4話 爆破男は正義の夢を見る
なんか陶馬君死にかけてばっかりな気がします。
「様子見るぞ。やばくなったらすぐ出る、いいな」
「りょ、了解です」
彼らを追うと、少し広めの路地裏に着き話を始めたので、俺達は業務用のダストボックスの後ろに隠れて出方を伺う事にした。
「なぁ嬢ちゃん。俺たちゃぶつかった事を謝れって言ってるだけだぜ?」
「五月蝿い! 其方達がぶつかって来たのだろう!」
「気の強い嬢ちゃんだぜまったく……。こりゃお仕置きが必要だなぁ?」
「そうだなぁ、たっぷりとさせてもらうぜぇ」
薄い本的展開になって来ている。俺がまずいと思い、出ようとすると、
「…………。おいクズ共、お仕置きが必要なのはどっちだ?」
と連れて行かれたもう一人の男が一方の男達に対して吐くようにこう言った。
「あぁん? んだとごらぁ? おい、お楽しみは後だ。こいつ先にボコっちまうぞ!」
ガラの悪い男達がダサいTシャツの男に襲いかかろうとした時、その男は近くにあった建物の壁に手を当てた。するとその瞬間、その手を当てた建物の一部分が爆発し、それを軸に倒壊を始めた。
「やばい! 避けるぞ!」
――なんとか俺達は間一髪で助かったものの、男達と少女は倒れた建物の瓦礫の下敷きとなってしまっていた。
「おいテメェ! なにしやがった!?」
吃驚した先生が怒鳴る。
「ん? 人か……」
そうするとこう呟き、爆発させた張本人は路地裏の奥へと逃げ走り出した。
「おい待てぇ! クソッ! 歌川! 俺はこいつらどうにかすっから、お前はあいつを頼む!」
「は、はい!」
俺は先生の命令に従い走り去るヤツを追いかける事にした。
――――
「はぁっ……うぅ……。ま、待ちやがれ……。はぁっ、はぁっ……」
五分ほどヤツを後を追っていると、俺に体力の限界がやって来てしまった。どうしたものかと思いながらも、逃がしてはならぬと必死で追った。俺はここでポケットの鉛筆を思い出した。
「そうだ、エリフ! ほ、補助頼む……」
「了解した」
とポケットから鉛筆を取り出し、呼びかけると、鉛筆の芯は大きく伸び黒き刀身へと、そして持ち手はそのまま少し太くなり、刀の柄へと変化した。そして突如体が軽くなり、走るのを少し駆け足をするだけに変えても速度が変わらなくなった。
路地裏を縫い、人通りの少ない道路を走り抜けると高架下の川沿いへと出る事が出来た。ここまで来るとヤツは近くにあった、戦隊物の戦闘シーンで使われるような廃れた工場跡へと姿を消した。
「はぁっ……はぁっ……。やっと……追い詰めた……。どんだけ……はぁっ……走らせ……うっぷ……。うぅ……」
追い詰めたのは良いが、俺の足は限界を超え、膝が笑っていた。だが、ここまで来て諦めるのは男ではない。俺はガクガクと震える足を一生懸命動かし、廃工場へと入って行った。
ヤツを探しながら奥に入っていくと、右横3m程度の所のドラム缶が積まれた場所から爆破音が聞こえた。
「お前なんなの? ここまで追ってきたわけ? ハハハッ! 暇だねぇ!」
爆発の煙が立ち、そして相変わらずのダサい姿でその中からヤツが現れた。
「爆破事件の犯人……だな?」
俺は確信を得る為そう訪ねた。
「ああ、そうだよ。俺は古川拓三。後にヒーローとなる存在!フッハハ!」
すると、「古川 拓三」は訳の解らぬ事を言い始めた。
「ヒーロー、だと?」
「ハハハ! そうさ! 一連の俺が殺った奴等はすべて悪! 色々な場所で噂されていたのはお前も知ってたろ? 食品偽装に枕仕事……。反吐が出る! 世の中は間違いだらけだ! そうだろ!? だったら俺が変えてやらねばならん! ヒーローとなり、なぁ!」
こうして古川は話を続けると、その後体の至る所の骨が剥き出しになり、目を黄色く光らせ、腕を背骨のように連なった長い物へと変化させた。
「なんだこれ……!?」
「これが本来の破壊者の姿。制御し力を得ることの出来た、な」
俺が目を丸くして驚いていると、エリフの声が聞こえそう言った。
「ハハ、驚いた? もしお前が世界の救世主であるこの俺に刃向かうなら、お前は悪だ! 殺してやる」
「行くぞ、陶馬!」
「ああ。おい古川! お前はヒーローでもなんでもない! 世間の噂に流されてるだけの、ただの勘違い野郎だ!」
俺はエリフに言われ刀を構えた。そしてヤツを挑発した。俺にはある作戦があったのだ。
「(実験させてもらうぜ、古川)」
「ほざけぇぇぇ! 小僧がァ!!」
読み通り、ヤツはこちらの挑発に乗り、地面を蹴りこちらへと急発進。攻撃を仕掛けてきた。
「オラぁ!」
古川の初撃を俺は刀で受け弾き返すと、後ろへと跳んだ。
(弱攻撃ってとこか……。攻撃までにかかる時間はさっきの距離からで3秒。この距離保てば防げるな……)
「死ねぇぇぇ!」
二撃目、同じようにこちらに向かうと、次は両腕で攻撃を繰り出してきた。俺は即座に反応し、ヤツの腕を刀で防ぐことなく後ろへ間合いを保ちながら回避した。しかし、古川の片腕は回避した俺を執拗に狙うかの如く伸び始め、俺の横腹付近を掴む様に抉った。
「ぐあっ!くそっ……。100のダメージを受けた、ってとこか?」
「陶馬! 何故攻撃しない?」
エリフの問いに俺はこう答えた。
「“作戦”だ。ま、まぁ見てなって!」
そう、俺にはある作戦があった。その名も「ゲーム化戦法」だ。
俺は確かに現実じゃ戦闘力はゴミだ。しかし、ゲームの動き、敵の行動パターン、待機時間等は全てマスターしており、ネトゲの中なら強さはかなり上位に残れるいわばネトゲ廃人だ。
なら付喪霊により強化されている今ならば、現実でもこのゲームの動作は通用するのではないか、そう考え編み出したのがこの作戦だ。嗚呼中二の頃の俺よ、まさかその頃にゲームキャラの真似をしていた事が実戦で使えるとはいつ思っていたのだろうか。過去に行けるなら感謝したいくらいだ。
「もう一発だァ!」
古川は片方の腕を戻すと、余っていたもう片方の腕をこちらへ伸ばし、攻撃を繰り出してきた。
「来るぞ! ……作戦とやら、期待してるぞ」
「ああ、やってやる!」
ヤツの伸びた腕は前の攻撃を受けた所へと目掛けてきた。
「よし、予想通り! っとぉおらぁッ!」
俺はその腕に速さが乗ったのを見て、それを相殺するために避けることなく全力で弾き返した。自分でもここまで上手く行くとは思っていなかったので良い意味で少し怖かったが、吹き飛ばしたヤツの腕はビニールシートの被さった廃品の上に落ちた。
「ウアァァァア!!てめぇぇ! よくもォォォ!」
片腕を失った古川はもがきながらそう叫んだ。
(よし、致命傷。行ける!)
そう思い、とどめをさそうとすると古川が悪足掻きを始める。
「ま、まて!近くまで来たらてめぇの体、木っ端微塵だぞ!いいのか!?」
だが俺はヤツにそれが出来ない事が解っていた。
「お前にそれは出来ない」
「な、なんだとぉ!? 舐めんな!! き、来てみろ! 絶対やってやる!」
「出来ないだろ、お前の能力じゃ。その爆破能力は恐らく生命体以外専用。出なきゃ絡まれた時のあいつらも、さっき掴んだ時のおれの横腹も、今頃吹き飛んでる。違うか?」
俺は少し怯えながらも胸を張って答えた。するとヤツは案の定ぐうの音もでない様な表情。またもや読みは正解だったようだ。
「く、クソっ! ここ、こうなったら、この建物諸共、俺を巻き込んで壊れてしまえ! お前なんか生き残しちゃ、世界に毒だ! 殺してやる!」
ヤツは遂に戯言を吐かし始め、立ち上がると残った片腕を伸ばし至るところを爆破し始めた。
「ヒ、ヒヒ、ヒヒャヒャヒャ!!壊れろぉ!!潰れろォ!!」
「とどめだ陶馬。このままでは我々も死んでしまうぞ!」
「あ、あぁ」
俺は古川の元へと全力疾走し、崩れゆく廃工場の中、古川の黄色く光る胸元へと刀を突き刺した。
「ヒヒャ…………。ぐっ……はっ……」
一度目の通り魔のように、突き刺した部分からは何故か血は噴き出さなかった。古川の体の骨の場所が全て灰となり消えると、その場に倒れ込んだ。
「やったぁ……。って、喜んでる暇ないなこれ……」
先程までのヤツの爆破の衝撃で拍車がかかり、元から弱っていた廃工場は崩壊を始めた。
「走れ陶馬! 生きて帰るぞ!」
「言われなくてもっ!」
俺はこの建物の出口へと無我夢中で走った。
「ふぅ……。間に合った……」
俺はなんとか崩壊前に脱出できた。そして俺が出るとすぐに後ろでは大きな倒壊音が聞こえた。
「はあっ……。ありがとうエリフ、もう戻ってくれていいよ」
「うむ。このままでは面倒なことになりやすい」
息を切らしながら俺がそう言うと、次第に刀が鉛筆の形状へと戻っていった。
「おーい!! 探したぞ!」
俺が戻った鉛筆をポケットにしまっていると、来た道の方から先生の声が聞こえた。振り向くとそこには先生と、瓦礫の下敷きになっていたはずの黒髪美少女がこちらに走ってきていた。
「せんせ……!? いでっ……ぐあッ!」
戦闘中は恐らくアドレナリンとやらのおかげで気が付かなかったが、俺の左横腹は真っ赤に染まり肉が剥き出しになっていた。
「おい大丈夫か!?」
「うぅ……。はい、な、なんとか……」
「そうか。ならとにかくここ離れっぞ! 直にサツが来やがる。そうだな……、ここからだとこの川沿いもうちょい行くと隠れられそうな場所がある。それまで我慢できるか?」
「分かりました……。うっ……」
俺はその場所に行く為に足を踏み出そうとした。すると目眩がし始め、視界が霞んだ。これが俗に言う出血多量なんだと実感した。
「おいおい!? ま、当然だわな……。おら、おぶってやるよ」
俺がそのまま倒れ込むと、先生は俺を背中に背負った。
「む、吾輩もついて行くぞ」
「ったく……。ずっとこれだ。まあいい、好きにしろ」
変な喋り方をするこの美少女は、どうやら付いてくるつもりらしい。眩む視界でこの娘を眺めても、やはり外傷は見当たらない。どういう事だ。
――俺を背負った先生と少女は崩壊した工場から数分走ったところにある、人が滅多に来ないであろう、河を横断する鉄橋の真下のちびっ子広場にやって来た。
「今包帯やら色々買ってきてやっから、もうちょい我慢しろよ!
おい、お嬢さん、こいつの事観ててやってくれ」
こう言うと先生は、俺の血がべったりと付着した上着を脱ぎ、煙草を咥えると駆け出し、大通りへと向かっていった。
「承知したぞ重喫煙者。この吾輩がこやつのおもりをさせてもらおうではないかッ!」
「あり……がとう……」
俺は薄れゆく意識の中彼女にお礼をし、すっと眠りについた。
――――うぅ……ん……。
「良かった、目ぇ覚ましたか! ダメかと思ったぜ……」
「ククク、吾輩の蘇生魔法が効いたようだなっ!」
オレンジに光る夕焼け、先生の声、そして女の子の厨二発言の中俺は目を覚ました。起きると看病のお陰か止血を施され、痛みは残るものの、動ける位になっていた。
「す、すいません、もう大丈夫です。ありがとうございました」
「お、おう。……で、この娘どうする?」
「ですよね……。ね、ねぇ君、お名前は?」
ここまで一緒に居てくれたこの少女を放って置く訳には行くまいと思い俺は彼女に名前を聞き、親御さんの下へ返してあげようと思った。
「ククク……。吾輩の名は香住樹梨菜! 十四歳だ! 気軽にジュリエッタと呼び給え!」
痛たたた。こりゃ重症だ。彼女は自信満々にそう答えると、片方で顔に手を当て、もう片方で腕を組み、それはもう、典型的な格好いいポーズをとった。
「へ、へぇ……。んで、ジュ、ジュリエッタ? 家族の人はどこにいるんだい?」
俺はめげずに質問を続けた。
「吾輩は無より生まれし存在故、気が付くと此処に実在していた! そのような者は吾輩には居らぬ!」
要約すると、何かが原因で記憶がなくなりここに居て、両親の事は覚えていない、だろうか。
「うーん、困ったな……」
俺が困っていると先生が更に俺の隣で顔を顰め、考え事をしている。それが終わると俺に、
「……悪い、歌川。解るなら通訳頼むわ……」
と気の抜けた様子で翻訳をお願いされた。
「えっと。直訳すると、帰る場所、無いみたいです」
「まじかよ……。どうする? こういう時は大人の俺が預かるべきなんだろうが、ワンルームだしな……。色々ヤベェよなぁ」
ここでふと、両親の海外出張で家が俺1人なのを思い出した。これはいける。厨二だがとても綺麗な女の子と同居することが。
「あ、あの……。うち今誰も居ないんすけど、家で良ければ……」
「おお、まじか。んじゃ、頼んだ。正直居候させたとこで俺のメンタル、この娘とだと持つ気しねぇわ……。言ってる事わかんねぇからよ」
俺を止めなくていいのか担任教師、と思ったが、止めないのなら仕方がない。俺は内心少し嬉しくなりつつ、
「じゃ、じゃあジュリエッタ、家に来る?」
と聞いた。
「む、異性の家、か……。いや、住む場所がないよりましだ。喜んで行かせてもらう! だだ、だからと言って変なことは考えるでないぞ!」
やったぜ。今日から美少女との同棲だ。これは心が踊る。
「大丈夫だよ! そんな事する勇気ないし……。んじゃぁ、宜しくね」
「う、うむ、世話になるぞ」
そう。大掛かりな前振りをされても、女性経験の一切ない俺にこんないたいけな子を襲う様な野蛮さと勇気はない。それにそんなことすると一瞬でお縄だ。
動機は煩悩丸出しであったが、謎多き彼女「香住 樹梨菜」との生活が始まるのであった。
「さてと……。日も落ちてきたし、場所決まったなら帰るか。歌川、歩けるか?」
「あぁ、はい。大丈夫です。帰りましょっか」
この子の一旦の保護先が決まった所で、俺達は自分等の住む街へと戻る事にした。
続く
これからの展開と、厨二少女との生活、お楽しみに!