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戦国島津史伝  作者: 貴塚木ノ実
想いを超えて
31/82

第三十話 島津家十六代

 三ツ山城での敗戦は、総大将を務めた義久の自信を砕くのに十分だった。


 永禄(えいろく)九年(一五六六年)十月十七日

 人目を避けるように内城(うちじょう)の館に戻った義久は、敗軍となったことを貴久に詫びた。

 また戦疲れを癒やすための暇を願い、これが認められると誕生の地である伊作亀丸城へ逃げるようにして入った。

 そして誰とも会おうとすることもなく(いたずら)に時を過ごすようになる。



 一方、深手を追った忠平は、居城の飯野城で傷の熱に苦しんでいた。

 歳久も伊東、相良から万が一攻められる事態に備えて吉田衆の兵を飯野城に置いて留まり、兵たちの傷の手当にあたっていた。


「ううむ。痛いし熱いし、全く寝付けぬ」


 三ツ山(みつやま)城での激戦から二日。

 歳久は身動きの取れない忠平の包帯を交換しながら、愚痴を聞くのが日課になり始めていた。

 忠平も兵や家臣たちの前では強がり、気を遣ったが、歳久の前では弱気の虫が泣く。


「傷に熱が帯びるのは治ろうとしている証。ここが踏ん張りどころですぞ」


 いつもは血気盛んな兄も、見るからにやつれていた。


「それともそろそろ隠居でもしますか」

「馬鹿言うな、嫡男もいないのに隠居していられるか」

「その元気があれば結構」


 ニヤリと笑って歳久が頷く。


「いや、笑っているがお主も嫡男がおらんではないか」

「それは言わないでくだされ」


 歳久は首をすくめて(ひょう)げた。



 永禄九年(一五六六年)のこの時

 四兄弟はそれぞれ既に婚姻して子供も何人か産まれている。

 しかしいずれも女子で、男子に恵まれていなかった。



 それから数日経って、忠平は体はあまり動かせないものの容体は安定した。

 頭くらいは働くだろう、と判断した歳久は、そろそろ居城の吉田に戻らねば、となり最後に忠平を見舞った。


「もう少し傷が塞がったら、湯治に行かれるとよろしかろうと存じまする」

「おぉ、それはよいな」

「吉田にも近くに温いながら、湯が湧くところがあって、拙者も金瘡の湯治で使ったものです」

「ああ、それならここの近くにも同じく吉田という地があって、傷を癒やす湯が湧き出ておるな。よし、お主が快癒して地名も縁起もいいだろうから、ひとつ湯治にしけこむとするか」

「それがよろしかろうと存じます。では拙者はこれにて」

「苦労をかけた」

「ご養生くだされ」


 ひとしきり別れの挨拶を済ませて、歳久は居城に戻った。



「殿……! かようなところに……。傷に障りますぞ」


 負傷兵たちが詰めて治療を受けている館に忠平がひょっこり顔を出したのはそれから翌日のことである。


「いや、傷はふさがりつつある。苦労しておるな」


 忠平は心配して押しとどめる家臣を労った。


「ひとまず足が動くものは、出かける支度をいたせ! 動けぬものは追って駕籠の用意をいたすぞ!」

「は……?」


 言葉の意味するところがわからず、誰もが呆気にとられて忠平に注目が集まった。


「湯治じゃ」


 そう言って忠平はにっこりと微笑む。


「いや、湯治と言うのは分かりますが、殿と同じ湯に入るなど、畏れ多いことにございます。それがしは遠慮させて頂きたく……」

「何を言うかっ。お主らがもしこの傷で命を落とすようなことになれば、余が一人で城を守れというのか?」

「……」

「余の命も、この城も、お主らが存分に働けばこそ在るのだ。傷を治すのに何の遠慮もいらぬ! さあ参ろうではないか!」


 戦場においては顔を真っ赤にして激を飛ばし鬼の形相にもなる人も、平時に置いては色白で柔和な表情を見せる。

 家臣も兵も、強く、厳しく、そして心優しい忠平を心から慕っていた。




 天文二十三年(一五五四年)に霧島山で噴火があった際に真幸院(まさきいん)一帯で地震が起き、その時に崩れた岩層から湯が湧きでた。

 鹿が傷を癒やすために湯に浸かっているのを地元の猟師が見つけたことから、「鹿の湯」と呼ばれ、また吉田の地名から後に「吉田の湯」と称されるようになる。

 真幸院に入ってその評判を聞きつけた忠平は、湯治の施設をこしらえて島津家の所有とした。


 しかしこれを独占することなく身分に関わらず傷を負った士卒に無条件で開放した。

 それ故、忠平は賢君仁政比類なき人、と評判になり、真幸院の人民は島津家の統治を絶賛するようになる。



「はぁぁぁぁぁ、極楽~、極楽じゃあ~」


 手ぬぐいを頭に乗せて肩まで湯を浸かった忠平は大きく手足を伸ばす。

 左肩の傷はまだ痛むが、ほぼ塞がりつつある。あと数週間もすればすっかり治るだろう。


「おう、お主らも後で入れよ」

「……はっ」


 そう言って見張りとして外に立つ兵にも声を掛ける。

 生憎と三畳程度の広さしか無い浴槽故に、一度に入れる人数は限られていたが、確かに効果があったようである。

 刀傷の湯治場として『吉田の湯』は後の世にも伝わっていくことになる。

 そんな忠平が二、三日ほど寛いでいたところに急使が届いた。


「なんと、今すぐ鹿児島に?」

「はい、用件は鹿児島にて話すとのこと。今はとにかく急ぎ戻れと」

「昨日の今日で只事ではないな。相分かった。城の守りは任せるぞ」

「はっ」



 その頃、伊作亀丸城の義久は、すっかりふさぎこんでいた。

 総大将を務めた戦での敗北は、いずれ次代の当主に、という期待を裏切るものだった。

 義久にとって、その期待はあまりにも重く、苦痛だった。


 伊作亀丸城の木々の葉がこすれ合う音、虫の音、小鳥がさえずり、遊ぶさまを見ながら、幾日も何をするとでもなく心を無にして身を委ねる。


「戦疲れはどうだ」


 その様子を聞いて心配した日新斎が僧衣を身にまとって亀丸城へ訪れていた。


「お屋形様……」


 久しぶりに祖父の顔を見た義久は少し驚き、喜び、期待を裏切った、という心の痛みに耐えられずに顔をそむける。


「太守より伝言を預かっておる」

「伝言?」

「剃髪して隠居するので、家督を継ぐように、ということだ」

「……!?」


 突然降って湧いた話に言葉が続かず、理解も追いつかず、目を白黒させながら祖父の顔を見た。


「ですがお屋形様、それがしは……」

「なんじゃ? 三ツ山の戦をまだ引きずっておるのか?」

「……」


 祖父の言葉に義久は飲み込んで、また顔を臥せる。

 目頭に熱いものを感じた。


「その涙は悔恨か、恥辱に耐えるものか」

「……両方かもしれません」


 その様子を見て、日新斎は落ち込む孫の姿に優しい表情になる。


「戦の二度や三度の敗北なんぞ何するものぞ。古今において連戦連勝負け知らずの大将なんぞ、おりはせん」

「ですが、預かった二万の兵を失ってしまいました。無能なそれがしが当主たりえましょうや」

「……」


 日新斎は穏やかな笑みを浮かべて義久を見る。


「それに又四郎にまで傷を負わせて……。……難儀していると聞きます」

「……そうさなあ」


 日新斎は立ち上がると、屋形の縁側で遠い昔を思い出すように景色を楽しんだ。


「お主がまだ六つか七つくらいの時だったから覚えてもおらんと思うが……。わしは太守と右馬頭を連れて、加世田にこもった薩州実久殿を攻め立てんとしておった」


 天文七年(一五三八年)の加世田城攻めの話である。


「加世田はその手前の万ノ瀬川が深くてな、あの川を渡るのに難渋している所に城兵が討ってでてきおってなあ。それはもう、多くの兵を斬られたものよ」


 日新斎は顔をしかめて剃った頭を撫でる。


「……あの時、儂にも弓矢が届いてな……。今だから言えるが、ここが死に場所になるのか、と討死を覚悟したものだ。」

「……」

「だが、伊作そして相州の名を守らねば。今一度、三州に泰平をもたらすために太守を鹿児島に入れさせねば。……それはもう、いつでも腹を切る覚悟で励んだものだ」


 だが義久は身を硬くしてうつむく。


「晦日を控えて城兵が居らぬ頃を見計らって攻め立ててな。ようやく加世田を落とすことが出来た。しかし、それで随分と卑怯だなんだと敵方に罵られ、味方からも陰口を叩いて去っていった者も出る始末だった」

「……そうでしたか」

「うむ。だがこれは無駄に人を殺める機を減らす妙策だと自分に言い聞かせて、その後も泰平の世のために粉骨砕身働いてきたつもりだ」


 義久は日新斎の背中を見つめて、また力なくうつむく。


「太守もそうだ。請われて宗家を継いだにも関わらず、薩州に追われる恥辱を受けた。だがよく働いて、お主が産まれて、ようやく三州泰平の世の道筋が見えてきた」

「ですが、それがしは……」

「儂は幼いころより姉ばかりで男兄弟がおらず、相談出来る相手がおらなんだ。太守は兄弟がいたが、これから、という肝心な時に隠れてしもうた」


 日新斎は振り向き、落胆の表情を隠さない孫を見つめる。


「お主には、優れた弟たちが三人もおるではないか」

「ですが、いや、だからこそ、それがしはなにも得意なものがござらぬ……」

「えい、聞かぬやつだ」


 日新斎は優しく叱りつけた。


「我が子三人はいずれも劣らぬ知勇兼備の武士である。太守の四人はどうか、というと」


 そう言って少し咳払いをする。


「又四郎は勇武英略をもって他に傑出しており、これに敵う者はおるまい。

 又六郎は終始の利害を察する知略に並ぶ者はおらぬ。

 又七郎は兵法に妙を得ている。

 そして……又三郎」


 そう言って、とびきり優しい笑みを浮かべた。


「お主は生まれついて三州の総大将たる材徳を自ら備えておる」

「……それは……真でしょうか」


 なおも目を伏せる義久の肩を日新斎は優しく叩き、力強く答える。


「儂も齢七十も半ばを超えた。これまで多くの者を見てきた。多くの者の生き様、死に様をこの目で見てきたのだ」


 にこりと微笑む日新斎は、どこまでも優しく、強かった。


「儂の目に狂いはない」

「……」


 その時、ふすまの向こうから近習の声がかかった。


「殿、ご一族の皆様がおいでです」

「弟……父上もか?」


 義久は慌てて伊作亀丸城の広間に繋がるふすまを開けると、そこには島津一族が勢揃いしていた。

 義久も、またさすがの日新斎も驚いて思わず顔を見合わせる。

 義久は目頭が熱くなるのが分かった。


 大怪我を負ったはずの忠平まで、左腕を包帯で吊るして軽やかな笑みを浮かべている。


「なんだなんだ、兄上らしくもない。いつものように掛かれと言われれば、俺は今すぐにでも三ツ山を攻め立てると言うのに」

「此度の反省を踏まえて妙策を考えておりまする。是非ご命令を」


 歳久も腕組みして得意げな表情を見せる。


「それがしにも出陣の命をお与えくださいませ。伊東なんぞ我が兵法にて粉砕してみせましょう」


 家久が腕が鳴ると言わんばかりに笑っている。


「殿、是非私にも命をお与えくださいませ」


 見れば元服したばかりの右馬頭忠将の嫡男、以久もいる。


「三州泰平の大事業、ここで諦めるわけにはいきませぬ。さあ、拙者にもご命令を」


 若くして病に斃れた左兵衛尉尚久の嫡男、これも元服したばかりの忠長もいた。


「……さて、又三郎よ」


 最後に貴久がニコリと微笑みかける。


「これでも家督を継げぬと言い張るか?」


 普段、滅多なことに泣かない義久も一族の心強い言葉に涙が止まらなかった。


「兄上!」

「殿!」

「さあ、ご命令を!」


 口々に義久を慕う言葉を胸にしまって涙を拭う。

 一族を見わたすその視線に、もはや微塵の迷いもなかった。


「皆には苦労をかけるが、三州に泰平をもたらすために、力を尽くしてくれ」

「はっ!!」




 永禄九年(一五六六年)十月二十六日

 この日、島津修理大夫三郎左衛門尉義久は島津家十六代の家督を継いだ。


 日新斎七十五歳、貴久改め入道し、伯囿(はくゆう)五十三歳

 義久三十四歳、忠平三十二歳、歳久三十歳、家久二十歳の時である。


 こうして物語の主人公は、貴久から義久ら四兄弟へ移っていく。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

以上を持ちまして「第二部 島津貴久編」が終わり、次より「第三部 島津四兄弟編」になります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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