地に戻すよう嘆願することだった。


 そして忠昌も先々代の娘が室入れしていることを配慮して、忠続の願いを認めて久逸に伊作へ戻るように命じた。


 これに激昂したのが久逸である。

 久逸は九代当主島津忠国の三男であり、伊作家七代当主が若くして死んだため、伊作家の養子に入って名跡を継いだ。

 十代当主の命で串間に移ったが、新納氏主家と伊作家は同格にある、という自覚と誇りがあった。

 そのため、忠続の意向に沿う今回の命に従うことは島津家を(ないがし)ろにすることである、と受け止めた。


「日向の無法者共に相働くべく合力せねばならないところを、なんと先の見えぬ愚かな命だ」


久逸は家臣団を前にして、その怒りを爆発させた。


「これはきっと新納某の讒言(ざんげん)に違いない! 伊作家は古い分家とは言え、島津の姓を名乗り、十字の家紋を抱く島津一族である。これを蔑ろにするとは実にけしからん!」


 久逸の剣幕に家臣団も最初は驚いたが、新納忠続との仲の悪さは誰もが知ることである。

 また伊作家家臣団も忠続の居丈高(いたけだか)な態度には心象を害するところもあった。


「ここに至り、宗家当主殿の器に疑問を抱く次第であり、また、礼義に欠ける飫肥の新納某ともども悔い改めていただく!」


 気炎を吐く父の様子を見て


(この怒りは収まらぬ)


 と嫡男善久は思い知った。

 さらに、こともあろうに、新納忠続が守る飫肥城を攻めるにあたり、日向の伊東氏や豊後の大友氏に助力を請うという話を耳にした。

 善久はもはや伊作家の家名の存続すらも危ういと覚悟を決めた。


 そして善久を悩ませたのは、昨年契りを結んだばかりの新妻・常盤のことである。

 常盤の父、新納是久と忠続は兄弟だった。


「もしこのまま父上が飫肥を攻め立てるとすれば、義父ちち殿は飫肥の援軍として参陣するだろう。そうすれば串間伊作は義父殿と対立することになる。俺は義父殿と対立したくない……。かと言って父を裏切ることはできぬ……」


 善久は数日の間、心ここにあらずとばかりに悩んだが、意を決した善久は常盤に頭を下げた。


「契りを結んで一年も経とうとしていない所に申し訳ないが、そなたと離縁しようと思う」

「そんな……!」


 善久の申し出に常盤は首をしきりに振った。


「すまぬ。やはり俺は父上を裏切ることは出来ぬ。かと言ってこのままそなたと義父殿が争うことようなことは避けたい。これも乱れる世の定めかもしれぬ。わかってくれ」

「嫌です……! 私も……私は、あなた様について行きます!」


 涙をポロポロとこぼしながら、すがる常盤の手をとり、善久は言い聞かせるように頬の涙を拭う。


「すまぬ、常盤よ。そなたの気持ちは嬉しい。俺もそなたと離れることは心残りである。しかし、それ以上に、いや、だからこそ義父殿とそなたが争う道理を俺は放ってはおれぬのだ、わかってくれ」


 善久の決意が固いとみるや、常盤は顔を伏せ、涙を拭い、息を整えた。


「では、三日いただけますでしょうか」

「三日?」

「はい、三日です」

「三日でなんとする」

「志布志の実家に、こたびのことを相談させて頂きます」

「……」

「それまで離縁の話は待っていただけますでしょうか」


 涙で潤んだ瞳に宿る強い意思の輝きに、善久は思わず表情を緩ませる。


「あい分かった。存分に話し合うがよかろう。三日後に改めて答えを聞こう」


 それから常盤は翌日朝早くに串間を出立し、志布志にはその日の夕方には到着した。



「なんと、常盤が?」


 志布志城主、新納是久は串間から娘が戻り、お目通りいただきたい、という願いがあると聞いて驚きを隠さなかった。

 島津宗家より伊作家の配置換えの命が下ったこと。

 久逸がそれに対して強く反発していること。

 そして久逸が宗家に対して武を以って蜂起するのではないか、という噂は是久の耳にも届いていた。


 もし伊作殿が宗家に弓を引くとなれば、飫肥の兄上も黙って見過ごすことは出来ぬ。

 いや、むしろ攻撃の矛先は飫肥に向かうのではないか、と気を揉んでいたところだった。


「お父様、お久しぶりです。いつもご心配おかけしております」

「うむ、くるしゅうないぞ。よくぞ戻った」


 日も沈んだ後の二の丸の謁見の間で、父娘は常磐が串間に嫁いで以来ぶりに再会した。

 実は是久は常盤が串間に嫁いでからも、やれ息災か、奥の仕事に苦労はないか、と度々文を出しており、常磐は父の心配ぶりを笑いながらも呆れていた。


「して。こたびは突然どうしたのだ」

「お父様……」


 そわそわと表情を伺う是久を、常磐はまっすぐに見据えて淀むことなく言い放った。


「本日は、今生の別れを伝えに参りました」

「……!?」


 是久は絶句した。


「噂はお耳に入っているかと存じますが、我が伊作家は宗家と相対する道をとらんとしております。となると、飫肥の伯父上様と一戦交えることになります。その際、夫やお義父様、伯父上様が新納の娘である私に遠慮し、話がこじれるやもしれません」


 淡々言葉をつなぐ常磐に、是久は呆気に取られる。


「私の身一人の処遇のせいで、もののふ共が勤めを果たせぬのは私の本意にございません。であればこのたび新納とは縁を切り、改めて伊作家に尽くす所存にございます。これまでお世話になりました。」


 そこまで一気に言うと、深々と頭を下げた。

 そして頭をあげると、用は済んだとばかりに立ち上がろうとする。


「ま、まま、待て! ……待て! 常盤!」


 是久は慌てふためいてこれを制し、常盤は裾を改めて身を正す。


「そなたは何を考えておるのか!」


 是久は初めて常盤に声を荒げた。ここでの縁を切る、とは言葉通りではなく、いわば敵対関係になる、という意味さえも含まれていた。となれば、串間の伊作家は西にある志布志の新納分家、北にある飫肥の新納宗家に包囲されるということであり、自ずから四面楚歌となってしまうことを意味した。

 しかし常盤はその言葉を避けるように、ついと顔を横に向ける素振りを見せた。


「常盤よ!」


 是久は苛立って常盤の肩に手を置き、さらに声を荒げる。


「……(いと)うございます」

「あ、いや、……すまぬ」


 常盤の小さな声に手を離し、身を一歩引いた。

 口を開くきっかけを探しながら、しばらくの沈黙と、父娘の交わされる視線によって生み出される空気が、館全体を重苦しいものに変えているような気がした。

 それに耐え切れないと言わんばかりに、ため息を付き、是久は肩を落とす。


「このたびの争議の件、そなたは道理はどちらにあると見る」

「……(まつりごと)ですので、私も詳しく存じあげておりません。ですが、お話を聞く限り、伯父上様は礼と義に反しているように見えます」

「……さようか……」


 是久は視線を落としたが、逡巡することもなく、常盤を見返した。

 その目は父の目ではなく、志布志の将、新納駿河守是久の目だった。


「伊作又四郎殿の室よ、こたびはご足労であった。帰ってお伝えくだされ。

『こたびの道理は伊作殿にあると見た。志布志勢はこれに助力し、共に相対せん』

 とな」

「お父様……!」


 今度は常盤は大きく目を見開き、言葉を失った。


「ですが、伯父上様と……」


 そこまで言って言葉を切る。是久の覚悟を悟ったのだ。


「差し出がましいことを言って申し訳ございませんでした。ご配慮いただきありがとうございます。急ぎ帰って夫とお義父様に伝えます」


 そう言って常盤は頭を深く下げ、志布志を後にした。


 文明十六年(一四八四年)

 串間を治める伊作島津家が島津宗家に反旗を翻す。志布志の新納駿河守是久はこれに与す。

 日向伊東氏の援軍を得て、飫肥の新納忠続を攻める。


 それは戦国時代初期における島津家の弱体化を象徴する事件の一つとして、陰を落とすことになる。

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